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「種まく旅人 くにうみの郷」のタマネギと海苔

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今回紹介する「種まく旅人 くにうみの郷」(2015)は、瀬戸内海最大の島、淡路島が舞台である。この地域にはイザナギとイザナミが最初に作った島という伝承が残っていて「くにうみの郷」と呼ばれている。本作は、この伝承などの神話を下敷きに、現代に生きる人々と土地との関わりを描いた作品である。ちなみに主人公の名前は、「かみのめぐみこ」とも読める神野恵子(じんの・けいこ)である。

海彦と山彦
淡路島の海苔の養殖の様子

淡路島の海苔の養殖の様子

 映画は、アメリカ帰りの農林水産省キャリア官僚・恵子(栗山千明)が、次官の太田(永島敏行)から、日本の第一次産業の現状をもっと知るように命じられ、地域調査官として淡路島に赴任するところから始まる。彼女は早速、出向先の市役所農林水産部のベテラン職員・津守(豊原功補)の案内で、漁業組合長の桜井(重松収)が営む海苔(のり)の養殖場を訪れる。

 淡路島を含む兵庫県は全国3位の海苔の生産地(※1)で、本作では今まで映画であまり描かれることのなかった海苔の生産工程を、カキ殻を使った胞子の培養から、胞子を網に付ける採苗、育成、摘採、製造まで詳細に描いていて興味深い。しかし、近年この地域では水質の変化によるリンや窒素などの栄養塩不足が原因と見られる色落ちや生産高の低下が問題となっている。

 現場を知らない恵子は、思わず「水質の変化なんて信じられない。海はこんなにきれいなのに……」とつぶやくが、それで養殖場の従業員・豊島渉(三浦貴大)の反感を買ってしまう。陸上の農業と違って土づくりなどができない海苔養殖にとって、きれいな海はやせた海であり、実は海が荒れていた方が栄養塩を吸収しやすくなってよいものが獲れるのだという桜井の説明は、恵子にとっては目から鱗が落ちる思いのするものだった。

 その夜、地元の農水産物を使った創作料理を出すハル(音月桂)のレストランで、恵子はやはり島の名物であるタマネギの生産者、豊島岳志(桐谷健太)と知り合う。岳志は代々続く家業である農業を嫌って一度は東京の広告会社に就職したものの、父親の急死を機に島へ戻り、今では若手農家の仲間たちと組んで、糖度の高いタマネギなど、新品種のブランド野菜を作って東京の食品会社と直接取引し、ゆくゆくは法人化を目指していた。

 岳志の畑を訪れた恵子は、海苔の養殖場で会った渉が彼の弟で、兄弟の間には確執があることを知る。岳志は、自分が東京に行っている間に家業を捨てて海苔の養殖に転身した弟を父の葬儀の場でなじり、以来二人は口も利かなくなっていた。タマネギと海苔という島の山と海を代表する特産物を担う兄弟が対立する構図は、神話の海彦と山彦の物語にも似て、恵子はこの二人の和解に象徴される海と山の共存が、地域活性化の鍵になるのではないかと直感するのだった。

かいぼりで循環
恵子(左)は岳志(右)の畑を訪れる

恵子(左)は岳志(右)の畑を訪れる

 そんなある日、恵子は島の伝統作業「かいぼり」の存在を知る。かいぼり(掻い掘り)とは、灌漑用のため池の水を抜き、堆積した草木や土砂を取り除く作業のことである。

 兵庫県はため池の数が日本一多く(約38,000カ所)、その半数以上(約23,000カ所)が淡路島にある(※2)。ため池は放置すると山から土砂などがたまって貯水量が低下するだけでなく、台風や大雨の際に決壊する恐れも出てくるため、農家は定期的にかいぼりを行い、ため池を維持管理してきた。

 このかいぼりの際に海に流される腐葉土を含む豊富な栄養分は、海苔の養殖などに好影響をもたらし、やがて微量要素を含む海のミネラルが潮風に乗って畑に運ばれ土の養分となるという循環で、畑と海の両方にメリットがあると言われている。しかし、農家の高齢化などにより、淡路島のかいぼりは15年前から途絶えていた。

 恵子はやせてきた海を元に戻すために、今こそかいぼりを復活させるべきだと主張するが、実現のためには農家と漁師の協力が不可欠であった。彼女は最後のかいぼりに携わった津守に協力を仰ぎ、まずは渉の説得にかかる。豊かな海の再生は彼の願いでもあったが、絶縁状態の兄と向き合うのには抵抗があった。しかし桜井の娘で恋人の麻衣(谷村美月)の後押しもあって兄に頭を下げ、かいぼりを手伝ってくれるよう頼むが、岳志は彼を許してはいなかった。

 そんな中、岳志たちが契約していた食品会社が倒産。売り先を失って多額の損失を出し、法人化の計画も暗礁に乗り上げた岳志は廃業を決意し、再び島を出ていこうとする。果たして、かいぼりの復活は実現するのか。また、兄弟は仲違いしたまま離ればなれになってしまうのか……。

おにぎりから日本が見える

 以上が映画の大まかなストーリーであるが、話題を食べ物に移すと、岳志のタマネギや渉の海苔を使ったハルの創作料理も見どころだが、恵子の好物であるごくあたりまえの梅干しのおにぎりが印象に残った。彼女は、海の幸である海苔と山の幸である梅干し、田んぼで獲れたコメが一緒になったおにぎりには、日本の自然の恵みが全て入っていると言う。そしてそれは、実り豊かな海と土に恵まれた淡路島にも当てはまると思えるのである。

 また、今は対立している兄弟の絆を示す小道具として登場するのが、二人の亡き父親が遺したタマネギの原種である。それは、二人が子供の頃に父親に農作業を教わった記憶につながっていて、岳志が一度は諦めかけた農業への思いを取り戻し、兄弟が和解できるかの鍵となる重要な役を担っている。

 もう一つ印象的だったのが、岳志がハルとその子供と共に農機具店のショールームでトラクタに対面する場面。ここで登場するのが、かつてフェラーリを手がけた工業デザイナーの奥山清行氏によるコンセプトトラクタ「ヤンマーYT01」である。そのダイナミックなフォルムは、実用を越えた農業への夢をかきたてるもので、「乗りたかったなぁ」というつぶやきと共に、岳志の農業への未練を表している。

こぼれ話

 この映画の監督を務めた篠原哲雄は、「月とキャベツ」(1996)で長編デビュー後、「洗濯機は俺にまかせろ」(1998)、「はつ恋」(2000)、「天国の本屋 恋火」(2003)、「深呼吸の必要」(2003)、「地下鉄(メトロ)に乗って」(2006)、「山桜」(2007)、「真夏のオリオン」(2008)、「小川の辺」(2010)等の作品で知られ、現代劇・時代劇問わず繊細な人物描写には定評がある。今回も農水産業の再生という大きなテーマの中で、家族をはじめ、恋人、友人、同僚等のミニマムな人間関係を丹念に描いている。

 また、本作は農水省の役人が地域産業の再生に取り組んでいく「種まく旅人」シリーズの2作目である。1作目の「種まく旅人 みのりの茶」(塩屋俊監督、2000)は、大分県臼杵市の緑茶栽培を題材としているので、興味のある方はご覧いただきたい。

参考文献
※1
農林水産省 養殖魚種別収獲量(のり類)(平成25年概数値)
http://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/kaimen_gyosei/gaisuu/
※2
兵庫県 ひょうごのため池
https://web.pref.hyogo.lg.jp/af08/af08_000000016.html
淡路島のため池保全活動
https://web.pref.hyogo.lg.jp/awk10/awajitameike.html

【種まく旅人 くにうみの郷】
◆公式サイト
http://tanemaku.jp/
◆作品基本データ
製作国:日本
製作年:2015年
公開年月日:2015年5月30日
上映時間:111分
製作会社:「種まく旅人 くにうみの郷」製作委員会
配給:松竹
◆スタッフ
監督:篠原哲雄
脚本:江良至、山室有紀子
エグゼクティブプロデューサー:北川淳一
製作:吉田誠二郎、前田順一
プロデューサー:秋枝正幸、松井晶子
撮影:阪本善尚
照明:井寺幸二
美術:露木恵美子
録音:山方浩
音楽:松永貴志
主題歌:にこいち:(「今日も風が吹く」(VAP))
音響効果:柴崎憲治
編集:川瀬功
キャスティング:杉野剛
ライン・プロデューサー:清水啓太郎
助監督:吉見拓真
◆キャスト
神野恵子:栗山千明
豊島岳史:桐谷健太
豊島渉:三浦貴大
麻衣:谷村美月
ハル:音月桂
志津子:根岸季衣
尾形部長:山口いづみ
太田:永島敏行
津森泰一:豊原功補
桜井:重松収

(参考文献:KINENOTE)

執筆者

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。