市民の力って何だろう――ユーコープ事業連合の取り組み――

2009年は遺伝子組換え技術を用いた青いバラが、日本の商業栽培第1号となりましたが、日本で研究・開発されている遺伝子組換え作物が畑におろされる気配はありません。植物バイオの技術開発に多くの税金が投入され、使える技術があると聞こえてくるのに、成果が利用されない現状こそ「MOTTAINAI」と感じるこのごろです。生活協同組合連合会ユーコープ事業連合(神奈川県)が、リスクコミュニケーション委員会(前食品安全委員会リスクコミュニケーション専門調査会座長・関澤純委員長)を立ち上げるなど、合理的なリスクとの関わり方を模索し、試行錯誤しておられることを知り、同連合広報・CSR推進室の今井敬子氏にお話をうかがいましたので、ご報告します。

リスク委員会の立ち上げ

 ユーコープ事業連合(組合員数180万人)は、神奈川の4つと静岡と山梨の各1の合計6つの会員生協から成り、最大はコープかながわ(組合員数120万人)。ユーコープ事業連合全体として、合同リスクコミュニケーション委員会(明治大学教授・北野大委員長)を2008年に設置し、 「食と食料」をテーマとして設定し、以下のような議論を行いました(かっこ内は報告者および助言者)。

「食料自給率ってなーに」(徳島大学・関澤純氏、関東学院大学・織朱實氏、農林水産省関東農政局・蔵本好男氏、瀬戸健二氏)、「持続可能な生産と消費とは」(横浜国立大学大学院 嘉田良平氏、関澤氏、織朱氏)、「コープの食と食料政策に期待するもの」(日本生協連政策企画部部長・風間志信氏、関澤氏、織朱氏)。

 09年には、「食の安全と安心」をテーマに掲げ、「遺伝子組換え『植物科学』への期待」(横浜市立大学木原生物学研究所・駒嶺穆氏)、「食物残さ」(農林水産省総合食料局・前島仁氏、FOOD ACTION NIPPON沖倉保広氏、ユーコープ事業連合経営企画部・庭野陽子氏、日本科学飼料協会・米持千里氏)、「BSE」(東京大学大学院・吉川泰弘氏)。08年には述べ350人の参加があり、09年も毎回100人以上を超える参加となりました。

リスク分析に対する姿勢

 科学と技術が社会の中で生かされていくためには、専門家だけでなく、さまざまな関係者(ステークホルダー)が参加した議論が必要です。しかし、リスク分析の3つの要素であるリスク評価、リスク管理、リスクコミュニケーションのすべてのプロセスに多様なステクークホルダーすべてがかかわっていくべきなのでしょうか。一般市民が高い志を持ってどんなに勉強しても、専門家と同じように科学と技術について理解することはできませんし、専門家も自分の専門範囲を超えれば素人同然であって当然でしょう。リスク分析の3つの要素における議論にも、「餅は餅屋」の人材があると思います。

 ユーコープでのリスク分析の取り組みでは、リスク評価を原則として行わず、食品安全委員会や日本生協連などの専門知識を持つ部局の結論を利用します。それは、実際に食品添加物のリスク評価を試み、技術的な内容の理解など組合員皆で挑戦したものの、先端技術の専門家と同じように理解し、議論することが極めて難しかったという体験に基づいています。つまり、専門家以上の議論は展開できなくて当然だと納得したというのです。

 リスク管理については、個々のケースによってはユーコープで行い、食品添加物、衣料用洗剤、北米産牛肉などの事例が扱われました。

特徴であり強みでもあるリスコミ

 リスク評価とは専門家にある程度任せるけれど、リスクコミュニケーションには全力投球するのが、ユーコープの姿勢です。リスクコミュニケーションというと、食品安全委員会やSTAFF (農林水産先端技術産業振興センター)は、主に情報提供のための集会を行いますが、ユーコープでは勉強会やパンフレットだけでなく、店内POP、チラシ、宅配でのお買いものメモ(お買いものリスト。組合員はこれを見て次の注文をする)など、組合員との関わりすべてがリスクコミュニケーションだと捉えています。

