驚異のマシンガン飯テロ映画

335 映画「おいハンサム!!」から

筆者がかつて映画の撮影現場で消え物(劇中の食事)を担当していたことは前にも述べた。主戦場は2時間ドラマ(火曜サスペンス劇場や土曜ワイド劇場など)であったが、消え物が出てくるシーンはお茶の出るシーンなども含めて、せいぜい10シーンほどであったと記憶している。

 時は流れて2024年、2時間弱の上映時間中、60シーン以上(2分に1回)の消え物シーンがある驚くべき作品が現れた。それが今回紹介する映画「おいハンサム!!」である。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

令和に舞い降りたあの国民的アニメ式

 本作は、伊藤理佐の漫画「おいピータン!!」(1998〜2018)、「おいおいピータン!!」(2018〜)など複数の作品の登場人物とエピソードをもとに、「闇金ウシジマくん」(TVドラマ2010、映画2012)の山口雅俊が再構成したTVドラマ「おいハンサム!!」(2022)、「おいハンサム!! 2」(2024)の続編にあたる。

 コンサルティング会社で本部長を務める源太郎(吉田鋼太郎)、専業主婦の妻千鶴(MEGUMI)、広告会社に勤める独身の長女由香(木南晴夏)、出版社に勤めるバツイチの次女里香(佐久間由衣)、給食会社に勤める三女美香(武田玲奈)の伊藤家を軸に、それぞれの勤務先の同僚など、伊藤家の人々を取り巻く様々な人間模様をコメディタッチで描いたホームドラマである。タイトルのハンサムは、源太郎が時折名言を放つ際の表情に由来している。

 今回のテーマは「災難の後に訪れるささやかな幸せ」。

 ダメ男ばかりに出会い、恋愛に失敗し続けた末に、知らない男カマタ(中尾明慶)からの間違い留守電メッセージを心待ちにするほど孤独になってしまった由香。夫の浮気が原因で離婚したのに、妻子ある原さん(藤原竜也)を好きになってしまい、幼馴染のたかお(宮世琉弥)がいる京都の和菓子屋に逃亡する里香。半同棲中の漫画家ユウジ(須藤蓮)との別れ話のさなか、リア充パリピ集団のリーダー・イサオ(野村周平)に執拗なアプローチをかけられ揺れ動く美香。

 そんな、人生に迷った3人の娘たちを救うため、源太郎がTVドラマではかろうじて踏みとどまっていた、“伝家の宝刀”のゴルフクラブを抜きステテコに腹巻という昭和スタイルで猪突猛進するというのが主なストーリーである。

 原作群から選りすぐったエピソードと、オリジナルのエピソードを細かく積み重ねて、テーマとストーリーに落とし込む手法は、ギャグのセンスは現代風になっているが、あの国民的アニメ「サザエさん」(1969〜)を想起させる。

ただの“めし食いドラマ”ではない

伊藤家のオムライスは「オムライスはチキンライスが主役」という源太郎の信念にのっとり、卵1コを薄く伸ばしたオムレツでチキンライスを包んだものである。

 本作には、伊藤家の人々をはじめ、由香の元恋人で「おいピータン!!」「おいおいピータン!!」の主人公でもある大森(浜野謙太)ら、食にこだわりのある人物が多数登場する。それもあって冒頭にも述べたように、消え物シーンはまるでマシンガンのように次々と繰り出される(表を作って本記事末に示した。繰り返すがネタバレ注意である)。消え物はただ多いだけではなく、登場人物の心理描写を現すアイテムとして機能している。これはかつて“めし食いドラマ”と揶揄されたホームドラマ評に対する、山口監督のアンサーのように感じた。

 元消え物担当としては、フードコーディネーターのはらゆうこをはじめとする消え物班の苦労が偲ばれるところだが、いずれのシーンも“飯テロ”に仕上げているのはさすがである。

 なかでも印象に残ったのは「伊藤家のオムライス」。伊丹十三監督の「タンポポ」(1985、本連載第149回参照)以来、ふわふわとろとろの半熟卵に包まれた“タンポポオムライス”が人気だが、伊藤家のオムライスは、「オムライスはチキンライスが主役」という源太郎の信念に則り、卵一つを薄く伸ばしたオムレツでチキンライスを包んだ“原点回帰”のもの。多少見た目は悪くても、家で食べるんだから気にしないというスタイルは、平凡な幸せのありがたみという、本作のテーマとも通じていると思う。

