卵と畑/黄色で描き出したもの

[281] 映画「ひまわり」から

2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵攻は、多くの悲劇を生みながら未だ収束をみていない。そんな中、1970年製作のイタリア映画「ひまわり」が再び注目を集めている。第二次世界大戦で未帰還兵となった夫を探しにソ連を訪れるイタリア女性を通して、戦争の悲惨さを訴えている本作。イタリア軍捕虜が埋められているひまわり畑がウクライナで撮影されたことが注目の所以というのだが……。

ひまわり畑の謎

 ウクライナの国花であり、抵抗のシンボルとなっているひまわり。その名がタイトルとなっている本作では、劇中のシーン以外にオープニングとエンディングにもひまわり畑のシーンがあり、ヘンリー・マンシーニの有名なテーマ曲とあいまって印象的なものとなっている。このひまわり畑、観賞用ではなく食用油や食用の種を生産するために栽培されているもの。ウクライナはひまわりの生産量がロシアと一、二を争うひまわり大国なのである。

 在ウクライナ日本国大使館のホームページは、本作に登場するひまわり畑のロケ地について、日本で販売されている「ひまわり」のビデオの説明書には、ひまわり畑はモスクワのシェレメチェボ国際空港の近くと書いてあるが、それは多くの観光客がモスクワから遠く離れたウクライナに押しかけるのを恐れたソ連当局による偽情報ではないかと推測したうえで、本当のロケ地はキエフ(キーウ)から南へ500kmほど行ったヘルソン州であるとしている。

ウクライナ情報/エピソード集(在ウクライナ日本国大使館)
https://www.ua.emb-japan.go.jp/jpn/info_ua/episode/2movie.html

 一方、NHKの独自取材によると、撮影がヘルソン州で行われたという事実は確認できず、当時の新聞記事をもとに現地で確認したところ、ウクライナ中部の都市ポルタワ近くにあるチェルニチー・ヤール村であることが、村人の体験談等でわかったという。そして、ソ連当局はこの地でのイタリア軍捕虜の犠牲を隠蔽するために、イタリア軍の主戦場ではなかった南部ヘルソン州を撮影場所に仕立て上げたと推測している。

「名作映画『ひまわり』に隠された”国家のうそ”」(NHK)
https://www.nhk.or.jp/kagoshima/lreport/article/000/08/

 映画のロケ地一つについてまで手の込んだ情報操作をするものだと、改めて旧ソ連の闇を感じるが、ロケ地を調べるだけであれば、撮影記録が残っているイタリアの製作会社に確認するのが一番手っ取り早いのではないかと、個人的には思った。

イタリア映画としての「ひまわり」

 1991年のソ連崩壊以前に鑑賞した筆者からすると、本作とウクライナ紛争を結び付けることには違和感を覚える。もちろん本作は、戦争によって人間関係の絆が引き裂かれるという普遍的な悲劇を描いている。しかし、そうした映画は他にもたくさんある。本作で描かれるのはロシアとウクライナが一つの連邦国家だった頃の枢軸国側との戦争であり、現在と対立の構図は異なっている。

 現在のウクライナ紛争について思いを馳せるなら、「アウステルリッツ」(2016)、「粛清裁判」(2018)、「国葬」(2019)のセルゲイ・ロズニツァ監督によるブラックコメディ戦争映画「ドンバス」(2019)や、ヴァレンチン・ヴァシャノヴィチ監督がウクライナ紛争後を描いたディストピア映画「アトランティス」(2019)、ウクライナ紛争のはじまりを描いた「リフレクション」(2021)を観ることをおすすめする。

セルゲイ・ロズニツァ〈群衆〉ドキュメンタリー3選
「アウステルリッツ」「粛清裁判」「国葬」(公式)
https://www.sunny-film.com/sergeiloznitsa
「ドンバス」(公式)
https://www.sunny-film.com/donbass
「アトランティス」「リフレクション」(公式)
https://atlantis-reflection.com/

 今回、以降は本来のイタリア映画としての「ひまわり」の、有名なオムレツのシーンについて述べておきたい。

卵24個の特大オムレツ

ハネムーン中のジョバンナとアントニオは、24個の卵を使った特大オムレツ完食に挑戦する。
ハネムーン中のジョバンナとアントニオは、24個の卵を使った特大オムレツ完食に挑戦する。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

 第二次世界大戦初期のナポリで結婚式を挙げたジョバンナ(ソフィア・ローレン)とアントニオ(マルチェロ・マストロヤンニ)は、ハネムーン休暇をアントニオの故郷でダラダラと過ごしていた。自称料理名人のアントニオは、祖父が結婚の翌朝に平らげたという、親子三代続く卵を24個使った特大オムレツ作りにとりかかる。バターでなくオリーブ油を使い、味付けは塩とコショーだけというシンプルなプレーンオムレツ。

 作ったことがある人ならわかると思うが、大量に卵を使ったオムレツは、火を通すのに時間がかかるものだ。それなのに本作では、約30秒でウェルダンのステーキのように火が通ったオムレツが完成してしまう。これがいわゆる映画の嘘である。

 さて、作るよりもハードルが高そうな完食へのプロセスについては映画をご覧いただきたい。

 前半に特大オムレツを囲んで幸せそうな二人を映すことで、後半のひまわり畑の悲劇性が増す。この前・後で共通するのは、黄色。「自転車泥棒」(1948)の名匠、ヴィットリオ・デ・シーカ監督の職人芸が光る作品である。


【ひまわり】

公式サイト
http://himawari-2020.com/
作品基本データ
原題:I girasoli
製作国:イタリア
製作年:1970年
公開年月日:1970年9月30日
上映時間:107分
製作会社:カルロ・ポンティ・プロ
配給:ブエナ ビスタ、アンプラグド(50周年HDレストア版)
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:ヴィットリオ・デ・シーカ
脚本:チェザーレ・ザヴァッティーニ、アントニオ・グエラ、ゲオルギ・ムディバニ
製作総指揮:ジョゼフ・E・レヴィン
製作:カルロ・ポンティ、アーサー・コーン
撮影:ジュゼッペ・ロトゥンノ、ジャンカルロ・フェランド
音楽:ヘンリー・マンシーニ
編集:アドリアーナ・ノヴェッリ
キャスト
ジョバンナ:ソフィア・ローレン
アントニオ:マルチェロ・マストロヤンニ
マーシャ:リュドミラ・サベーリエワ
アントニオの母:アンナ・カレーナ
エトレ:ジェルマーノ・ロンゴ
復員兵:グラウコ・オノラート
ジョバンナの赤ん坊:カルロ・ポンティ・ジュニア

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。