法律を破り、宗教を踏みにじった佐賀牛

佐賀県の神秘的な景色。中央の島には宝くじが当たると評判の神社があるが、その御利益を科学的に証明する必要はない(記事とは関係ありません)
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佐賀県職員が、アラブ首長国連邦(UAE)に佐賀牛の肉を「不正に持ち込んだ」というニュース。法律と宗教をなめているという点で、二重に悪質な事件だ。

 まず、この職員は行政に身を置く人でありながら、検疫を受けずに畜肉を海外に持ち出すという犯罪を犯した。農林水産大臣が指定している「偶蹄類の動物、馬、家きん、犬、兎、及びみつばち並びにこれらの動物由来の畜産物等」は、輸出する際に検疫を受け、輸出検疫証明書の交付を受けなければならない。違反すると、3年以下の懲役又は100万円以下の罰金だ。

 それをこの職員は、佐賀牛の肉約15kgをスーツケースに詰めて、検疫を受けずに持ち出した。「手荷物として運べる量だったこともあり、業者を通さず持ち出した」と言っているらしいが、話にならない。実際にUAE国内でこの肉は調理されたので、UAEでも正しい通関を受けなかったはずだ。複数回やったというのだから、出来心とも言えない。

 新聞各紙はこの表現を避けているようだが、普通、この行為は「密輸」という。懲役3年以下を重いと見るか軽いと見るかにかかわらず、これは外交に関わる重大な犯罪だ。

 しかし、この種のことに手を染める人は実は多い。脱税目的も言語道断だが、輸入禁止国から日本では珍しい畜肉をスーツケースに隠して持ち帰る“食通”、日本にない作物の種をズボンやジャケットのポケットに入れて帰って来る農家や農業関連の公務員などなど、検疫逃れの話はよく聞く。法律や、その行為がもたらし得る影響をなめ切っている。これを期に、法令の周知と管理は強化するべきだろう。

 そして、個人的にはこちらのほうがさらに重大と思えるのが、イスラム教の定めに従わずにイスラム教国へ牛肉を持ち込み、調理し、人に食べさせたということ。これは宗教への挑戦なのであって、いわば人類への裏切りに等しい。

 今日の日本と違って、海外には食物に関する禁忌のある国や地域は多い。動物の肉の処理の仕方については、ユダヤ教とイスラム教はかなり細かなルールを定めている。ルールと言うと軽く感じるかもしれないが、イスラム教では法律と宗教は表裏一体であり、この種のルールは神からの命令なのだ。

 イスラム教の場合、動物の屠畜は、適正な場所で、適正な人によって、適正な道具と手順で、神の名を念じながら行わなければならない。そうして準備されたものを「ハラール」と言う。

 適正な場所とされるには、イスラム教が喫食を禁じている豚などの動物も屠畜する場所であってはならない。作業を監督する人は、イスラム教かユダヤ教の信者でなければならない。道具は爪や骨以外のもので出来ていなければならない。方法は、撲殺はいけないし、刃物での屠畜前に家畜が死んだり気絶していてはいけないので、ボルトガンによる打撃は認められない。

 今回は、イスラミックセンター・ジャパンの人が屠畜を担当したという。彼らはその作業の適切さを証明している。しかし、当該の食肉処理場がイスラム教に照らして適正な場所として、UAEからの認可は下りていなかった。だから、イスラミックセンター・ジャパンでは、その許可が出るまでは輸出しないように言っていたのだと言う。

 ハラールではない肉を食べさせられた人の悲しみや怒りは、私には十分なリアリティをもって想像できない。その場面に出くわしたことがないからだ。しかし、ある程度は想像できる。ハラールではない肉を口にしたということは、その人にとっては神の命令に従うことができなかったこと、信仰を全うできなかったことを意味する。敬虔なムスリムであれば、悔しく、悲しく、また神の怒りが恐ろしく、あり得べからざる出来事に違いない。彼らが、それをどのように収拾を付け、乗り越えるものなのか、私には情報がない。

 とにかくこれには気をつけるようにと、農水省はちゃんと注意を喚起していたはずだった。しかも、今回のUAEへの牛肉輸出は鳴り物入りで計画されたことで、関係者の期待が報じられたのはつい数日前のことだった。なぜこのような杜撰な取り組みになってしまったのか。

 佐賀県は、ドバイの総領事館から、ハラールでなくていいから持ってこいと催促されたように説明しているが、誰しも細心の注意で望むべきだった。しかし、密輸の形を取った背景には、やはりまずいことをしているという意識があったのではないか。

 領事館は、サンプルや土産ならハラールでなくても黙認されると言ったという報道もある。非イスラム教国などでは、ハラールの肉が手に入らないことも多い。そこで、そうした国や地域では、ハラールの表示のない肉もハラールとして扱うという例外を認めているらしい。それを拡大解釈したのかもしれない。

 宇宙船の中で、どっちを向いてお祈りをすべきかについて例外を定めたのと同じようなことだろう。旅行中は断食をしなくてもいいなど、イスラム教は意外と柔軟に見える面も持っている。だが、注意しなければいけないのは、そうしたことを一つひとつ宗教指導者たちが会議で決めているということだ。それだけ、本来は軽く扱えない厳密な定めであるということだ。

 イスラム教国でも、最近は国によっては、家の中で禁制のアルコールを飲む人もいるという。あるいはそんな情報も合わせて、本音と建て前があるに違いないと勝手に判断する気持ちがあったのかもしれない。だが、指導者たちが吟味した上での例外と、見つからなければいいという違反とでは意味が全く違う。

 恐らく、今後もUAEあるいはイスラム教国で佐賀牛は許されないだろう。売り込むことに熱心になるあまり、ひとさまの心をないがしろにしたと見られるだろうから、相応の罰は受けることになる。しかし心配なのは、許されないのは佐賀牛ではなく、日本産の肉、あるいは日本の産品になりはしないかということだ。UAEに牛肉をはじめさまざまな農産物を輸出しようとしている地域はほかにもあるのだ。

 日本人は、もっと宗教と心に関する勉強をしなければいけない。一神教と多神教とでは、感じ方や考え方が違うと思われがちだが、そうだろうか。さまざまなものや出来事に超自然を感じていちいち祠を建てたり、お札を貼ったりする伝統的な日本人一般の感受性は、本来はどのような宗教も理解し、尊重できたはずだと思うのだが。

 だが、化学物質や遺伝子組換え技術を拒絶する理由を自分の心の問題として説明できず、まやかしの“科学”でしか説明できない人が多い昨今、そのような日本人の感性はすでに失われていると考えるべきなのかもしれない。一人ひとり、自分の問題として考え直してみたい。

※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。

About 齋藤訓之 392 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。日本フードサービス学会、日本マーケティング学会会員。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →