不可解なブドウ品種「タンテュリエ系」

ワイン用ブドウには、赤い果肉の品種がある。その起源をたどってみると、1800年代中頃にブーシェ父子という育種家が作出したものにたどり着く。だが、それ以前のことは全くわからない。一方、ブーシェ父子の手になる品種について調べると、いくつもの不可解なことに突き当たる。

「アリカント系ブドウ品種」とは何か?

 前回紹介した話題で「皮や果肉だけでなく葉まで赤い色」の品種として出てきた「アリカント系ブドウ品種」とはどんな品種か?

 今は絶版になっているようだが、ジャンシス・ロビンソンの手になる「ワイン用葡萄ガイド」(ジャンシス・ロビンソン著、ウォンズパブリシングリミテッド訳・刊)という本が手もとにある。これを頼りに「アリカント系ブドウ品種」を調べているのだが、どうもわかりにくい。概して明快な記述の同書であるが、こと「アリカント系」に関しては不自然と感じる分散した記述が目立つ。しかし、読み解くうちにある意外なことがわかった。

 以下では「らしい」「ようだ」と推量が多くなるが、そのような事情なのでしばしご容赦願いたい。

ブーシェ父子によるタンテュリエ系育種

 同書によれば、赤い果肉のブドウ品種はフランス語でタンテュリエ(teinturier)、スペイン語ではティントレラ(tintorera)と総称されているらしい。これらは英語のダイヤー(dyer)に当たる語で、辞書で引くと「染め物師」と出てくる。つまり、品種名にタンテュリエと付く品種は着色力に特色を持つ品種であり、この品種の育種目標が繊維類の染色用色素採取であったことを思わせる。

 タンテュリエ系のブドウ品種にはいくつもの交配種があるが、ヨーロッパ系ブドウ品種ヴィティス・ヴィニフェラ(VItis Vinifera)系のブドウではあるらしい。ただ、その大もとの原産地は定かではない。

 今日作付けられているタンテュリエ系は、1800年代中頃にフランスのブドウ種苗業者ルイ・ブーシェとアンリ・ブーシェ(Louis, Henri Bouschet)という親子が作出したものを祖としているものが多いようだ。

 彼らは、まずタンテュリエ・デュ・シェル(Teinturier du Cher)とアラモン(Aramon)という品種を交配してプティ・ブーシェ(Petit Bouschet)を作出した。そしてさらに、これにグルナッシュ・ノワール(Grenache Noir)を交配してアリカンテ・ブーシェ(Alicante Bouschet)という品種を作出した。

 ここで「アリカント」という語が出て来るわけだ。ただし、ブーシェ父子がなぜこの名を用いたのかはわからない。アリカンテとは、スペインのバレンシア地方の港湾都市の地名(スペイン語:Alicante/バレンシア語:Alacant)である。

 アンリ・ブーシェはまた、グラン・ノワール・ドゥ・ラ・カルメット(Grand Noir de la Calmette)とカリニャン・ブーシェ(Carignan Bouschet)というタンテュリエ系ブドウ品種も作出している。

 いずれにせよ、このアリカンテ・ブーシェは、19世紀末~20世紀初頭にかけて、さらに他の品種と交配されて多数の他のタンテュリエ系が生み出された。今日もアリカンテ・ブーシェは交配の親苗として使われているようだが、ほかにアリカンテ・ガンザン(Alicante Ganzin)と呼ばれる品種もタンテュリエ系作出のための親苗として流通しているらしい。世界中でさまざまのタンテュリエ系交配種が作出されていると考えた方がよさそうである。

アリカンテ=グルナッシュ?

 さて、アリカンテ・ブーシェにはなぜアリカンテという語が使われたかも不思議だが、その名についてはもう一つ引っかかることがある。アリカンテ・ブーシェはしばしば単に「アリカンテ」と呼ばれることがあるというのだ。その一方で、「アリカンテ」はグルナッシュ(グルナッシュ系はスペイン原産とする説がある)の別称としても使われている。

 すると、どうなるか。グルナッシュ・ノワールの果肉は、本来は白い。これと果肉が赤いアリカンテ・ブーシェが混同され得るということだ。グルナッシュ・ノワールとして栽培されているものに、本来の白い果肉のものと、赤い果肉のものとの両方のタイプが存在し得るのだ。

 なお、スペインではグルナッシュ・ノワールはガルナッチャ・ティンタ(Garnacha Tinta)として栽培されている。そして、ガルナッチャ・ティンタと言った場合は白い果肉のもの、すなわち本来のグルナッシュ・ノワールを指し、赤い果肉のものはガルナッチャ・ティントレラと別けて呼ばれる場合もあるらしいのだが、私はワイン・ラベルの表示で「Tintorera」の文字を見たことはない。このことも、グルナッシュ・ノワールとアリカンテ・ブーシェが混同されているか、あえて言えば故意に同じものとして扱われていることを感じさせもする。

 また、カリニャンにも、アンリ・ブーシェが作ったタンテュリエ系があるということも気になる。

※原書:「Jancis Robinson’s Guide to Wine Grapes」(Jancis Robinson, Oxford Univ Pr, 1996)

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酒類品質管理アドバイザー おおくぼ・よりあき 1949年生まれ。22歳で家業の菊屋大久保酒店(東京都小金井市)を継ぎ、ワインに特化した経営に舵を切る。「酒販ニュース」(醸造産業新聞社)に寄稿した「酒屋生かさぬように殺さぬように」で注目を浴びる。また、ワインの品質劣化の多くが物流段階で発生していることに気付き、その改善の第一歩として同紙上でワインのリーファー輸送の提案を行った。その後も、輸送、保管、テイスティングなどについても革新的な提案を続けている。