76年産モーゼルの白眉。そして見えてしまったもの

A.P.ナンバー
ドイツワインのA.P.ナンバー
A.P.ナンバー
ドイツワインのA.P.ナンバー

ワインのリーファー輸送を業界に提案した大久保順朗氏が、リーファー輸送が必要と考えるに至ったワイン物流の問題の本質を語る。今回は、1976年産ドイツワインにまつわるエピソードをお送りする。

“重厚”と“鮮烈”の2派

 当時のドイツ・ワインは大別して二つに分かれていた。一つは重厚な香味で飲み頃の遅いタイプのワイン。他方は鮮烈な酸味と果実味に溢れたタイプである。

“重厚なタイプ”のワインは往々にして“硫黄臭”が強く残っている場合が多く、抜栓してから数十分を経過しないと本来の香味を満喫できない場合が多かった。かたや“鮮烈なタイプ”のワインは“硫黄臭”は皆無であり、とにかく新鮮で果実味豊かであり、抜栓してすぐに飲める簡便さが人気を獲得し始めていた。

 後にわかったことだが、これは白ワインの新潮流「フレッシュ&フルーティ路線」の台頭であった。

“重厚なタイプ”の「硫黄臭」に関しては、「酸化防止剤の亜硫酸塩が多すぎるのか?」とも思っていたが、「謹厳なドイツ人がそんなドジぞろいなわけあるか?」との思いもあった。ビン詰め直後のワインであるならいざ知らず、ビン詰め後2年3年を経過していることを確認できるワインであることを考慮すると、当時の私には原因に見当の付かない事象だった。

 しかし後年、この事象の原因が理解できた時、熟成による香味変化のメカニズムがおぼろげに理解でき、さらにワインの品質を保つある方法の開発のアイデアが浮かんだのである(これについては後日詳述する)。

【A.P.ナンバーについて】

 ところで、ドイツ・ワインはブドウを収穫した年だけでなくビン詰めされた年がラベル上に表示されていることをご存知だろうか?

 ドイツ・ワインはラベルのどこかに必ず「A.P.ナンバー=公認検査番号」と呼ばれるものが刻印されている。EC(現EU)ワイン法の下にあって「A.P.Nr.00 000 000 000 00」である。

 この「0」の部分にはさまざまな数字が並ぶが、その数字の意味するところは、左から、

  1. 検査場番号
  2. ビン詰者所在地認識番号
  3. ビン詰者認識番号
  4. 最終貯蔵容器別ワイン検査認識番号
  5. 検査年号あるいはビン詰め年号

の順で記載されているのである。

 このうち「最終貯蔵容器別ワイン検査認識番号」とは、検査以後手を加えることなくビン詰めすることを義務付けるルールに基づく認識番号だ。このルールによれば、同一生産者の、同一畑産の、同一品種の、同一規格の、同一収穫年のワインであっても、他の容器で保存していたワインとブレンドしてビン詰めすることは許されない。これを行う場合には、ブレンドした状態にある容器を単位として再検査し、新たな「最終貯蔵容器別ワイン検査認識番号」を取得する義務が生じる。

 検査機関からあらぬ疑いをかけられないためにも、検査申請は必然的にビン詰め直前に行われることとなる。

 EC(現EU)ワイン法の下にあって、ドイツ・ワイン法のこの部分は最も厳格であると言ってよい。

 これについても、後日詳述する。

期待された76年産だったが

 さて、私がこのセミナー受講ツアーに参加した大きな目的の一つは、1976年産の作柄確認であった。ドイツを訪ねたこの年(1978年)は、1976年産ワインがリリースされた年だったのだ。

 1976年は西ヨーロッパが大旱魃に見舞われた年で、ワインについては当初は偉大な作柄年として期待されていた。ところが、訪独前に日本に入荷していたカビネット(kabinett)を飲んだ限りでは、期待を裏切る味わいのワインばかりと私は判断していた。シュペトレーゼ(Spatlese/遅摘み)とアウスレーゼ(Auslese/房撰果)、ベーレンアウスレーゼ(Beerenauslese/粒撰果)、トロッケンベーレンアウスレーゼ(Trockenbeerenauslese/乾粒撰果)※は未試飲だった。

