土と日本人

田植え前の水田
田植え前の水田。泥の海の状態
田植え前の水田
田植え前の水田。泥の海の状態

ひとくちに「土」と言っても、そのありさまは土地によって多様であり、メカニズムも複雑です。そのため「土」はつかみどころのないものと思われがちです。しかし、実際の土壌に触れて、その特性と能力を見極め、適切な利用や対処法を決めるための知識と方法があります。印象や感覚ではなく、科学的なアプローチで、「土の力」「土作り」を考えましょう。

日本人にとって土は泥

 農業に携わる人は、よく「土作りが大切だ」とか「土壌の状態が」という話をします。しかし、私たち日本人にとって、「土」とか「土壌」とかいう言い方は、実はよそ行きの言葉だと思うのです。

 幼い頃、地表のあの物質とふれ合って遊んだときの表現は「泥」ではありませんでしたか。そう言えば、多くの方が同意してくださるでしょう。

 なぜ「土」がよそ行きで、「泥」のほうがイメージしやすい言葉なのか。これには、日本の気候がかかわっています。つまり、頻繁に降る雨のせいだと言えるでしょう。

 雨は土を泥に変えてしまいます。その泥は、私たちにとってはまず汚いものの代名詞であり、嫌われ者と言って差し支えないでしょう。

「農村の風景」といった場合には、どんな風景を思い浮かべますか。日本では田んぼの風景を挙げる人が多いでしょう。それも、夏の青々とした水田や、秋風になびく稲穂の爽やかな景色を思い浮かべる人が多いでしょう。

 しかし、実際に農業に携わっている人なら、春の水田を思い浮かべる人が多いかもしれません。春先の田起こし、代かき、田植えとなると、これはまさに泥だらけになっての作業です。あの泥の中での仕事のことを考えると、やや複雑な気持ちになるものです。

 また、言葉の中での泥はどうでしょう。「泥臭い」「泥仕合い」「泥を被る」「泥を塗る」などなど、どうもいい言葉がありません。

欧米人にとっての土は、すべてを受け容れる神秘

日本では急峻な山からの水が一気に平地へ向かう
日本では急峻な山からの水が一気に平地へ向かう

 さて、欧米人と話していると、彼らの「土」に対するイメージは、日本での土=泥の印象とは異なるもののようです。

 サッカーなどのスポーツを見ていると、欧米の選手が自分たちの勝利に感謝して大地に口づけをするシーンをしばしば目にします。しかし、日本人にはもともとそのようにする習慣はありません。

 また、古いヨーロッパの民話に「王様の耳はロバの耳」というのがありました。これは、王様の秘密を守り切れなくなった人が、穴を掘って、土の中に自分の我慢仕切れない気持ちをぶつけるという話です。こういう発想や行動も、日本人にはないものです。

 欧米人にとって、土は母なる大地そのものです。そして、土は人々の喜怒哀楽を常に分け隔て無く受け容れて、呑み込んでくれるものという感覚があるようです。「泥臭い」「泥を塗る」の泥と、母なる大地である土とでは、ずいぶんと印象が違うものですが、これもやはり降水量の違いによるものでしょうか。

 日本では、年間降水量が2,000mmを超える地点は少なくありません。これは、実に熱帯雨林気候に匹敵する量です。ところが、熱帯雨林気候の地域に行っても、日本でのように土=泥の印象で語られることは少ないようです

日本の土はいつも湿っていて軟らかい

 では、日本人はなぜ土=泥としてとらえているのでしょうか。それは、日本人の生活の場を地理的に見た場合、低地という区分に属する地域に集中しているためではないかと思います。

 日本の国土を飛行機の窓から眺めると、実に山ばかりであることがわかります。そして、狭い、申し訳程度の平地に、人々はへばりついて暮らしているという印象を持ちます。

 この平地というのは、山から流れ出てきた細かな粘土分を多く含みます。それが雨を受けて水を含むと、ドロドロ、ベタベタになるわけです。

 また、多くの地点で年間降水量が2,000mm前後あると言っても、日本でははっきりとした乾期と雨期があるわけではありません。雨は夏季にある程度偏って降っていますが、全く降雨がない期間が3カ月も4カ月も続くなどということはありません。そのため、強い乾燥によって、土がカチカチになってしまうことはあまりありません。

 つまり、日本の土は年間を通して適当に湿っていて、とにかく軟らかいものとして存在するわけです。

日本の清く美しい水は泥と好対照をなす

水が豊富な日本では泥と水が好対照を見せる
水が豊富な日本では泥と水が好対照を見せる

 また、もう一つ日本人と欧米人の感覚の異なるものに、水があります。

 中学校の地理で習ったとおり、日本の自然界の水は急な山から一気に流れ落ちてきます。そのため、ゆっくりと流れる大陸の河川の水と違って、日本の河川の水は、さまざまな物質を溶かし込んでいる暇があまりありません。台風など一時の豪雨による急流となれば、なおのことです。

 ですから、日本では唱歌「春の小川」で「さらさら行くよ」と言うように、自然界の水は清い水となります。これに対して、中国や欧州などの大陸の河川は流域のさまざまな物質を取り込んで濁っている場合が多いものです。

 また、日本のほとんどの水は軟水で、料理にも洗濯にも使いやすいものです。しかし大陸を旅行すると、現地の水が硬水であり、水の扱いに戸惑うものです。これは、その土地の水が地下や地表を時間をかけて移動し、その間にカルシウムイオンやマグネシウムイオンをたっぷり含むためです。

 そのようなわけで、日本人は水と土にコントラストを感じるのです。つまり、水はたいへん清く、クリスタルな印象のあるもの。一方、よそ行きで言う土は実際の感覚では泥であり、クリスタルの対極にあるものと見るわけです。

先入観を捨てて科学で見る土

 私たちは普段、この国民性というか、このような風土の中で育まれた感覚、ある種の先入観をもって土を見ています。その感覚の中の土に、これから科学の光を当てて、土とは実際にはどのようなものかを、一緒に考えていきましょう。

 この泥ならぬ土を知る手段として、土壌学とか、肥料学、植物栄養学なる学問が積み上げられています。しかし、これらに関しては別々のいろいろな学会が組織され、別々の分野として、別々の流儀で研究や発表が行われています。

 この連載では、土壌を「食べ物の出発点である場所」と焦点を定め、土壌に関する知識を「食材の特性を知るための道具」という考え方のもとにとらえます。そのために、学者さんたちの常識も少し壊しながら、みなさんをご案内していくことにします。

 全体の流れとしては、次のように進めます。

「土を知る、土を使う」連載予定

 1. 土ってなんだろう
 2.栽培の現場を体系別に考える
 3.作物を育てる栄養学
 4.土には種類がある――土壌型
 5.土壌型別の作物の特徴
 6.日本列島のどこにどんな土があるのか
 7.世界の土の事情
 8.求める食材と土を組み合わせる技

関祐二
About 関祐二 101 Articles
農業コンサルタント せき・ゆうじ 1953年静岡県生まれ。東京農業大学在学中に実践的な土壌学に触れる。75年に就農し、営農と他の農家との交流を続ける中、実際の農業現場に土壌・肥料の知識が不足していることを痛感。民間発で実践的な農業技術を伝えるため、84年から農業コンサルタントを始める。現在、国内と海外の農家、食品メーカー、資材メーカー等に技術指導を行い、世界中の土壌と栽培の現場に精通している。