最高に幸せな食べ物

もう15年近く前、米国西海岸の新聞のコラムに、こんな話が載った。米国の理想の父親の三つの条件――

一、キャッチボールがうまいこと。
一、バーベキューを焼くのがうまいこと。
一、ハンバーガーをうまそうに食べられること。

 2/3は食べ物にかかわることかと、その時は流していた。

「LOG KIT」(佐世保)のスペシャルバーガー。
「LOG KIT」(佐世保)のスペシャルバーガー。

 その6~7年後、東京・五反田のハンバーガーショップ「7025フランクリンアベニュー」オーナー松本幸三氏(東京・広尾の「ホームワークス」のコンセプトメイクの功労者)から、米国人にとってのハンバーガーという食べ物の意味を教わった。氏がアメリカに住んでいた頃に見て、聞いて、食べて知ったハンバーガーの魅力。

 休日の朝、「今日はバーベキューをやろう」ということになる。子供は小躍りして、近所の友達に声をかけたり、電話で「バーベキューだよ」と呼んだりする。

 材料を買いに行く。自分がいちばん気に入っている店で、いちばんうまそうなパティを買ってくる。

 父ちゃんが火をおこす。銘々が、自分の好きな焼き加減にパティを焼く。

 自分の好きなパンに、自分の好きな野菜と、自分がベストと思う具合に焼けたパティを挟んで、好きなように塩やコショウやマスタードやケチャップをかける。

 出来上がったハンバーガーを自慢し合う。

 ほおばる。家族と、友達とおしゃべりしながら、うまい、うまいと食べる。

 太陽の下。外で。火があって。家族がいて。友達がいて。自分がいて。おいしいもの(肉だ!)があって。そして、自分のやり方がある。

 こんな幸せな風景はない。

 日本人が「ハンバーガー」と聞いて真っ先に思い浮かべるのは、黄色いMの看板と、「ごいっしょにポテトはいかがですか」という決まり文句だけれど、米国人は違う。

 英会話スクールに通っていたとき、その日の講師が米国人とわかると、決まってハンバーガーの話を振ってみた。これが面白い。「ハンバーガー」と言った途端、皆、思わず顔をほころばせる。あるいは目を見開いて、口角を上げる――「ハンバーガーの話? しよう、しよう!」と。

 大好きなんだね。

 僕らはそういう食べ物を持っているだろうか。

 鍋もの? 太陽がない。その代わり、“自分のやり方”を抑制する“鍋奉行”がいる。

 餅つき大会。芋煮会。北海道なら、休日に屋外で食べるジンギスカン。そういうものが近いか。これに“自分のやり方”がうまく入り込めれば、ぐっと楽しさも増しそうだ。

 キャンプで。小学生の子供たちが、先端にマシュマロを刺した棒をそれぞれに握り締めて火にかざしているときの目――自分の子も、よその子も、とても愛しく思えるもの。

※このコラムは個人ブログで公開していたものです。

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About 齋藤訓之 398 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所特任研究員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。日本フードサービス学会、日本マーケティング学会会員。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →