酒の醸造と酒造好適米の秘密

368 「種まく旅人~醪のささやき~」から

日本各地の農林水産業の現状を描いてきた「種まく旅人」シリーズの4年ぶりとなる5作目「種まく旅人〜醪のささやき〜」が公開された。シリーズ2作目「種まく旅人〜くにうみの郷〜」(2015、本連載第104回参照)の舞台にもなった淡路島を再訪。タマネギと海苔の養殖が題材だった2作目に対し、今回は日本酒の酒蔵と酒造好適米(酒米)にスポットを当てている。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

詳細に描かれる酒造りの工程

タンクの中で発酵中の醪。酒母に麹と水と蒸米を仕込んだ、日本酒になる前の状態である。
タンクの中で発酵中の醪。酒母に麹と水と蒸米を仕込んだ、日本酒になる前の状態である。

 2作目の主人公である神野恵子に代わり、今回農水省の地域調査官(架空の役職)として淡路島を訪れるのは、恵子の後任で日本酒オタクの神崎理恵(菊川怜)。シリーズ全作に登場する農水省キャリア官僚、太田忠志(永島敏行)の「酒蔵の現場を探ってこい」との命を受け、理恵が愛してやまない「月の舟」を造っている千年一酒造を訪問。理恵は四代目蔵元の松元恒雄(升毅)と息子の孝之(金子隼也)に、上っ面の視察だけでなく住み込みで酒造りを手伝わせてほしいと頼み込む。最初は蔵人たちに厄介者扱いされながらも、持ち前のコミュニケーション能力と日本酒オタクの知識を生かして、資金難や後継者問題など、酒蔵が抱えている課題に向き合っていくというストーリーである。

 ここで特筆すべきは、精米→洗米・浸漬→蒸米→製麹→もろみ造りといった酒造りの工程が、精密に再現されていること。筆者はこれまで数多くの酒造りに関する劇映画やドキュメンタリーを観てきたが、ここまで解像度の高いものは観たことがなく驚かされた。酒造りを知らない者が観ても、これだけ細かいディテールを見せられるとリアリティを感じるものだ。このリアリティは、本作の舞台となった実在の酒蔵「千年一酒造」の協力があっての賜物だろう(もちろん、劇中の登場人物や「月の舟」はフィクションである)。

酒米の王者とそれを支えるもの

 千年一酒造の「月の舟」は兵庫県産の酒米「山田錦」からできているという設定。山田錦は1936年に兵庫県で生まれ、以下のような特徴がある

  • 大粒で砕けにくいため、雑味になりやすい米の外側を削って磨くのに適している。精米歩合を高め、雑味のないきれいな酒に仕上げることができる。
  • 心白(酒米の中心部にある白く不透明なデンプン質)が大きくてしっかりとしており、麹造りなどに適している。

 なかでも兵庫県産の山田錦は、全国の酒蔵や杜氏から「酒米の王者」として認められている。兵庫県の酒米生産量は、全国生産量の約30%を占め、全国の山田錦の約60%は兵庫県で生産されている(2022年度農林水産省調べ)。

 劇中では、蔵人の一人、藤原夏美(清水くるみ)が山田錦の生産に関わっている様子が描かれる。夏美にほれている種苗会社「ミヤコ種苗」の営業マン、岡村武(朝井大智)が、山田錦の田んぼの畦にバンカークロップ(※1)として植えているムカデ芝の効能を語るシーンも。寒さに強く根が深いムカデ芝を植えることによって、雑草やカメムシの繁殖を抑制し、草刈り作業を軽減できるのがセールスポイントだ。

 この武が日頃行っているある行動が、後に他社によるM&Aの危機に見舞われる千年一酒造の苦境を救うことになるのだが、詳しくは本編をご覧いただきたい。

 本作には大手種苗会社「タキイ種苗」が協力している。ここに登場するムカデ芝のモデルは、同社のセンチピードグラス「ティフ・ブレア」である。

※1 バンカークロップ:特定の植物が持つ化学的作用=アレロパシー等により、障害を抑制するために用いる補助的作物。

経験と勘重視の父とDX推進の息子

 2020年から2023年にかけて世界を襲ったコロナ禍の影響も本作では描かれている。

 蔵元の恒雄は、杜氏の草野(たかお鷹)の経験と勘を信頼した伝統的なやり方を重んじているが、息子の孝之は、醪のアルコール度数や水分量を入力すると、糖化や発酵の進み具合がグラフで自動的に計算されるデジタルツール「もろみエール」の活用や、SNSを使った販売戦略などを主張し、父子は対立する。

 理恵が孝之の態度の本当の理由に気付いたのは、居酒屋で孝之が好物の「タコとタマネギのピリ辛炒め」に手を付けなかったことがきっかけだったのだが、その真相は本編をご覧いただきたい。

撮影うらばなし

 監督の篠原哲雄は、2作目に続くシリーズ2回目の監督を同じ淡路島を舞台に務めた。日本酒を仕込むのは冬の時期なので、ロケ先の千年一酒造に迷惑をかけないように撮影は9月に行われた。通常は行わない時期に米を洗い、蒸し、麹をまいて醸造する過程を撮影するうえで、千年一酒造の指導・協力は欠かせなかったという。麹室こうじむろでの撮影では、麹は38℃ぐらいの温度でないと育たないと聞き、本物らしく見せるために高温下でスタッフとキャストが汗だくになりながら撮影したとも。こうしたこだわりが、先に述べたリアリティにつながっていると感じた。


種まく旅人~くにうみの郷~
Amazonサイトへ→
本連載第104回
https://www.foodwatch.jp/screenfoods0104
千年一酒造
https://sennenichi.co.jp/
山田錦
https://yamada-nishiki.jp/
タキイ種苗
https://www.takii.co.jp/info/news_251008.html
センチピードグラス「ティフ・ブレア」
https://www.takii.co.jp/green/leaflet/tifblair.html
もろみエール
https://www.nta.go.jp/about/organization/nagoya/sake/06240702/index.htm

【種まく旅人~醪のささやき~】

公式サイト
https://tanemaku-tabibito-moromi.com/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2025年
公開年月日:2025年10月10日
上映時間:107分
製作会社:北川オフィス(制作プロダクション:エネット)
配給:アークエンタテインメント
カラー/サイズ:カラー/ビスタアメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:篠原哲雄
脚本:森脇京子
エグゼクティブプロデューサー:北川淳一、藤本俊介
プロデューサー:秋枝正幸
撮影監督:阪本善尚
撮影:小林元
照明:奥田祥平
録音:加藤大和
美術:橋本泰至
装飾:貴志樹
音楽プロデューサー:岡本誠治
編集:青野直子
キャスティング:杉野剛
製作担当:緒方裕士
助監督:市原大地
記録:田中小鈴
タイトル協力:青葉薫
キャスト
神崎理恵:菊川怜
松元孝之:金子隼也
藤原夏美:清水くるみ
草野:たかお鷹
恒雄の母:白石加代子
松元恒雄:升毅
岡村武:朝井大智
尾形部長:山口いづみ
太田忠志:永島敏行

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。