東欧フルーツブランデー紀行

東欧行は東京のバーへと続く

2016年3月16日 石倉一雄

結果、筆者はほうほうのていでその場を取り繕ってなんとか窮地を脱したのだが、意外だったのは日本に帰ってきてからの反応だった。

東欧フルーツブランデー紀行

ドン、サーモン、そして美人

2016年3月14日 石倉一雄

「何が食べたい?」「あ、何かセルビアの郷土料理でも……」というやり取りがしばらく続いた後、社長が「ここは俺に任せろ」とばかりに我々2人の会話を制した。

東欧フルーツブランデー紀行

苦い会議と新鮮で甘いプラム

2016年3月9日 石倉一雄

後から考えると、なぜそこまで正直に言ってしまったのか自分でも不思議なのだが、セルビアで調子のいいことを言って日本に帰ってきてから頭を抱えるような事態になっては

東欧フルーツブランデー紀行

カリンの香りに満ちる果樹園

2016年2月26日 石倉一雄

日本ではセルビアというと、ストイコビッチというサッカーの監督以外にはほとんど知られていない。筆者にとっても初めて訪ねる土地である。

東欧フルーツブランデー紀行

シリア難民が殺到と聞く国境

2016年2月19日 石倉一雄

ハンガリー/セルビア国境のチェックポイント(国境検問所)に向かうまでに難民問題について、渦中の地域を訪れた者として触れておこう。

東欧フルーツブランデー紀行

ブダペストの初めてのお使い

2016年2月15日 石倉一雄

翌日も好天に恵まれた。観覧車があるエルジェーベト広場を眺めたり、日本では見ない有料トイレを試してみたりはするのだが、「せっかく地球の裏側まで来ているのに、こんなことをしていていいのだろうか」という座りの悪い思いが付きまとう。 せっかく地球の裏側まで来ているのに  人の流れに沿って […]

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春と秋のパーリンカ・フェス

2016年2月12日 石倉一雄

筆者が感慨を噛み締める間もなく、歳の頃三十代と思しきパーリンカ祭の主催者の一人、マールトン・アンドラーシュさんがエディットさんに伴われて筆者の前に現れた。

東欧フルーツブランデー紀行

夢にまで見たパーリンカ祭り

2016年2月10日 石倉一雄

ホテルにいったん戻ろうとしたが、まだ時間がある。歩いてきた道とは逆方向だったが、昨日場所を確認した最寄りのメトロの駅に足を伸ばしてみた。

東欧フルーツブランデー紀行

パーリンカの楽しみ方と食事

2016年2月8日 石倉一雄

ソコリチュ・アーコシュ営業部長の案内で裏の作業場に入ると、たまたま収穫して来たばかりのリンゴの破砕作業の真っ最中だった。

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愛される「パーリンカ」の名

2016年1月29日 石倉一雄

ホテルのカウンターで、ハンガリー政府観光局から届いていた「ブダペストカード」というカード型の交通チケットを受け取った。