「ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ」のシェイク戦争

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現在公開中の「ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ」を、とくにシェイクを巡る駆け引きに注目して紹介したい。

「ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ」は、「マクドナルド」の創業者であるマックとディックのマクドナルド兄弟と、「マクドナルド」をフランチャイズ化して世界最大のファストフードチェーンにしたレイ・クロックの実話に基いた伝記映画である。

※以下は基本的には外食業関係者の間では既知のことと考えられるが、一般消費者にとっては“ネタバレ”になり得るのでご注意いただきたい。

ジャガイモが頭から落ちてきた

レイ・クロックとマクドナルド兄弟が出会うきっかけとなった「マルチミキサー」
レイ・クロックとマクドナルド兄弟が出会うきっかけとなった「マルチミキサー」

 映画は1954年、52歳のレイ(マイケル・キートン)が、ミルクシェイクを同時に5個作ることができるマルチミキサーのセールスマンとして、車で全米を回っていた時代から始まる。

 レイは当時全盛だったドライブインレストランをターゲットに、巧みなセールストークで営業をかけていたが、ドライブインのオーナーの多くは保守的で売り上げは伸びなかった。これらドライブインは「アメリカン・グラフィティ」(本連載第144回参照)に見られるように不良たちの溜まり場となっていて、ローラースケートを使うウェイトレスたちも無駄な動きが多く、注文を間違えたり忘れたりすることもしばしば。とても効率的とは言えなかった。

 そんな折、カリフォルニア州サンバーナーディーノにある「マクドナルド」という店からマルチミキサー8台の注文が入る。同時に40個のシェイクを作る能力を必要とする「マクドナルド」とは、一体どんな店なのか? 好奇心をそそられたレイは、その目で確かめるため、アメリカ大陸を車で横断してサンバーナーディーノに向かう。

 レイが「マクドナルド」で目にしたものは、ハンバーガーやフライドポテトやシェイクを求めるお客の長蛇の列が、工場の流れ作業のように効率的な「スピード・サービス・システム」によって見る見るうちにさばかれていく光景だった。レイはこの時のことを、自著「成功はゴミ箱の中に レイ・クロック自伝――世界一、億万長者を生んだ男 マクドナルド創業者」で、「ニュートンの頭にジャガイモが落ちてきたかのような衝撃を受けた」と記している。

 レイと対面したマクドナルド兄弟(兄マック:ジョン・キャロル・リンチ、弟ディック:ニック・オファーマン)は、ディナーの席で2人が生み出したシステムの秘密を包み隠さず語る。その要点は以下のようなものだった。

  • イートインを排し、テイクアウトのみに絞る。
  • メニューを、ハンバーガー、チーズバーガー、フライドポテト、ミルクシェイク、ソフトドリンク、コーヒーのみに絞る。
  • 包装や容器を簡素化し、素手で食べられるスタイル。
  • 厨房は、従業員の導線を考慮したレイアウトにする。

 映画では、マクドナルド兄弟がテニスコートに厨房のレイアウトをチョークで書いてその上で従業員を実際に動かし、リハーサルを繰り返してシステムを完成させていく様子を、俯瞰ショットでわかりやすく観せている。

鶏小屋に狼を入れちまった

「マクドナルド」のシステムに感銘を受けたレイは、モーテルに戻っても興奮のあまりなかなか寝付くことができなかった。レイには野心があった。彼がそれまでに、業務用の紙コップの営業や、ナイトクラブのピアニスト等の職を転々とし、今のマルチミキサーの営業を始めたのも、フード関連のビジネスで「ひと山当ててやる」と念じ続けてきたためだった。そのために、ノーマン・V・ピールの自己啓発本「積極的考え方の力」の朗読レコードを毎晩聴きながら眠るということまでしていた。つまり、52歳と“遅咲き”ではあるが、彼自身としては成功への準備を着々と積み重ねてきた、ということになる。

「突然私の脳裏に、マクドナルドの店舗を、国中の主要道路に展開させるという考えがひらめいた」

「翌朝、起きたときには、すでにプランが頭の中に出来上がっていた」

(「成功はゴミ箱の中に レイ・クロック自伝――世界一、億万長者を生んだ男 マクドナルド創業者」より)

 レイはすぐにマクドナルド兄弟を再び訪ね、フランチャイズ契約を持ちかける。それは、レイが「マクドナルド」のブランドとシステムの使用権を得る代わりに、売り上げの一部を兄弟に支払うというものだった。しかし、兄弟はすでに近隣の10店舗にフランチャイズ権を与えており、この地方での小さな成功に満足していたので、全国展開には乗り気でなかった。レイは兄弟を説得して何とか契約にこぎつけるが、兄弟の店と違うことをやる場合は、どんな些細なことでも兄弟の承認を得なければならないという条件を丸飲みしてしまう。そしてこれが、後にレイとマクドナルド兄弟の争いの種となっていくのである。

 レイは自宅のあるイリノイ州アーリントンハイツに近いシカゴ郊外の都市デスプレーンズにフランチャイズ第1号店をオープンさせた。そしてそれを皮切りに、フランチャイジー(加盟店)を増やしていく。

 ところが、自宅を抵当に入れてまで資金を捻出し、「マクドナルド」のブランドを守るために店主たちへの教育・指導に情熱を傾けるレイに対し、マクドナルド兄弟はどこか他人事で協力的ではなかった。そして諸々の改善に対する兄弟の承認が滞ったことが足枷となり、レイは資金繰りに行き詰まっていく。