 コープで働く職員・パート職員や委員などをしている組会員には「食品ガイド」というハンドブック(A5版で扱いやすい工夫がしてある)が配布され、コープの政策が分かりやすく説明されています。また、組合員の学習用には、この簡易版がテキストとして使われています。同時に部内報など、内部への情報提供も怠りません。生協もスーパーマーケットも同じになってしまったといわれるこのごろ、リスクコミュニケーションこそが重要で、生協の特徴であり強みだと認識されているのです。

 そして、何らかの集会をするときの人を集めるルートを持っていること、そのルートを維持するための手当が常に行われていること(ネットワークのメンテナンス)の重要性も認識されています。ナショナルプロジェクトの成果報告会が、研究成果の国民への周知として行われますが、会場がプロまたはセミプロでいっぱいというのはよく見かける状況です。「普通の人」は科学や技術に余り関心を持たないし、そういう情報提供の場があるという案内も届きにくいものです。

 地域に核となる人がいて、いざというときに末端の人ともつながれる仕組みが整っているというのは、リスクコミュニケーションを行う上で、この上ない体制です。中国産冷凍ギョーザ事故のときも、ダイレクトな情報を届けるのに、このような仕組みが役立ったといいます。また、科学や技術に関心の高くない「普通の人」とコープが、物品の購入の必要性やそれが届けられることの利点で常時つながっていることも、リスクコミュニケーションにかかわる者として見逃せないポイントだと思いました。

これからの活動

 以前、食の信頼向上をめざす会主催の会合で日和佐信子氏(雪印メグミルク社外取締役、前全国消費者団体連絡会事務局長)が、「生協は、自らの判断で安全性に問題のある食品添加物、農薬を排除することをセールスポイントにするという戦略をとってきた。これが成功だった証は、スーパーマーケットなども同じ手法をとったことからも明らか。しかし、そのことにこだわり過ぎてしまったかもしれない」と発言されたことが印象に残っています。

 今回、今井氏は「安全・安心が生協だけでなくほかのスーバーなどでも語られるようになった中で、安心・安全だけではない生協の良さや取り組みを知らせ広げていくこと」がこれからの課題であると言われました。情熱を持って生協の活動をされて来られたお2人ならではの言葉です。そして今井氏は「“リスクコミュニケーション”は大きな強みであり、生協生き残りへの道のひとつの候補かもしれない」と、これからについても語りました。

 今井氏にお目にかかり、極めて合理的な考え方をされていることを強く感じました。まず、リスク分析。多くのステークホルダーがかかわるのが良いとなると、どの段階にも研究者、行政、企業、市民の代表が加わるのが平等だと考えられています。専門家に任せるところは任せるということは、時間、費用などコストの面からも意味があるではないでしょうか。

 もう一つ、気付かされたことは、今まで理解促進活動に関する議論においては、情報の形、説明の仕方などあくまでも発信者側からの発想しかなかったことです。関心の低い人たちと日ごろからつながるネットワーク構築とそのメンテナンスがなければ、乗せる情報があっても、肝心なレールが十分に機能しません。生き残り戦略のひとつとして「リスクコミュニケーション」を捉えている生協の“本気”を見た思いがいたしました(本稿は、科学技術振興調整費によるヒアリング調査結果をもとに執筆しました)。

※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。

佐々義子
About 佐々義子 37 Articles
くらしとバイオプラザ21常務理事 さっさ・よしこ 1978年立教大学理学部物理学科卒業。1997年東京農工大学工学部物質生物工学科卒業、1998年同修士課程修了。2008年筑波大学大学院博士課程修了。博士(生物科学)。1997年からバイオインダストリー協会で「バイオテクノロジーの安全性」「市民とのコミュニケーション」の事業を担当。2002年NPO法人くらしとバイオプラザ21主席研究員、2011年同常務理事。科学技術ジャーナリスト会議理事。食の安全安心財団評議員。