 しかし現地でも、初日のラインガウ地方(Rheingau)以降、ナーエ(Nahe)、ミッテルライン(Mittelrhein)、ラインヘッセン(Rheinhessen)、ラインプファルツ(Rheinpfalz)、バーデン(Baden)と回って、膨大なテイスティングをしたが、1976年産ワインに関しては注目すべきワインは見当たらなかった。

 “重厚なタイプ”“鮮烈なタイプ”という新旧のタイプの問題ではない。どちらのタイプでも酸味不足が決定的なのである。

 最終訪問地モーゼル(Mosel)へは、一泊を要する旅だった。このモーゼルでも1976年産の酸味不足は決定的だった。しかし平年では見向きもされない下流部のベライヒ・ツェル地区(Bereich Zell)が、大旱魃の難を逃れていた。

 谷の深いこの地区は日照時間が短い。急峻な崖にあることで有名なブレンマー・カルモント(Bremmer Calmont)の1976年産アウスレーゼは見事な甘酸のバランスだった。生産者は、T山岡&サンズが輸入している「モーゼルS.R.ブドウ生産者組合」(Zentralkellerrei im M.S.R.)だった。

男爵家の館で

 この日の宿舎はコッヘム村(Cochem)のランデンベルグ(Landenberg)男爵家の館=アルテ・トゥールシェンケ(Alte Thorschenke)だった。

 カゴメの山田氏と同室で、大きなダブルベッドで男二人が同衾することとなった。広い部屋の壁際に置かれたベッドへ背中合わせに潜り込んで半時、背中合わせの山田氏が「大久保君起きてる?」と聞く。「はい」と答えると「向こうの窓からこっちをのぞいてる人がいるんだけど、何か用か聞いて来てくれる?」と言う。

 起き上がり、窓のほうを見ると、確かに誰かがこちらを見ている。窓へ向かって歩き出すと、人影が消えた。小走りに窓に駆け寄り、窓枠を引き上げ首を外に出して息を呑んだ。窓の外はバルコニーなどの張り出しは一切ない。3階から1階の中庭まで一気に落ちていて、人の立てる場所はなかったのである。

 ベッドに戻って状況を伝えると、「大久保君も見たよねぇ?」と山田氏。
「はい」と私。
「じゃ、霊感あるんだ?」
「たぶん」
「じゃぁ、ハイデルベルグ城のステージは?」
「はい、感じました。山田さんも?」
 などと、背中越しにとりとめもなく会話しながら眠りに落ちた。

 帰国後、T山岡&サンズの山岡寿夫氏にお願いして、「ブレンマー・カルモント1976年産アウスレーゼ」を取り寄せてもらった。ビンの肩には、「全ドイツ品評会(DLG)金賞」の帯ラベルが貼られていた。一年後には価格も倍以上に跳ね上がった。

※シュペトレーゼ(Spatlese/遅摘み):通常より1週間以上遅摘みした果実を原料とし醗酵前果汁糖度が規定糖度に達しているものを原料とする。
アウスレーゼ(Auslese/房撰果):シュペトレーゼよりも熟した果実を房単位で選別し醗酵前果汁糖度が規定糖度に達しているものを原料とする。
ベーレンアウスレーゼ(Beerenauslese/粒撰果):完熟果を粒単位で選別し醗酵前果汁糖度が規定糖度に達しているものを原料とする。
トロッケンベーレンアウスレーゼ(Trockenbeerenauslese/乾粒撰果):乾いた果実を粒単位で選別し醗酵前果汁糖度が規定糖度に達しているものを原料とする。通常は貴腐化(貴腐菌に感染して糖度が増す)したもの。

大久保順朗
About 大久保順朗 82 Articles
酒類品質管理アドバイザー おおくぼ・よりあき 1949年生まれ。22歳で家業の菊屋大久保酒店(東京都小金井市)を継ぎ、ワインに特化した経営に舵を切る。「酒販ニュース」(醸造産業新聞社)に寄稿した「酒屋生かさぬように殺さぬように」で注目を浴びる。また、ワインの品質劣化の多くが物流段階で発生していることに気付き、その改善の第一歩として同紙上でワインのリーファー輸送の提案を行った。その後も、輸送、保管、テイスティングなどについても革新的な提案を続けている。