 そんな中、苦境に陥ったレイに手を差し伸べる者が現れる。レイが融資の交渉で訪れた銀行で出会ったハリー・ソナボーン(B・J・ノヴァク)。彼は、デスプレーンズの店の評判を聞いて是非レイの下で働きたいと申し出るとともに、レイの運命を変える有益な情報をもたらす。

「フランチャイズビジネスは、フードビジネスではなく、不動産ビジネスです」

 つまりこうだ。これまでは土地の取得や建物の建築はフランチャイジー側で行ってきたが、これではレイにはフランチャイジーが「マクドナルド」のブランドとシステムを利用する対価としての売上げの一部しか手に入らない。これを土地の取得や建物の建築をレイの会社が行って、フランチャイジーに貸し出す形を取れば、継続的に大きなお金が入ってきて、さらなる事業拡大の資金が出来るというわけである。レイはこの話に飛びつき、不動産取引のための会社フランチャイズ・リアリティ・コーポレーションを立ち上げる。

 フランチャイズ・リアリティ・コーポレーションのことを聞いたマクドナルド兄弟が黙っているわけがなかった。ディックからの怒りの電話にレイは、「マクドナルドとは別会社だから、あんたたちの指図は受けない」と言い放つ。電話を切った後、ディックはつぶやく。

「鶏小屋に狼を入れちまった」

 これが、レイからのマクドナルド兄弟に対する宣戦布告となった。

武器として使われたインスタミックス

クリーミングパウダー「インスタミックス」の袋。マックシェイクと同じ、バニラ、チョコレート、ストロベリーのフレーバーがある
クリーミングパウダー「インスタミックス」の袋。マックシェイクと同じ、バニラ、チョコレート、ストロベリーのフレーバーがある

 そしてレイにもう一人、力強い味方が現れる。フランチャイジーの一人ロリー・スミス(パトリック・ウィルソン)の妻でピアニストのジョーン(リンダ・カーデリーニ)だ。ピアノが取り持つ縁で後にレイの三番目の妻となる彼女が、外食産業の業界誌で目にした水に溶かして飲み物を作るクリーミングパウダー「インスタミックス」の記事――これがマックシェイクに変革をもたらすことになる。

 ヨーロッパのミルクセーキが牛乳、卵黄、砂糖、バニラエッセンスが主材料なのに対し、牛乳とアイスクリームをシェイクして作るのがアメリカンスタイル。元祖マックシェイクは後者であったから、店舗ではアイスクリームの保管が必須であった。そしてこのアイスクリーム用の冷蔵庫の電気代が、フランチャイジーの経営を圧迫していたのである。そこで、アイスクリームを使った場合と似た食感をシェイクに与えるインスタミックスをアイスの代わりに使えば電気代を大幅に削減できる。しかも、オペレーションがシンプルになってサービスのスピードアップにもつながる。

 案の定、マクドナルド兄弟は「『マクドナルド』でマックシェイクのまがい物を出すことは絶対に認めない」と断固拒否するが、レイは販売に踏み切る。明らかな契約違反だが、この時すでにレイとマクドナルド兄弟の力関係は大きく変わろうとしていた……。

 レイとマクドナルド兄弟の出会いと別れのきっかけになったのが、メイン商品のハンバーガーではなく、マックシェイクというところが興味深い。ただし、マックシェイクにインスタミックスが使われたのは一時的で、すぐにアイスクリームを使った従来の製法に戻されたという。インスタミックスが、レイが兄弟と戦うための武器として使われたというのはうがった見方だろうか。

もう一人の「ファウンダー」

「藤田田の頭の中」(ジーン・中園著)

 日本で「マクドナルド」の歴史を語る上では、もう一人の「ファウンダー」がいる。日本マクドナルドの創業者である藤田田(1926~2004)。1971年、東京・銀座三越に第1号店を出店以来、日本にマクドナルドを定着させた他、「ユダヤの商法 世界経済を動かす」(1972)等の著書やさまざまな名言を残した伝説の経営者である。今後彼の生涯が映画化されることもあるかも知れない。その時は真っ先に取り上げたいと思う。

参考文献

「成功はゴミ箱の中に レイ・クロック自伝――世界一、億万長者を生んだ男 マクドナルド創業者」
(レイ・クロック/ロバート・アンダーソン共著、野崎稚恵 訳 野地秩嘉 監修・構成、プレジデント社)


【ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ】

公式サイト
http://thefounder.jp/
作品基本データ
原題:THE FOUNDER
製作国:アメリカ
製作年:2016年
公開年月日:2017年7月29日
上映時間:115分
製作会社:Speedee Distribution, LLC.
配給:KADOKAWA(提供:KADOKAWA=テレビ東京=BSジャパン=テレビ大阪)
カラー/サイズ:カラー/シネマスコープ
スタッフ
監督:ジョン・リー・ハンコック
脚本:ロバート・シーゲル
プロデューサー:アーロン・ライダー、ドン・ハンドフィールド、ジェレミー・レナー
撮影監督:ジョン・シュワルツマン
プロダクションデザイナー:マイケル・コレンブリス
衣装デザイナー:ダニエル・オーランディ
編集:ロバート・フレイゼン
キャスト
レイ・クロック:マイケル・キートン
マック・マクドナルド:ニック・オファーマン
ディック・マクドナルド:ジョン・キャロル・リンチ
エセル・クロック:ローラ・ダーン
ジョアン・スミス:リンダ・カーデリーニ
ロリー・スミス:パトリック・ウィルソン
ハリー・ソナボーン:B・J・ノヴァク

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。