生と死のはざまで食らう勝負飯

[317] 池波正太郎「仕掛人・藤枝梅安」シリーズのうまいもの(2) 「仕掛人・藤枝梅安2」から

池波正太郎の時代小説「仕掛人・藤枝梅安」シリーズ(1972〜1990)を原作とした映画を取り上げていくシリーズの2回目。前回の「仕掛人・藤枝梅安」から続く、「仕掛人・藤枝梅安2」は、「殺しの四人 仕掛人・藤枝梅安(一)」収録の「殺しの四人」と「秋風二人旅しゅうふうににんたび」をアレンジしたストーリー。京都と江戸を舞台に、梅安(豊川悦司)と彦次郎(片岡愛之助)、それぞれの宿命の相手との再会を描いている。スタッフとメインキャストは、前作と同じ。ゲストキャストとして、井上半十郎を佐藤浩市が、井坂惣市と峯山又十郎の二役を椎名桔平が演じている。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

師弟の絆をつなぐ鍋

 今回、梅安と彦次郎は江戸から京都まで旅をする。その理由の一つが、梅安の鍼の師匠、津山悦堂(小林薫)の墓参りである。悦堂が、親に捨てられた梅安を拾って弟子にしたエピソードの回想シーン。そのシーンに登場するのが、大根の入った鍋である。この鍋は、前作のクライマックスの前に彦次郎と食べた鍋と同じもので、師弟の絆の深さを強調する効果を上げている。

 なお、京都では、旅籠や茶屋で飲み食いするシーンはあるのだが、料理そのものが映るシーンがないのが惜しいところである。

仕掛人の弱音とはぜの煮付け

 京都から江戸へ戻った梅安が、彦次郎と別れて向かったのが、前作でも登場した浅草・橋場の料亭「井筒」。井筒の女中、おもん(菅野美穂)は梅安と深い仲であり、梅安が本音を打ち明けられる唯一の人である。親に捨てられ、家族を失った梅安にとって、おもんは母親的な位置付けであることが、「必殺仕掛人」三部作(1973〜1974)、「仕掛人梅安」(1981)といった過去作でも繰り返し描かれている。

 このときの梅安は、京都から最強の敵が追ってくる状況にあり、自分は死ぬかも知れないと珍しく弱音を吐く。沈着冷静で非情な仕掛をやってのける普段の姿と、最愛の人の前では死の恐怖を隠せない弱い姿のギャップが、梅安のもう一つの魅力である。

 井筒を出て、品川・台町の自宅に戻った梅安を待っていたのが、梅安の身の回りの世話をしている近所の百姓の老婆、おせき(高畑淳子)。敵の待ち伏せを警戒していた梅安だったが、おせきの存在に安堵する。おせきはきっぷのよい女で、普段は夫婦漫才のような丁々発止のやり取りを梅安と繰り広げている。梅安にとって、おもんとは別の意味で、心を許せる相手である。

おせきが用意したはぜを、梅安は醤油で煮付けて頭も骨も残さず食べる。
おせきが用意したはぜを、梅安は醤油で煮付けて頭も骨も残さず食べる。

 空腹を訴える梅安におせきが差し出したのが、沙魚はぜの乗ったザル。初冬の産卵期のはぜは、真子や白子を腹に抱え、脂が乗っている。おせきは、梅安がいつ帰ってきてもよいように、毎日何か用意して待っていたのだ。こうした気づかいも、梅安がおせきを気に入っている理由の一つであろう。

 このはぜで梅安が作ったのが、原作に出てくる最初の料理でもある煮付け。本作では、鍋を強火にかけ、生醤油に少々の酒を加え、はぜをさっと煮付けて、頭も骨も残さず食べるという、原作の描写を忠実に再現している。はぜを手でつまんで、身を一口で平らげた後、頭をチュウチュウ吸うという食べ方は、下手な役者がやれば下品に見えるかも知れないが、トヨエツ演じる梅安だといかにもうまそうに映るのは流石と言える。そしてこの食事が、強敵と立ち向かう勇気を梅安に与えるのである。

 本作の料理メイキング映像「池波正太郎の江戸料理帳2〜映画『仕掛人・藤枝梅安』裏の世界〜」によると、はぜは秋が旬の魚で、撮影が行われた晩冬には市場に出回っていなかったが、料理を監修した「分とく山」の野﨑洋光が全国の市場に問い合わせ、新鮮なはぜを用意したという。

