食の提供者は顧客教育をするリーダーシップを持たねば

 東日本大震災から1年が経ちます。

 昨年暮れに宮城県を訪ねましたが、あれから、東京で暮らしている今を不思議に感じています。

 朝テレビをつけると、見てよかったと思うのはトップニュースぐらい。続く話題は芸能人のくっついた/はなれた、そしてエンタメや大手企業のイベントや新製品の話題がほとんど。CMも、一時話題になったACジャパンのものはほとんどなくなり、普通の広告が流れています。

 電気もガスも水も普通に使えて、問題なくパンとコーヒーを用意します。

 駅のエスカレータとエレベータは問題なく動いています。電車は通常ダイヤで走り、車内の消灯ということもありません。

 改札から地下街を通って事務所への道。ここも消灯はなく、デジタルサイネージも元通り稼働しています。

 ランチタイムの食堂はフルメニューで営業しています。昼のテレビが流しているのはやはり何かのプロモーションにからんだ記者発表会。そしてお笑い。コンビニはどのチェーンのどの棚も、欠品は見られません。

 夜、新宿の繁華街を通る帰路。どの店も通常どおりの営業に見えます。以前から変わらぬにぎやかさと、何の不安もなさそうな酔いどれたちの千鳥足。

 電車から見える夜景は、新都心から三多摩まで光が絶えることはありません。

 東京だけがそうなのではないでしょう。横浜も、川崎も、さいたまも、札幌も、名古屋も、大阪も、京都も、福岡も、今回被災しなかったどの都市、どの町や村でも、そのようなのでしょう。

 そうして暖かい部屋で温かいものを食べながら、被災地から伝わってくる美談についてかわいそうだとか立派だとか語りつつ、食品や水や空気の放射能を気にし、東北から瓦礫が運ばれることがないように密かに祈り、あるいは声を張り上げて食い止めている――それが1年後の結果から見えてしまう大方の日本人の正体のように見えます。

 誰もそれを責めることはできないでしょう。誰しも、うまく行かない昨今の世の中で、自分の生活や健康を守るために必死です。そこへ持って来て、被災地の情報も、世界の情報も、芸能や新製品の情報が優先して埋もれてしまっていますから、全体としての判断や行動がおかしくなるのも道理と言うものでしょう。

 しかし、そのままでいいでしょうか。

「日経レストラン」の記者時代、コンサルタントといっしょに不振店を訪ねて回復の処方を考えるという記事を担当していたとき、複数のコンサルタントが共通して言っていたことがあります。

「顧客教育ができないといけない」

 ということです。

 たまたま来店してくれたお客が好むものを提供することに政策が傾くと、店のコンセプトはどんどん歪んでいきます。それに対して、「本当は、こういうものを食べて喜んでいただきたい」「本当は、こういう風に利用していただきたい」という、店の狙いをまず持つこと。そしてそれを、タイミングと情報量を考えながら、うまく伝えていく店が成功してきた、ということです。

 それは“のれん作り”“ブランド構築”の極意でもあるでしょうし、もっと平たく言えば“リーダーシップ”というものでしょう。「来店してくださったあなたを幸せにしたい。そのためにウチはこんなことをします。だからあなたは、こんな風に利用してください」。そういうリーダーシップのある店では、お客のマナーはよく、下世話な話ですが概してお客の財布の紐も緩いものです。

 国でリーダーシップを取るべき人と言えばまず政治家を思い浮かべます。ですが、食に携わるビジネスパーソンも、この種のリーダーシップ、そのための顧客教育を意識してほしいものです。「リスクコミュニケーション」と言うと、ともすればエクスキューズのような消極的なものに思う方もいると思います。けれども、「これはこういうものですから、おいしく食べられます」「これはこのようですから、食べないでください」と伝える行動は、本来は強いリーダーシップに基づいて行われるべきものでしょう。

 普通に健康を気遣う人は、情報がなかったり情報を理解できない状態であれば、直感的に害を避けようとして、「放射能の心配がないものを」と言うでしょう。それに対して、「では放射能“ゼロ”のものを提供します」と応えることはできるでしょう。しかし、そこにリーダーシップはあるでしょうか。うまく判断できない人をより賢い人、より得をする人にして差し上げようとは考えず、ただ召使いのように言われたことを言われた通りにするというだけではないでしょうか。

 被災した日本という国、原子力発電所の存在を容認してきたないしは推進してきた日本という国、その一員である消費者と企業はどうあるべきか、どうありたいか。あるいはこの危機をねじ伏せる道はどのようか。それらについて思いを致すということは、人々全員の心に自然発生するものではありません。政治家もそうですが、企業の中から卓越したアイデアを持ち、リーダーシップを取る人が現れ、それをビジネスの中で表現し、実現していくということがなければ、社会は進歩しないでしょう。

「たまたま来てくれたお客に好かれながら穏便にやっていきたい」、そう考える人がいることも、これはこれで致し方ないと思います。ただ、やがて子や孫にツケは回って来るでしょう。被災地のネグレクトと復興の遅れは、将来に続く、私たちの国の物心両面の負債となっていくからです。

 まず一度でいいですから、被災地を訪ねてください。まだ訪ねていないという方の全員にこのお願いをしたいと思います。そして、2011年3月11日14時46分まで私たちと同じように家族がいて、同じように暮らしていた、同じ国に属する、何ら落ち度のない人たちが、今どのように暮らしているか、どんな気持ちでいるのか、その街に何があって、何がないのか、現地の人たちと同じ空気を吸って同じ地面を歩きながら、見聞してください。テレビでもラジオでも新聞でも雑誌でもWebでも、伝わらなかったたくさんの何かを、知り、感じ取ることができるはずです。

 何かをする、何もしない、そのことを考えるのは、その後です。

 鉄道と幹線道路の多くは復旧しています。歩行等に不自由のない人であれば今日の私たち誰にとっても、この旅は難しいものではありません。

※このコラムはメールマガジンで公開したものです。

齋藤訓之
About 齋藤訓之 299 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。日本フードサービス学会会員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。東京栄養食糧専門学校非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →