蛍光灯などの光源によって赤ワインは黒ずんで見える

ワイン物流改善の第一歩は、ワインの変質の有無を発見することである。そのためには、先入観や既成概念を排除し、五感と判断力をニュートラルにしておくことが重要だ。先入観の例が「濃い色=フルボディ・タイプ」といった思い込みであるし、そもそも色の濃さを正確に判断できる環境を作れていない場合もある。

思い込みを排除したテイスティングが重要

 さて、「再考・ワイン物流改善」と銘打ちながら、私の話の内容が本題から大きく逸脱していると感じておられる読者も多いことだろう。

 だがワインの物流改善とは、ワインに変質が生じているのか否か、生じているならその変質はどこで起きているのか、そしてそれがどのような変質結果であるのかを知り、変質予防法を模索することにほかならない。そして変質の原因特定と対処策の構築が、市場関係者や物流関係者の仕事だ。

 変質の詳しいメカニズムを解明するのは科学者の領域だが、一般にその解明には膨大な時間を要する。ところが、市場関係者や物流関係者はその解明を待ってはいられない。変質のメカニズムの解明と変質結果の原因を特定することは別問題である。

 ところで、変質結果を的確に把握するためには、変質前の香味の確認をすることと、ワインに対する思い込みや幻想を排除して五感と判断力をニュートラルにしておくことが重要である。先入観や既成概念を排除しておかないと、変質が生じていないのに生じていると思い込んでしまう場合があるのだ。

 その一つとして、もはや赤ワインの色調やその濃淡に関しては、原料ブドウの品種や収穫年の作柄に起因するとは限らないという時代認識を持っていただきたかったというのが、タンテュリエ系のブドウ品種についての考察を披露した理由である。

蛍光灯照明下では赤ワインの色は濃く見える

 赤ワインの色調や濃淡に関しては、もう一つ重要な留意点を記しておきたい。

 それは「蛍光灯照明下では赤ワインの色調や濃淡を的確に判断することはできない」ということだ。自然光の中で観察したときにグラスの向こう側が透き通って見える程度の濃さの赤ワインが、蛍光灯下では黒ずんで不透明な赤ワインとなってしまう。そしてそれを濃厚な赤ワインと思い込んでしまう方が非常に多いのである。

 冷静にテイスティングすれば、第一の視覚情報と第二の嗅覚情報、第三の味覚情報との不一致から気付くべきなのだが、これを見逃している業界人は意外と多い。ある時期までの私も間違いなくその一人であった。アマチュアの方々では、ある程度ワインへの理解を深めている方々の方が判断を誤まりやすいようでもある。

 思い込みは自分自身をだましてしまう。私の過去を振り返ってみても、試飲商談会で発注したワインを自店到着後に試飲して、「だまされた!」と思ったことが何度となくあった。本当にだまされた場合も稀にはあったのだろうが、今ではその大半は蛍光灯のいたずらによる勘違いだったのだろうと思い返している。

 また少しばかり知識があると、「こんな濃厚なワインなのに芳香や香味が全く伴っていないなあ! これはダメージを受けたワインに違いない!」などと判断してしまう者もいる。この中途半端で独善的で不遜な輩も、「リーファー輸送提案」をした頃の過去の私自身である。

 だから、試飲商談会で、軽めの赤ワインを売り手も買い手もフルボディ・タイプのワインと思い込んで商談している様子を見掛けると、かつての自分を思い出し苦笑いがこみ上げてしまう。

必携、ライターとミネラル・ウォーター

 幕張メッセで毎年開催されるFOODEX JAPANをはじめ、さまざまな展示会場で、この悲喜劇は毎回繰り返されていると言っていい。

 ほとんどの大規模展示場では、屋外の自然光でワインを観察できる立地は99%ない。そして、これらの施設の照明には水銀灯やその一種であるメタルハライドランプが用いられている。メタルハライドランプは水銀灯にくらべてさまざまな色温度のランプを作れることになっているものの、ある会場の照明がどの程度自然光に近いものかは、聞くよりも自分の目で確かめるほうが確実だ。

 ホテルの室内も電球系のランプと蛍光灯が混在していることが多く、これも自然光とは異なる厄介な光源だ。

 そこで、私はある時期から試飲商談会に行くときには、必ず傾向するというものが二つ出来た。一つはガス・ライターであり、もう一つは500ml入りのミネラル・ウォーターのPETボトルである。

 ガス・ライターの炎は、屋内照明器具よりも自然光に近い状態で赤ワインの色調・濃淡を見せてくれる。もちろん、窓から屋外の採光が可能な会場であれば、ライターと自然光での可視度の違いを予め確認することも忘れないようにしている。

 だができることなら、各社の展示ブースのテーブル上に、白熱球など適切な色温度の照明器具を用意してほしいものである。私がワインの勉強を始めた頃の昔、ローソクの光での透明度や色調確認は常識的に行われていた。レストランのテーブルに置かれるキャンドルにもムード演出や料理の色を美味しそうに見せてくれるだけでなく、この意味があったのだ。

 もう一つの500mlミネラル・ウォーターのPETボトルを携行するようになったのも、やはり健全なワインに的外れで理不尽な濡れ衣を着せてしまった思い出が発端となっている。

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About 大久保順朗 82 Articles
酒類品質管理アドバイザー おおくぼ・よりあき 1949年生まれ。22歳で家業の菊屋大久保酒店(東京都小金井市)を継ぎ、ワインに特化した経営に舵を切る。「酒販ニュース」(醸造産業新聞社)に寄稿した「酒屋生かさぬように殺さぬように」で注目を浴びる。また、ワインの品質劣化の多くが物流段階で発生していることに気付き、その改善の第一歩として同紙上でワインのリーファー輸送の提案を行った。その後も、輸送、保管、テイスティングなどについても革新的な提案を続けている。