V 蜂印と赤玉~ボタニカルを巡って(2)

洋酒文化の歴史的考察
洋酒文化の歴史的考察

ノイリープラットのドライ・ベルモットに使われているボタニカルの一つ、セントーリーとは果たしてどのような香りであったか。ところで、リキュールに使われるボタニカルを調べているときに気付いたことがある。戦前に覇を競った「蜂印香竄葡萄酒」と「赤玉ポートワイン」についてだ。

セントーリーの香り

 香りを確かめるため“だけ”に大枚を払ったのだから、ここは何が何でも香りを確かめねばならない。なにせ、セントーリーの香りの手掛かりはこの小瓶しかないのだ。祈るような気持ちで瓶を開けて、キャップに仕込まれたスポイトでおそるおそる水に数滴たらしてみる。

「……?」

 香りが感じられない。あわてて手の甲に数滴垂らして鼻を近づけてみるのだが、それでも香りのヒントが出てこない。香りの“存在”らしきものは感じられるのだが、その先はとくに嗅覚が鋭敏というわけでもない筆者では、いくら頭を捻っても説明できない。どうすれば香りを凝縮できるだろう?

 まさかこんなところでドリンクス・メディア・ジャパン社長でウィスク・イー社長の角田紀子さん(第19回参照)からいただいたスニフター・グラスを使うとは思ってもみなかった。もうここまでくるとスポイトではまだるっこしい。エイッとばかりに瓶の1/3ほどグラスに注ぎ込んでみる。それでも香りは出てこない。仕方がないので鍋に人肌より少し熱い位の湯を張って、筆者がいつも日本酒の燗を付けるときのようにスニフターごと温めてみた。

 実はこの茶色の小瓶とは、昨今話題になるホメオパシーで使われるレメディというものである。Webでこのメーカーの製品について調べてみると、この瓶の中身は本来は無味無臭のはずなのだが、筆者の嗅覚はウッディーなアクセントと真新しいスケッチブックの香りを感じた。これがセントーリー由来のものなのか、その他の製造工程に起因するものなのかは確かめるすべがない。

蜂印に挑んだ赤玉

 手痛い出費だったが、実はこのレメディを購入する前、見慣れぬ植物名を追う作業の手を止めて一息ついたときに思い出したことがある。

 日本における洋酒の歴史と言うと、一にビール(麒麟、大日本)で二にウイスキー(壽屋、ニッカ)、三・四がなくて五にワイン(赤玉、蜂印)ということは戦前の酒事情に興味を持っている方ならご存知のことだろう。

 ワインそのものが日本に入ってきた歴史は1551(天保9)年まで遡ることができる。フランシスコ・ザビエルが山口県の大名大内義隆に献上した土産物の目録に、からくり時計や眼鏡と共に「ポルトガルの葡萄酒」が入っていたというのがそれで、ポルトガル王ジョアン2世宛の書献をもとに従来の関連文献では「ザビエルがポート(ポルトガルの)ワイン」を伝えた……となっている。ただし、現在流通しているポートワインの特徴である酒精(ブランデー)強化がポルトガルで始まったのは、ザビエルが日本に来てから100年以上後で、この製法が確立したのはさらに200年を経た1850年代のことになるから、豊臣秀吉がイエズス会副管区長ガスパル・コエリョと飲んだとルイズ・フロイスが伝えている「ポルトガル産の葡萄酒」は、今でいうポートワインではなかったことになる。

 話を明治時代に戻そう。この時代のワイン事情についてはサントリーや神谷酒造の社史に詳しいが、そのあらましはこうだ。

 明治18(1885)年に製造を開始した蜂印は翌年「蜂印香竄葡萄酒」と名を変え、当時洋酒販売の大手だった近藤利兵衛商店と親しかったこともあって、戦前の新聞に盛んに広告を出していた「人参規那鉄葡萄酒」と並んで日本のワイン市場を席巻するに至っていた。

 ここに明治40(1907)年赤玉ポートワインを引っさげて販売攻勢をかけたのが鳥井商店で、サントリーの創業者鳥井信治郎が当時洋酒を扱っていた薬種商に日参して地歩を築いていく。

 戦前の洋酒史を調べていれば最初に出てくる話であり、筆者もとくになんの疑問もなく流していた。ところが、今回ベルモットの原料となるボタニカルを調べていて、あることにハッと気付いたのである。

三つ巴の異種格闘技戦

 蜂印は当初から薬草を使った効能を盛んに謳っていた。当時、洋酒は国産と言えども高価だったこともあって、ことワインに関して言えば嗜好品と言うよりも強壮剤としての側面が強かったという事情もあるのだが、鳥井商店の赤玉ポートワインは薬草を使っていない。

 つまり、明治中期~戦前のワイン市場で、筆者がてっきり同じ土俵で競っていたと思い込んでいた赤玉ポートワイン vs 蜂印香竄葡萄酒の販売競争は、単純に“ワイン対ワイン”の争いだったわけではなかった。本来のポートワインの製法とは異なるもののワインにブランデーを添加して作られたポートワイン系の「赤玉ポートワイン」と、赤と白の違いはあるもののワインに薬草を浸して作られたベルモット系の「蜂印香竄葡萄酒」という、全くジャンルの異なるものの戦いだったことになる。

※ホメオパシー:ヨーロッパ発祥の民間療法の一種。目的ごとに用意されたレメディと呼ばれるハーブ類等の成分を、ある量の水の中に分子1個も含まれないほどに希釈したものを摂取することで治療効果があると称する。科学的な検証で効果が認められた報告はなく、理論としても通常の自然科学で説明できるものとはなっていない。ホメオパシーの指導を受ける中で通常の医療での治療の遅れを来したなどの不都合や、医療行為との誤解を招いているなどの指摘、批判がある。(編集部)

石倉一雄
About 石倉一雄 128 Articles
Absinthe 研究/洋酒ライター いしくら・かずお 1961年北海道生まれ。周囲の誰も興味を持たないものを丹念に調べる楽しさに魅入られ、学生時代はロシアの文物にのめり込む。その後、幻に包まれた戦前の洋酒文化の調査に没頭し、大正、明治、さらに江戸時代と史料をあたり、行動は図書館にバーにと神出鬼没。これまでにダイナースクラブ会員誌「Signature」、「男の隠れ家」(朝日新聞出版)に誰も知らない洋酒の話を連載。研究は幻の酒アブサン(Absinthe)にも及び、「日経MJ」に寄稿したほか、J-WAVE、FM静岡にも出演。こよなく愛する酒は「Moskovskaya」。