農産物マーケティングで使われる言葉の意味を考える

馬鈴薯の収穫(記事とは直接関係ありません)
馬鈴薯の収穫(記事とは直接関係ありません)

農産物の表示・広告宣伝について、第22回では、安全、おいしさ、栄養に関するものについては考察した。それらとはまた違う種類の表示・広告宣伝について、筆者が疑問を感じているものについて説明する。

それは敢えて言うべきことなのか

「よいトマトは水に沈む」「よい野菜は腐らない」「微生物を使用するとよいものが出来る」――農産物の広告等でこうした表現を目にすることがあるだろう。農産物についての表現で「?」と感じるものは他にも多々あるが、この3つはメディアやネットでもしばしば見かけるので、これらについて考えたい。

 このそれぞれは、全くの間違いではない。この連載のテーマでもあるが、「よい農産物とはどんな農産物か」を厳密に追求して何らかの結論に至らなければ、どの表現が正しく、どの表現が間違いとは言えない。

 しかし、これまで書いてきたように、作物が健康に育ち、少なくとも窒素と糖度のバランスが大きく崩れていない場合には、どのような栽培方法を採っても、よい農産物は生産し得る。にもかかわらず、上記3つの表現が特定の栽培方法と結び付けられる場合には、それは誤りだと言わざるを得ないだろう。

「よいトマトは水に沈む」

 基本的に、良好に育ったトマトは水に沈む。実が詰まっていて、糖度が高いトマトは水に沈み、そうでないトマトは沈まない。トマトでなくとも、水より比重の大きいものは、水にすべて沈む。

 水に沈むトマトとは、特定の栽培方法で栽培したからそうなるのではなくて、どのような栽培方法でも、条件次第では沈むトマトも出来れば、沈まないトマトも出来る。だから、「よいトマトは水に沈む」というのは、本来はことさら宣伝に使えるような話ではない。

 水に沈むトマトは珍しいものではない。しかし、水に沈まないトマトももちろんある。そのことから逆に考えれば、「ウチのトマトはどれを取っても水に沈む」ということがもしあるのであれば、それは宣伝に使える話ということになるだろう。

「よい野菜は腐らない」

 これも事実だ。野菜を冷蔵庫に入れずに、台所の片隅にでも転がしておけばわかる。確かに腐ってしまうものと、水分を失ってしなびるものとが出てくる。これは品質差と考えて差し支えない。

 野菜を保存していて時間が経つと腐らずにしなびるというのは、本来の姿と言っていいだろう。たとえば、イモ類などはもともと保存が効くタイプの農産物だが、これが腐るというのは明らかに品質に問題がある。

 保存が効くはずの農産物がなぜ腐ってしまうのかと言うと、未熟な状態だからだ。馬鈴薯などは、冬季には土壌中でじっとしていて、次の年の春に芽を出さなればならない生き物である。これが人間にとっては「保存が効く」ということになる。ところが、馬鈴薯の内部の品質がまだ保存できる状態になっていなければ、翌年の春を迎える前に腐ってしまう。あるいは、腐らないにしても、芽を出しやすくなる。腐ってしまう前に、生き残ろうとするわけだ。タマネギなどもそうした特徴を持っている。

 ただ、生育過程が健康でなかったかどうかは、個々によく調べなければ断定はできない。順調に育っていた作物でも、早く収穫してしまえば未熟である。このように収穫時期による違いも大きい。

 また、収穫期に近い段階で作物の中に窒素が多いと保存が効かなくなる傾向はある。逆に、収穫段階でうまく窒素が抜けていれば保存性が増し、野菜が腐らずにしなびるという状態になりやすい。

 いずれにせよ、「よい野菜は腐らない」というのも、作物の栄養生理的には当たり前のことで、特筆すべき問題ではない。まして、特定の栽培方法と結び付けて語るべき話ではない。

 ここでも、問題は栽培方法がいずれであったかではなく、問題は窒素が余計に含まれていないかどうかなど、出来上がった作物の品質自体の問題ということになるわけだ。レシピがどうであったかの問題ではなく、実際にうまく出来たかどうかの問題である。

 ところで日本のコールドチェーンは非常に発達している。そのため、農産物の品質を保って流通するにはコールドチェーンが不可欠と考えている人が多いのだが、実は、もともとの野菜が良好に生育していれば、大がかりな設備や莫大なエネルギーなどのコストをかけずとも、もっと簡単に保存することは十分可能だ。むしろ、コールドチェーンが未熟な農産物の流通を可能にしているという側面はあるかもしれない。

 これについても、回を改めて説明したい。

「微生物を使用するとよいものが出来る」

 土壌には微生物の活動が必要で、よい農産物を作るには微生物の活動が必須という話だが、これも間違いではない。土壌中には、非常に多くの微生物が存在し、微生物がいなければ、土壌を維持できない。

 栽培の現場でも、数多くの微生物の資材があって活用されている。しかし、そうした微生物資材を投入すればすなわちよいものが出来るかというと、それは違う。全く効果がないというわけではないが、微生物資材を使用したとしても必ずしも土壌が改善するわけではない。むしろ、ほとんどの場合、うまくいかないと言っていいだろう。

 土壌1gの中には数億という数の微生物がいる。そして、それだけの数の多様な微生物同士が生存競争を繰り広げている。そこに人間が別な微生物を導入した場合、そこが導入した微生物に適した条件であれば、その微生物は活動することが可能になるが、適していなければ、すぐに淘汰されてしまう。単に「入れた」ということだけで、そう簡単にコントロールできるものではない。

 もし仮にどのような条件でも繁殖するような微生物がいるとすれば、それはあっと言う間に地球全体を覆い尽くしてしまうだろう。

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About 岡本信一 41 Articles
農業コンサルタント おかもと・しんいち 1961年生まれ。日本大学文理学部心理学科卒業後、埼玉県、北海道の農家にて研修。派米農業研修生として2年間アメリカにて農業研修。種苗メーカー勤務後、1995年農業コンサルタントとして独立。1998年有限会社アグセスを設立し、代表取締役に就任。農業法人、農業関連メーカー、農産物流通業、商社などのコンサルティングを国内外で行っている。「農業経営者」(農業技術通信社)で「科学する農業」を連載中。ブログ:【あなたも農業コンサルタントになれるわけではない】