生まれ変わりを告げる食べ物

364 「月の満ち欠け」「花まんま」から

“生まれ変わり”をモチーフとした日本映画2作品を、キーアイテムとなる食べ物とともに紹介する。またこの2作品、生まれ変わりの当事者を同じ出演者が演じていることについても述べたい。

 映画では、前回(本連載第363回参照)取り上げた“人格入れ替わりもの”のように、現実にはありえないような現象をモチーフとしたジャンルが存在する。“生まれ変わりもの”もその一つ。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

どら焼きのおいしいところ

「月の満ち欠け」は、「永遠の1/2」(1984、1987年に映画化)、「鳩の撃退法」(2014、2021年に映画化)の佐藤正午が第157回直木賞を受賞した2017年の長編小説が原作。「るり」という名前を持つ女性の三代にわたる生まれ変わりを描いた作品である。

 主人公の小山内つよし(大泉洋)は、東京でサラリーマンをしていた1999年、妻の梢(柴咲コウ)と娘の瑠璃(菊池日菜子)を交通事故事故で亡くし、故郷の八戸に帰って漁港で働きながら要介護の母・和美(丘みつ子)と暮らしている。2007年12月、堅は瑠璃の親友だった緑坂ゆい(伊藤沙莉)に呼び出されて上京。待ち合わせ場所のホテルのラウンジで堅はゆいから、小山内瑠璃が1981年に踏切事故で死んだ正木瑠璃(有村架純)の生まれ変わりで、さらにゆいの隣に座っている幼い娘・るり(小山紗愛)は、小山内瑠璃の生まれ変わりだという、信じがたい話を聞かされる。

 実は堅が帰郷した2000年、正木瑠璃の恋人だった三角哲彦あきひこ(目黒蓮)が八戸に訪ねて来て、小山内瑠璃が交通事故に遭う直前に電話をかけてきたことを伝えていた。1988年には、当時小学生だった小山内瑠璃が家出をし、哲彦の1980年当時のバイト先である高田馬場のレコードショップで保護されたこともあった。つまり、堅にとっては全く心当たりのない話ではなかったのである。

 そして今堅の目の前にいる緑坂るりは、おなかが空いたと言ってどら焼きセットを頼み、堅にこう告げるのだ。

「好きだったよね、ここのどら焼き」

「八戸のおばあちゃんの家に帰る日、いつもここでどら焼き食べたの、あたしは忘れてない」

 さらに別れ際、緑坂るりは堅に言う。

「生まれ変わりは、私だけとは限らないよ」

 その言葉を裏付けることが起こる。八戸に帰った堅は、ある意外な人物からこう返されるのだ。堅がよく知っていた人と同じ仕草で。

「あっ、あのどら焼きのおいしいところ?」

 筆者が個人的に“ツボに入った”ポイントは、筆者が学生時代に足しげく通った高田馬場の名画座「早稲田松竹」が、かつて存在した駅前売店の「甘栗太郎」、名店ビルの「ムトウ楽器店」の看板など、1980年代当時の高田馬場の町並みと共に再現されていたところ。

 そこで上映されている1948年の「アンナ・カレニナ」(ヴィヴィアン・リー主演、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督)は、正木瑠璃と小山内瑠璃をつなぐ映画として重要な意味を持つ。

 上映中や次回上映の他の看板には、「東京暮色」(1957、小津安二郎監督)、「おもいでの夏」(1971、ロバート・マリガン監督)、「さらば冬のかもめ」(1973、ハル・アシュビー監督)、「地球に落ちて来た男」(1976、ニコラス・ローグ監督)などのラインナップが並ぶのも、懐かしさを感じさせる。唯一違うのは、館内の座席が実際にはもっと汚かったことだろうか。

天ぷらうどんと花まんま

「花まんま」は、第133回直木賞を受賞した朱川湊人の短編小説(2005)が原作。舞台を原作の昭和30〜40年代から現代に置き換え、ある“秘密”を抱える妹を子供の頃から守り続けてきた兄が、彼女の結婚式に“贈物”を届けるという“浪花節的”人情ドラマである。

