バリスタの「人車一体」

 一昨年秋のことになりますが、エスプレッソマシンの実演セミナーを取材したときの熱気をときどき思い出します。ヌォーバ・シモネリ社とその正規代理店のトーエイ工業が2009ワールドバリスタチャンピオンの英国グウィリム・デービス氏を招いて行ったセッションでした。

 受講者は、チャンピオンシップを狙うバリスタやロースターでしたが、グウィリム氏の実演を見つめ、話に耳を傾け、活発に質問を浴びせる彼らの熱気に新鮮な驚きを感じました。

 1990年代の後半、「米国でスターバックスが躍進」の報が入ると、日本のチェーン・レストランでもエスプレッソ・マシンへの関心が高まりました。とくに折からのファミリーレストランの“ガスト化”とそのドリンクバーに置く装置として、主に全自動タイプのマシンが注目されました。その最初の頃は、「米国のチェーンではコーヒーのエスプレッソ化でオペレーションが混乱しているらしい。大丈夫か」といったことも話題になっていました。

 その一方、続いて「スターバックス」や、イタリアの「セガフレード・ザネッティ」などが上陸してくると、話題になったのはエスプレッソそのものだけでなく、バリスタでした。バリスタに憧れ、バリスタを目指す若者が増えているという話題も出て来ました。

 あの頃、私個人は、そのことが理解できるような理解できないような、不思議な気持ちを抱いていました。

 実は私は20代前半の頃、喫茶店開業を目論んでいて、喫茶店でアルバイトをする傍ら、あちこちの喫茶店を見て回っていました。当時アルバイト先で扱っていたのはサイフォンでしたが、自宅では密かにネルドリップの練習をしていました。“生身の体に身に付ける技術が上”と考えていたのです。

 その延長の感覚では、同じくフードサービスを志す人への共感がある半面、「なぜ機械にそんなに熱心になれるのか」といった気持ちがあったのです。その前の日本のチェーンの動きのこともあって、エスプレッソマシンは“自動化”のためのツールとして是か非かという問題意識で見ていたためでもあったと思います。

 しかし、グウィリム氏の実演と受講者のみなさんの熱い目差し、質疑応答の熱気に触れているときに、私ははたと気付きました。エスプレッソマシンは、“自動化のためのツール”ではなく、言わば“生身の人間ではできないものを作るツール”だったのです。

 私がそのとき彼らの熱いやりとりで思い起こしていたのは、自動車やオートバイなどのモータースポーツの選手たちの情熱や真剣さです。自動車もオートバイも、自動化のためのツールではなく、生身の人間にできないことを実現するためのツールです。そして「人車一体」という言葉も頭の中に湧いてきました。

 さらに「同じだ」と思い出したのは、農業機械の話題で口角泡を飛ばす農業経営者たちの姿です。成功している農業経営者は、ほぼ全員間違いなく、体とクワ、マンノウだけではできない価値の世界に生きる住人です。

 ほかにもあります。料理人が使うロボ・クープ、真空調理のためのシール機、冷蔵庫などなど。

 生身の体に身に付ける技術と、人間の体の外部に置くものの技術と、このそれぞれは別のものといったん分けて見た上で、その両者の関係を考え、うまく作る――仕事の面白さの本質の一つは、そういうところにありそうです。

※このコラムはメールマガジンで公開したものです。

齋藤訓之
About 齋藤訓之 299 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。日本フードサービス学会会員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。東京栄養食糧専門学校非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →