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しょうゆ容器の開発競争

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しょうゆは開栓後に酸化による劣化が起きる。これはしょうゆメーカーにとっては長年の課題だったが、2009年、これを解決する酸化防止容器を用いた画期的な製品「ヤマサ 鮮度の一滴」が発売された。

 新機能を備えた製品が現れると、他メーカーも負けてはいられない。工夫してさらに使いやすい新製品が登場するものである。社会と消費者にとって、このような競争は有意義と考えている。

経時劣化はしょうゆの弱点

 しょうゆメーカーの多くが、お客様相談室など消費者からの相談窓口を設けている。ここに、時折同様な問合せがあると推測する――「いつもおたくのしょうゆを使っています。ところが、今回使い始めたしょうゆは色が薄くて、味もものたりなく感じます」といった内容である。相談を受けた部署では即答できない。賞味期限とロット記号を確認し、改めて回答すると伝えることになる。そして、相談窓口から連絡を受けた品質保証部署は検査記録と保存サンプルを調べる――結果は、「異常なし」である。

 日本人であれば、しょうゆを知らない人はいない。それでも、これが生鮮食品と言えるほど開栓後に劣化が進む製品であることを承知している人は少数だろう。容器を開栓すると、流入する外気中の酸素により酸化が起き、色は黒く、味は悪くなっていく。また同時に、芳香は飛散するのである。

 通常、これは徐々に進む変化であるので、“茹でガエル現象”で気づき難い。だが、ボトルの中のしょうゆを使い切って、新しいしょうゆボトルを開けるときに比較してみれば、誰でも一見して差異がわかるものだ。

 それでも、とくに比較しようとも思っていなければ気づかないだろう。また違いに気づいても、新品のほうの色が薄いことが正常と理解するとは限らない。むしろ色が薄いほうを異常ととらえてしまい、したがって味や香りもおかしいはずと思い込んでしまっても不思議ではない。前掲の消費者からの相談例は、それを想定したものだ。

 しょうゆ情報を発信しているしょうゆ情報センターや専門家は、上記を踏まえて「しょうゆは開栓後1カ月程度で使い切ってほしい」とアピールしてきた(同センターWebサイト「かしこい保存法」参照)。

 とは言え、現在最も普及している1l容器を1カ月で使い切る家庭はごく少数である。だから、これが難しいお願いであることはわかっているのだが、他に有効な対策がなかったのである。

 なお、栓をして冷蔵庫で保管すれば、ある程度は劣化を遅らせることができる。

酸化防止容器の誕生

「ヤマサ 鮮度の一滴」200ml

「ヤマサ 鮮度の一滴」200ml。開栓後の鮮度保持期間は発売当時より延びて120日に。小サイズは紙ケースで立てやすくしている。

 ところが、ヤマサ醤油(千葉県銚子市、濱口道雄社長)がこの難問を解決した。2009年8月に同社が発売した「ヤマサ 鮮度の一滴」シリーズは、柔らかなフィルム製の二重袋構造の容器(PID/Pouch in dispenser)で、注ぎ口を逆止弁としたものだった。開発したのは、新潟県三条市の悠心(二瀬克規社長)である。

 この容器からしょうゆを注ぎ出すと袋はしぼむが、逆止弁のおかげで内部に空気が入りにくい。したがってしょうゆの酸化を防ぐことができ、開栓後も品質は保たれるのである。

 テレビCMの「空気に触れないから、いつでも新鮮」というコピーにはインパクトがあった。半年で累計出荷数は100万本を突破し、しょうゆ業界2位であるヤマサ醤油は小容量しょうゆ市場のトップに躍り出たのである。

 この容器については、どうしても構造のほうに目が向きがちだが、他にも注目したい点がある。

 一つは袋の材質である。材質の詳細は不明だが、薄いフィルムでありながら既存のPET(Polyethylene terephthalate)容器と同じ1.5年という賞味期間(常温未開封)を実現している。Food Watch Japanの「現代素材探検隊」で食品用フィルムのことを紹介しているが(第35回第36回)、近年のこの分野の進歩は目を見張るものがある。酸素対策については、内部侵入を防ぐ受動的な技法のものだけでなく、侵入酸素を積極的に捕捉する機能を備えるものもある。他にも、水分調節、エチレン吸収、可食性フィルム、抗菌物質カット、紫外線カットといったさまざまなタイプが登場している。これらをアクティブパッケージングという。

 もう一つの注目点が、充填機である。柔らかなフィルム製袋に一定量のしょうゆを正確に充填し、空気を封入することなく密封している。どのような仕組みでこれを行っているのだろう。想像することも困難だが、これが実現できたからこそ製品化に至ったのである。素晴らしい容器を製品化した技術者たちの努力を称賛したい。

 ただし、本容器は偏平で柔らかなため扱いにくいという問題が存在した。

酸化防止容器の進歩

「生しょうゆ『いつでも新鮮』」第一世代

キッコーマン新容器第一世代「生しょうゆ『いつでも新鮮』」500ml。

「生しょうゆ『いつでも新鮮』」第二世代

キッコーマン新容器第二世代「生しょうゆ『いつでも新鮮』」200mlと450ml。

 さて、ヤマサ醤油の独走を許すわけにいかないのが、トップメーカーのキッコーマンである。遅れること1年1カ月の2010年9月、「生しょうゆ『いつでも新鮮』」シリーズで追随する。このパックはヤマサ醤油採用のPID容器によく似ているが、独自特許である。倒してもこぼれることなく、横置きも可能なキャップ付きという特徴を持つ。容量や中身の工夫等については、FOOCOM.NETに記したので、関心のある方はご覧いただきたい。

 ただし、キッコーマンのこのパックも、先行容器と同様に扱いにくいという問題が残っていた。

 2012年7月、キッコーマンは吉野工業所(東京都江東区、吉野祥一郎社長)と共同開発で既存の問題を解決した新容器第二世代「やわらか密封ボトル」を採用した商品を発売した。この容器は、柔軟性と剛性を併せ持った外部容器の内側にフィルム製の袋を収め、袋の中にしょうゆを充填している。外部容器を押すと、注ぎ口からしょうゆが出て、押す力を弱めると外部容器と内部袋の隙間に外気が流入し、外部容器は元の形状に戻る。

 これは従来のしょうゆ差しに似た円柱形で持ちやすく、注ぎ出す量も容器の押し方でコントロールできる。完成度が高い容器だと言える。業界3位のヒゲタ醤油も、この容器を採用した「高級割烹しょうゆ『本膳』超特選」を発売した。

「やわらか密封ボトル」にしょうゆを充填するときは、内部の袋は外部容器に密着しているはずで、既存設備で充填できそうだ。

 ただし、通常容器と同様に充填すれば、容器上部に空寸が残るのは避けられない。新聞等に示される本容器の説明図では、内部の袋はしょうゆですべて満たされているように描かれているが、これは事実と異なる。実は最初から一定量の空気が入っているのだ。この空気中の酸素は、すぐに中身のしょうゆに吸収される。従って、改めて排出する必要はない。

 ここまで説明すると気づかれた方がいると思うが、本容器は再使用することができる。使い切った容器上部のシュリンクフィルムを取り除くとキャップが現れる。このキャップはスクリュータイプだが、閉めるのは反時計回りで(キャップを閉めるキャッパーは新たな対応が必要だったに違いない)、時計回りに回転させれば、外すことができる。内部の袋はしぼんでいるが、空気を吹き込めば、外部容器に接するまで膨らむ。この状態で、通常容器のしょうゆを入れて、キャップを閉めればよい。

 こうした再使用は、メーカーの想定外だろう。なお、このような利用によるトラブルには自己責任で対応してほしい。

 この容器材質は、多層構造で酸素捕捉層があるのかもしれない。そうなっていた場合は、酸素捕捉層の能力を超えれば中身のしょうゆ劣化が進みやすくなることはあるだろう。

 このように、現在家庭用しょうゆの酸化防止容器として2タイプが市場に存在する。多くのメーカーはこの容器競争に参入できていない。特許や設備投資の問題があるからだ。何とかしたいと努力していることだろう。だが、人間の知恵は無限である。今後、さらに新しいタイプが登場することがあってもおかしくない。

執筆者

横山勉
横山勉
横山技術士事務所 所長 よこやま・つとむ 休刊中の日経BP社「FoodScience」に食品技術士Yとして執筆。元ヒゲタ醤油品質保証室長、2010年独立。食品技術士センター理事(http://fpcc.jimdo.com/)。ブログ「食品技術士Yちょいワク『食ノート』」を執筆中。