 2019年4月、下町風情が残る東大阪が舞台。早くに父母を亡くした加藤俊樹(鈴木亮平)は、亡き父との約束を胸に刻み、妹のフミ子(有村架純)の親代わりとして、地元の町工場で懸命に働いてきた。24歳になったフミ子は大学に勤務し、同じ大学に勤めるカラス研究者の中沢太郎(鈴鹿央士)との結婚を間近に控えていた。

白いツツジをご飯に、赤いツツジを梅干しに、菜の花を玉子焼きに、松ぼっくりを唐揚げに、葉っぱをホウレンソウのおひたしに、それぞれ見立てた“花まんま”。
白いツツジをご飯に、赤いツツジを梅干しに、菜の花を玉子焼きに、松ぼっくりを唐揚げに、葉っぱをホウレンソウのおひたしに、それぞれ見立てた“花まんま”。

 結婚式の前々日、フミ子は俊樹に内緒で彦根の繁田仁(酒向芳)の家を訪れ、結婚を報告。フミ子が仁に会いに行ったと察した俊樹は、太郎と共に繁田家に向かう。

 2002年4月、高熱を出した7歳のフミ子(小野美音)に変化が訪れる。自分が生まれたのと同じ日に同じ病院で亡くなった繁田喜代美(南琴奈)の記憶が突然フミ子に乗り移ったのだ。1995年4月、喜代美はバスガイドとして勤務中の車内で無差別殺人に遭い、24歳の若さで亡くなっていた。熱の下がったフミ子は兄の俊樹(田村塁希)に頼み込み、記憶をたどって喜代美の墓のある彦根までふたり旅を敢行する。

 彦根の駅前にある甘味処の前で、この店は中学の頃よく来た、あんみつがおいしいという7歳のフミ子。俊樹は日用品店の前で、喜代美の同級生だったチーちゃん(馬場園梓)から、喜代美の父・仁のことを聞く。仁は喜代美が亡くなった時、呑気に天ぷらうどんを食べていた自分を許せず、以後食事が喉を通らなくなり、すっかり痩せこけてしまったというのだ。楽しかった記憶も、辛い記憶も食べ物とその味に結び付いているというエピソードである。

 仁のことを聞いた7歳のフミ子は、ツツジが満開の公園で俊樹とお弁当を食べた後、空になった弁当箱に色とりどりの花や葉っぱなどを詰め、たどり着いた繁田家の前で仁に渡すよう兄に頼む。弁当箱の中身を見た仁は驚いて呟く。

「白いツツジはご飯、赤いツツジは梅干し、菜の花は玉子焼き、松ぼっくりは唐揚げ、葉っぱはホウレンソウのおひたし、木の枝を箸に見立てて……ぱくぱくぱく……おいしいよ喜代美」

 それは喜代美が小さい頃よく作っていた“花まんま”だった。

 花まんまは仁に食べる気力をもたらすが、フミ子を仁にとられることを恐れた俊樹は、もう仁には会わないという約束をフミ子と交わす。しかし、その後もフミ子は仁と文通を続け、結婚を前にしてついに約束を破ったのだ。

 その後の展開は割愛するが、クライマックスの結婚式の後の悲しい別れの後、花まんまが再び仁の心を慰めることだけは申し添えておく。

“生まれ変わり”の出演者たち

 この2作には共通の出演者が二人いる。

 すでにお気づきのとおり、一人は有村架純。「月の満ち欠け」では“生まれ変わり元”、「花まんま」では“生まれ変わり先”の女性を演じている。子供の頃の発熱が生まれ変わりのきっかけになること、子供の頃、生まれ変わる前の記憶をたどってゆかりの人に会いに行くなど2作品には共通点が多く、とくに「花まんま」を観た際には既視感があったが、有村はそれぞれの作品で異なる役柄を演じ分けている。

 もう一人は安藤玉恵。「月の満ち欠け」では弘前で主人公の母を介護する荒谷清美、「花まんま」では主人公の兄妹の母・ゆうこを演じ、それぞれ生まれ変わりに関わる重要な役回りを演じている。

