「メンタイのぼせ」と家族たち

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戦後の博多で辛子明太子を開発し、全国に普及する礎を築いた「ふくや」の創業者、川原俊夫をモデルにした「映画めんたいぴりり」をご紹介する。(シリーズ「平成のごはん映画を振り返る」は次回以降に続けます)

 本作は、俊夫の長男、川原健の著書「明太子をつくった男 ふくや創業者・川原俊夫の人生と経営」を原作にしたテレビドラマ「めんたいぴりり」「めんたいぴりり2」の映画化である。

 2本のテレビドラマと同じく江口カンが監督、東憲司が脚本を担当し、漫才コンビ「博多華丸・大吉」の博多華丸が主演の海野俊之、富田靖子が妻の千代子を演じる等、福岡県出身者がメインスタッフ、メインキャストを務めている。

「博多式辛子明太子」を作った男

俊之は日々試行錯誤を重ね、辛子明太子を日本人好みの味に改良していく。
俊之は日々試行錯誤を重ね、辛子明太子を日本人好みの味に改良していく。

 本作は博多の「ふくや」創業者の川原俊夫(映画では「ふくのや」店主の海野俊之が主人公)、その家族、従業員たちをモデルとしており、博多式辛子明太子の開発から完成に至るまでの過程が、日常のエピソードと共に詳細に描かれている。

 川原俊夫は、1913(大正2)年、日韓併合時代の釜山で海運業者の家に生まれた。この釜山で博多式辛子明太子のルーツとなる明卵漬(スケソウダラの卵巣=たらこのキムチ漬)と出会ったことが、俊之の後半生に大きな影響を与えることになる。

 太平洋戦争中に陸軍に応召され、宮古島で終戦を迎えた。そして福岡に引き揚げた後、1948(昭和23)年10月5日、福岡県博多区中洲に食品卸商店「ふくや」を創業した。俊夫は商売の傍ら釜山で味わった明卵漬を再現しようと試作を重ね、1949(昭和24)年1月10日、タレに漬け込む形式の辛子明太子(博多式辛子明太子)が日本で初めて店頭に並んだ。ふくやはこれを記念して1月10日を「明太子の日」としている。

 ただし、当初は全く売れなかった。しかし、日本人好みの味へと改良を繰り返した結果、次第に人気を得ていった。俊夫は普及のためにあえて特許を取らず、むしろ同業他社に製法を開示したため、辛子明太子は博多全体の名産品になって全国的な知名度を得ることとなった。そして博多式辛子明太子は、そのおいしさから全国に普及し、国民的な食材として定着するに至ったのである。

明太子で人を幸せにする!

 焼跡の残る博多・中洲で食料品店「ふくのや」を創業して10年。俊之は、釜山からの引揚者である自分たちを受け入れてくれた地元の人々に感謝していた。毎年7月1日に行われる博多伝統の祭り「博多祇園山笠」を盛り上げる「山のぼせ」になった。長男の健一(山時聡真)の同級生で、遠足に行くための靴やリュックが買えない英子(豊嶋花)の「あしながおじさん」になった。釜山の市場で味わった明卵漬のおいしさを再現して皆に食べさせようとした。――そうした行動のすべては、「与えた恩は水に流せ、受けた恩は石に刻め」をモットーとする俊之の、地元の人々の恩に報いたいという気持ちからであった。

 また、明卵漬は妻、千代子との釜山での思い出の味でもあった。

 そして、戦場での飢餓体験で「おいしいものがいっぱいあれば戦争なんて起きない」と思うようになったことも、俊之を突き動かしていた。

「明太子で人を幸せにする!」

 魚卵を変えたり、タレの調合を変えてみたり。損得抜きで博多式辛子明太子の開発に打ち込む俊之。毎朝の食卓には必ず辛子明太子の試作品が並び、千代子、健一、次男の勝(増永成遥)、住み込み従業員の八重山(瀬口寛之)、松尾(斉藤優)、笹嶋(福場俊策)、ミチエ(井上佳子)が試食モニターを務めさせられていた。そんな俊之の“メンタイのぼせ”ぶりに家族や従業員はあきれ気味だったが、内心憎めないと思っていて、俊之を中心とする大家族的な絆が保たれていた。

降って湧いたヒットのきっかけと「元祖」騒動

 そんなある日、当時福岡をホームとしていたプロ野球西鉄ライオンズのエースで「神様、仏様、稲尾様」と福岡市民に崇められていた“鉄腕”稲尾和久(高田延彦)がふくのやの辛子明太子を食べたという噂が流れ、ふくのやの辛子明太子はにわかヒット商品となった。

 そうなると真似しようという輩が出てくるのは世の常。博多の同業者、石毛(柄本時生)はふくのやの辛子明太子のタレを盗み「元祖」と称して売り出す。八重山ら従業員たちは憤慨するが、俊之は怒るどころか一緒に明太子で博多を盛り上げていこうと石毛を激励する始末。これも前述の俊之のモットーの成せる技であろう。

 しかし、俊之の辛子明太子完成までの道は、まだ一波乱も二波乱もあったのである……。

博多大吉の怪演

 なお、博多華丸の相方の博多大吉は、明太子の母親のスケトウダラ役で出演。辛子明太子作りに疲れて寝てしまった俊之の夢枕に現れて私の卵を無駄にするなと怒ったり、俊之を追いかけまわしたりとコメディーリリーフ的な役割を演じている。

参考文献
「ふくや」ホームページ
https://www.fukuya.com/
『めんたいぴりり オフィシャルガイドブック』

【映画めんたいぴりり】

公式サイト
http://piriri_movie.official-movie.com/
作品基本データ
ジャンル:伝記 / ヒューマン / ドラマ
製作国:日本
製作年:2019年
公開年月日:2019年1月18日
上映時間:115分
製作会社:2019めんたいぴりり製作委員会
配給:よしもとクリエイティブ・エージェンシー
カラー/モノクロ:カラー
スタッフ
監督:江口カン
脚本:東憲司
原作:川原健「明太子をつくった男 ふくや創業者・川原俊夫の人生と経営」
製作統括:宗寿彦
プロデューサー:瀬戸島正治、片岡秀介、本田克哉
撮影:許斐孝洋
美術:山本修身
音楽プロデューサー:渡辺秀文
主題歌:風味堂「夢を抱きし者たちへ」(SPEEDSTAR RECORDS)
録音・効果:増冨和音
照明:梶原公隆
編集:飯塚泰雄
制作担当:谷尚明
記録:原田侑子
キャスト
海野俊之:博多華丸
海野千代子:富田靖子
松尾:斉藤優
八重山:瀬口寛之
笹嶋:福場俊策
ミチエ:井上佳子
海野健一:山時聡真
海野勝:増永成遥
英子:豊嶋花
でん妻:酒匂美代子
でんさん:ゴリけん
スケトウダラ:博多大吉
キャサリン:中澤裕子
稲尾:高田延彦
花島先生:吉本実憂
石毛:柄本時生
吉川:田中健
丸尾:でんでん

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。