名店登場のこだわり

 本作にはセット撮影での消え物以外に、数々の名店が実名のまま登場し、“古きよきものの大切さ”という本作のサブテーマを体現している。

 源太郎が米政府高官のレセプションでたまたま出会ったアメリカ人女性ナンシー(アナンダ・ジェイコブズ)を案内する店は、創業1884年の蕎麦屋「神田まつや」。黒瓦木造二階建ての建物は、東京都選定歴史的建造物に指定されている。行列のできる人気店で源太郎が頼むのは「天抜き」。天ぷらそばのそば抜きで、そばつゆの染みた天ぷらで酒を楽しみ、最後はもりそばで締めることもできる通のメニューである。源太郎に日本の隠れスポットを教わったナンシーが、実は……というオチもついている。

 里香が京都に“恋愛疎開”して手伝う和菓子屋は、創業1882年、西陣の御菓子司「塩芳軒」。店舗は景観重要建造物、京都市歴史的意匠建造物に指定されている。古都の街並みに調和した美しい和菓子の数々がみどころである。

 里香に会いに来た千鶴と里香が食事する店は、京都二条城近くの「喫茶チロル」。山小屋をイメージした内装で、里香と千鶴が食するやきめしとナポリタン以外にも豊富な食事メニューが楽しめる、レトロな雰囲気の喫茶店である。

表 映画「おいハンサム!!」おしながき

シーン 主な登場人物 メニュー
1 伊藤家・居間 源太郎、千鶴 カレイの煮付けなど
2 バー 由香、傘振り男 洋酒
3 里香の会社の屋上(回想) 里香、原さん 新商品の缶ジュース(トロピカルドリンク)
4 美香の会社 美香、シイナ、同僚 サンドイッチ
5 喫茶店 源太郎、美緒 ババロア
6 中華料理店 伊藤家全員 大エビのチリソース、黒酢の酢豚など
7 源太郎の会社・会議室 源太郎、商店街の人々 紙コップの飲み物
8 町中華(回想) 源太郎、店主、客 ラーメン
9 伊藤家・居間 里香、美香 卓袱台の菓子
10 伊藤家・台所 千鶴、里香、美香 ハンバーグ、ポテトサラダ(調理シーン)
11 伊藤家・居間 千鶴、由香、里香、美香 ハンバーグ、ポテトサラダなど
12 ワイドショーのスタジオ 源太郎、MC、ゲスト ゲストの机の飲み物
13 伊藤家・居間 源太郎、千鶴 みかん、芋けんぴ
14 由香の会社 由香、同僚、アベさん、大森、渡辺 おにぎり、金つば
15 美香とユウジの家 美香、ユウジ 茄子の味噌炒めなど
16 焼肉屋(回想) 美香、ユウジ 焼肉
17 居酒屋(源太郎と大森と渡辺) 源太郎、大森、渡辺 ねぎま鍋、酒
18 伊藤家リモート会議・伊藤家 源太郎、千鶴、美香 みかん
19 伊藤家リモート会議・由香の家 由香 あんまん
20 伊藤家リモート会議・里香の家 里香 肉まん
21 駄菓子屋(回想) 里香とたかお(小学生) ソースせんべい
22 産寧坂 たかお、土産店の人々 お土産の菓子
23 由香の会社 由香、同僚 コロッケ、ハムカツ、唐揚げ
24 通り 由香、大森 シュークリーム、エクレア
25 塩芳軒・居間 里香、たかお、幹九郎、京子 和菓子
26 高級フレンチレストラン 由香、キスする男 フレンチフルコース
27 塩芳軒・居間 里香、たかお、幹九郎 ステーキ、酢豚
28 塩芳軒・厨房 里香、たかお、幹九郎 和菓子作り
29 塩芳軒・縁側 里香、たかお、幹九郎 さんまの塩焼き、大根おろし
30 塩芳軒・縁側 里香、たかお そうめん
31 バー 美香、スグル 洋酒
32 由香の家 由香、川嶋 肉じゃが
33 通り(回想) 由香、大森 コロッケパン、ハムカツパン
34 神田まつや 源太郎、ナンシー 天もり、天抜き、日本酒
35 伊藤家・居間 源太郎、千鶴 水、みかん
36 居酒屋 由香、同僚、アベさん 酒と料理
37 塩芳軒・居間 里香、たかお 豚肉と白菜と春雨の和風中華炒め
38 美香の会社 美香、シイナ、同僚 昼食
39 京都の宿の食堂 源太郎、千鶴、食堂の客 昼食
40 バスの中 源太郎、千鶴、老夫婦 ゆで卵、みかん
41 由香の会社 由香、同僚 フルーツサンド、コーヒー、飴
42 喫茶チロル 千鶴、里香 コーヒー、やきめし、ビール、ナポリタン
43 野外レストラン 美香、イサオ、スグル 昼食
44 塩芳軒・店内 源太郎、千鶴、里香、たかお、幹九郎、千鶴 和菓子
45 由香の家 由香、大森、渡辺 カニ鍋、カニかけ汁ごはん
46 伊藤家・台所 美香、イサオ 伊藤家のオムライス(調理シーン)
47 塩芳軒・居間 美香、イサオ、由香 伊藤家のオムライス
48 塩芳軒・台所 里香、たかお 羽根つき餃子(調理シーン)
49 塩芳軒・居間 里香、たかお、幹九郎 羽根つき餃子
50 伊藤家・居間 伊藤家全員 伊藤家のサンドイッチ
51 千鶴の母の食堂(回想) 千鶴(小学生)、千鶴の初恋の人 焼きそば
52 喫茶店 美香、ユウジ クリームソーダ、コーヒー
53 塩芳軒・たかおの部屋 里香、たかお エクレア
54 レストラン 美香、イサオ、スグル、大森、渡辺 酒と料理
55 ワイドショーのスタジオ 源太郎、MC、ゲスト ゲストの机の飲み物
56 自動販売機の前 里香、原さん 新商品の缶ジュース(柿サイダー)
57 伊藤家・台所 源太郎、美香、里香、由香、千鶴 昨日のカレー、ヨーグルト
58 バーベキュー施設 美香、イサオ、スグル、源太郎、千鶴、由香、たかお、ユウジ、大森、渡辺 バーベキュー、シャンパン
59 伊藤家・居間 伊藤家全員 たかおの土産の和菓子
60 伊藤家・玄関 伊藤家全員、カマタ シュークリーム、エクレア
61 伊藤家・居間 伊藤家全員 朝食(シラスの中にカニとタコ)

※映画を観ながらの記録のため、不正確な記述や抜けがある可能性があります。


火曜サスペンス劇場
https://www.ntv.co.jp/kasasu/
土曜ワイド劇場
https://wws.tv-asahi.co.jp/douga_mv/dwide_sp/pc/
おいピータン!!
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闇金ウシジマくん(TVドラマ)
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サザエさん(TVアニメ)
https://fod.fujitv.co.jp/title/5817/
タンポポ
Amazonサイトへ→
本連載第149回
https://www.foodwatch.jp/screenfoods0149
神田まつや
http://www.kanda-matsuya.jp/
塩芳軒
https://www.kyogashi.com/
喫茶チロル
https://tyrol.favy.jp/

【映画「おいハンサム!!」】

公式サイト
https://www.oihandsome.com/movie/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2024年
公開年月日:2024年6月21日
上映時間:119分
製作会社:映画「おいハンサム!!」製作委員会
配給:東宝
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督・脚本:山口雅俊
原作:伊藤理佐
エグゼクティブ・プロデューサー:宮川朋之
プロデューサー:山口雅俊、塚田洋子、清水拓哉、多治見薫
撮影:板倉陽子
照明:緑川雅範
録音:西山徹
美術:平井淳郎
装飾:篠田公史、武田俊介
持道具:坂田幸穂
スタイリスト:SAKAI
ヘアメイク:石下谷陽平
ヘアメイク(吉田鋼太郎担当):熊谷波江
編集:柳沢竜也
音楽:MAYUKO、眞鍋昭大、宗形勇輝
サウンドエディター:飯島啓実
選曲:小西善行
ミュージックエディター:藤村義孝
アソシエイトプロデューサー:市野直親、遠山圭介、中頭千廣
ラインプロデューサー:原田博志
製作担当:堀田剛史、浅井洋一
助監督:土岐洋介、阿部雅和、横内喬
記録:柿崎徳子
視覚効果:松本肇
フードコーディネーター:はらゆうこ
キャスト
伊藤源太郎:吉田鋼太郎
伊藤由香:木南晴夏
伊藤里香:佐久間由衣
伊藤美香:武田玲奈
伊藤千鶴:MEGUMI
たかお:宮世琉弥
イサオ:野村周平
スグル:内藤秀一郎
ユウジ:須藤蓮
美緒:浅川梨奈
占い師:光宗薫
幹九郎:六角精児
京子:松下由樹
ミチル:藤田朋子
橋本:ふせえり
カマタ:中尾明慶
シイナ:野波麻帆
渡辺:太田莉菜
大森利夫:浜野謙太
ナンシー:アナンダ・ジェイコブズ
原さん:藤原竜也

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。