天井板を挟んでの勝負飯

 覚悟を決めた梅安は、自宅で敵を待ち受ける臨戦態勢に入る。いつの間にか彦次郎も屋根裏に陣取っている。梅安が下に降りて一緒に飯を食わないかと誘うが、彦次郎は断る。その油断が命取りになるかもしれないと知っているからだ。

梅安「では私は、熱いご飯に生卵をかけて食う」

彦次郎「いいってことよ。こっちには、醤油を塗って焼いた握り飯がある」

梅安「醤油を塗っただけか。うまそうだな」

 天井板を挟んだ二人が、ともにいかにもうまそうに卵かけご飯と焼きむすびを食うのである。前作で、梅安はこれが最後の飯になるかもと言ったが、これから死のうという人が、こんなにうまそうに飯を食うであろうか。人が食べている飯を、うまそうだとうらやましがるだろうか。この食事は、勝って必ず生き残るという決意表明なのである。

「鬼平犯科帳 血闘」で観たい“あの料理”

 本作には、エンドロール後のポストクレジットシーンがある。料亭「井筒」にやって来た梅安が長谷川平蔵(十代目松本幸四郎)とすれ違うというもの。ご存知のように、長谷川平蔵は池波正太郎の時代小説、「鬼平犯科帳」シリーズ(1968〜1990)の主人公である。また、そのテレビシリーズで平蔵を演じ当たり役となったのが八代目松本幸四郎=初代松本白鸚であった。

 2024年、池波正太郎生誕100年企画第二弾として、「鬼平犯科帳 SEASON1」が時代劇専門チャンネルで放映され、劇場版「鬼平犯科帳 血闘」が5月に公開される。

 筆者が期待しているのは、やはりそこで扱われる料理。公式ホームページのトップ画面に映り込んだ軍鶏しゃも鍋屋「五鉄」から、有名な「『五鉄』の軍鶏鍋」が登場するのは確実と思われる。どんなシーンになるのか、今から楽しみである。


【仕掛人・藤枝梅安2】

公式サイト
https://baian-movie.com/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2023年
公開年月日:2023年4月7日
上映時間:119分
製作会社:「仕掛人・藤枝梅安」時代劇パートナーズ(製作プロダクション:東映京都撮影所)
配給:イオンエンターテイメント
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督:河毛俊作
脚本:大森寿美男
原作:池波正太郎:(「仕掛人・藤枝梅安」(講談社文庫刊))
エグゼクティブプロデューサー:宮川朋之
プロデュース補:見戸夏美
企画協力:石塚晃都
プロデューサー:吉條英希、田倉拓紀、高橋剣
撮影:南野保彦
美術:吉澤祥子
装飾:三木雅彦
音楽:川井憲次
録音:松本昇和
照明:奥田祥平
編集:野澤瞳
衣装デザイン:宮本まさ江
アソシエイトプロデューサー:菅谷和紀
協力プロデューサー:芦田淳也
製作主任:田中千穂子
製作担当:谷敷裕也
監督補:山本一男
記録:堤眞理子
スチール:江森康之
VFXシニアスーパーバイザー:尾上克郎
VFXスーパーバイザー:田中貴志、進威志
VFXプロデューサー:結城崇史
殺陣:清家三彦
料理監修:野﨑洋光、吉田忠康
予告編制作:樋口真嗣
キャスト
藤枝梅安:豊川悦司
彦次郎:片岡愛之助
おもん:菅野美穂
与助:小野了
おせき:高畑淳子
津山悦堂:小林薫
梅吉:田中奏生
下駄屋の金蔵:でんでん
おだい:鷲尾真知子
峯山又十郎/井坂惣市:椎名桔平
井上半十郎:佐藤浩市
佐々木八蔵:一ノ瀬颯
白子屋菊右衛門:石橋蓮司
お崎:高橋ひとみ
おるい:篠原ゆき子
おひろ:高橋真悠
お芳:小林綾子
石山文吾:浜田学
上島辰之助:大塚航二朗
木村平次:吉田智則
岡部耕介:久保勝史
村木勝蔵:金井勇太
攫われてきた少年:高橋來
長谷川平蔵:十代目松本幸四郎

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。