 安藤は、「探偵はBARにいる」(2011、本連載第185回参照)、「夢見るふたり」(2012)、「映画 深夜食堂」(2015)など多数の映画で名バイプレーヤーとして活躍している。


本連載第363回
https://www.foodwatch.jp/screenfoods0363
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永遠の1/2(小説)
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鳩の撃退法(小説)
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早稲田松竹
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甘栗太郎
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アンナ・カレニナ
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本連載第185回
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夢見るふたり
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本連載第94回
https://www.foodwatch.jp/screenfoods0094

【月の満ち欠け】

公式サイト
https://movies.shochiku.co.jp/tsuki-michikake/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2022年
公開年月日:2022年12月2日
上映時間:128分
製作会社:「月の満ち欠け」製作委員会
配給:松竹
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督:廣木隆一
脚本:橋本裕志
原作:佐藤正午
エグゼクティブプロデューサー:吉田繁暁、筒井竜平
企画・プロデュース:新垣弘隆、遠藤日登思
製作:高橋敏弘、荒木宏幸、弓矢政法、渡辺勝也、浅田靖浩、伊藤亜由美、井田寛
プロデューサー:矢島孝、宇高武志
撮影:水口智之
照明:北岡孝文
録音:深田晃
美術:丸尾知行
装飾:吉村昌悟
音楽:FUKUSHIGE MARI
音楽プロデューサー:高石真美
音響効果:佐藤祥子
編集:野本稔
スタイリスト:篠塚奈美
ヘアメイク:永江三千子
ポスプロスーパーバイザー:佐藤正晃
アソシエイトプロデューサー:諸田創
ラインプロデューサー:湊谷恭史
製作担当:田中智明
プロダクションマネージャー:小松次郎
助監督:木ノ本浩平
スクリプター:丹羽春乃
VFXスーパーバイザー:大萩真司
VFX onset スーパーバイザー:佐伯真哉
特殊メイク:宗理起也
キャスト
小山内堅:大泉洋
正木瑠璃:有村架純
三角哲彦:目黒蓮
緑坂ゆい:伊藤沙莉
正木竜之介:田中圭
小山内梢:柴咲コウ
小山内瑠璃:菊池日菜子
緑坂るり:小山紗愛
小山内瑠璃の子供時代:阿部久令亜
荒谷みずき:尾杉麻友
中西:寛一郎
店長:波岡一喜
荒谷清美:安藤玉恵
小山内和美:丘みつ子

(参考文献:KINENOTE)


【花まんま】

公式サイト
https://hanamanma.com/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2025年
公開年月日:2025年4月25日
上映時間:118分
製作会社:「花まんま」製作委員会
配給:東映
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:前田哲
脚本:北敬太
原作:朱川湊人
企画プロデュース:須藤泰司
プロダクション統括:小嶋雄嗣
プロデューサー:北岡睦己
撮影:山本英夫
照明:東田勇児
録音:西山徹
美術:小出憲
装飾:大橋豊
小道具:岩花学
音楽:いけよしひろ
音楽プロデューサー:津島玄一
整音:西山徹
音響効果:佐藤祥子
編集:高橋幸一
スタイリスト:荒木里江
衣装:宿女正太
ヘアメイク:石部順子
キャスティングプロデューサー:福岡康裕
キャスティング:高橋雄三
ラインプロデューサー:谷敷裕也
製作担当:井上一成
スケジュール:宮村敏正
プロダクションマネージャー:森洋亮
製作管理:福島一貴
助監督:西片友樹
スクリプター:渡邉あゆみ
VFX:田中貴志
特殊メイク:吉田茂正
特機:横山聖
キャスト
出演:
加藤俊樹:鈴木亮平
加藤フミ子:有村架純
中沢太郎:鈴鹿央士
三好駒子:ファーストサマーウイカ
加藤ゆうこ:安藤玉恵
加藤恭平:板橋駿谷
三好貞夫:オール阪神
山田社長:オール巨人
俊樹の子供時代:田村塁希
ふみこの子供時代:小野美音
チーちゃん:馬場園梓
繁田喜代美:南琴奈
繁田宏一:六角精児
繁田房枝:キムラ緑子
繁田仁:酒向芳

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。