土壌中の栄養のバランス

前回までの説明で、土が栄養を一時的に保持することがわかりました。土のコロイドが負(-)の電気を帯びていることから、正(+)の電気を帯びた小さな粒(陽イオン)を吸着するということでした。今回は、この土のコロイドに吸着されている成分について考えてみましょう。

理想のバランスと現実のバランスを比べる

 土が保持するものには、いくつかの重要な成分があり、それらの割合がとても大切だという話をします。しかもその割合は、研究たちが調べてきた結果「レタスにはこのようなバランス」「ホウレンソウにはこのようなバランス」「イネにはこのようなバランス」というように、作物ごとに理想的な構成が見つかっています。

 そこで、この作物ごとの理想のバランスと、ある作物が実際に取れた産地の土の分析結果とを照らし合わせてみると、うまく生育したのか、無理して育ったのか、障害ギリギリのところで収穫されたのか、といったことが推測できるのです。

 その検証を突き詰めていけば、連載のはじめのころにお話した、“野菜産地の土壌が歪みを生じている”ということの本質に迫ることができます。

最重要は、カルシウム、マグネシウム、カリ

 土のコロイドに吸着しているものの中でも、最も重要で割合の多いものはカルシウムです。土壌分析では必ず分析の対象とします。

 このカルシウムが土のコロイドに吸着している状態にあると、それは交換性カルシウムと呼びます。前回、土のコロイドを、円卓の周りに椅子が並んでいる様子にたとえました。交換性カルシウムとは、つまり“カルシウム君”が椅子に座っている状態ということです。

 椅子に座っているということは、離席してどこかへ行けるということです。ですから、交換性カルシウムは、ずっと土のコロイドに吸着されたままではなく、条件が変われば離れ、それが植物の根から吸収されていくこともあります。

 次に重要な成分はマグネシウムです。農業界では「苦土」(くど)と言い習わしていることが多いものです。この表記は、海水のにがり成分に多いことに由来するのかもしれません。

 マグネシウムも、交換性マグネシウムという形で土壌中に含まれます。

 その次に多いのがカリウムです。略してカリ。肥料袋には「加里」と書かれていたりします。

 カリウムも交換性カリとして土壌中に含まれるものを分析します。

 以上の3種類の成分が、“交換性”という形で土壌中にあること、これが重要です。

 なぜこの3種類が重要なのでしょうか。それは、作物、とくに野菜類はそうですが、この3種類を植物が吸収して利用できることも大事ですし、また土壌に求められる化学的性質が、この3種類のバランスによって大きく左右されるものだからでもあります。

 たとえば、カルシウムは植物の体を作るのに重要なペクチン酸カルシウムに必要な成分であり、また土壌pHを最も左右する成分でもあります。

 これらのように椅子に座っている形の成分は他にもありますが、それらについてはまた別の機会に説明することにします。

椅子全体の数のうち何割を占めているかを調べる

 これら土壌中に含まれる成分のバランスは、土のコロイドの円卓の周りに並ぶ椅子にどの成分がどれだけ座っているか、という形で把握します。

 仮に、椅子が10脚並ぶ円卓=土のコロイドがあるとします。そのうち5脚をカルシウムが占めて座っていたとすると、10分の5つまり百分率では50%です。このような状態を、「カルシウム飽和度が50%だ」と言います。

 同様に、10脚ある椅子のなかでマグネシウムが2脚を占めていて、カリは1脚だけに座っているとすれば、「マグネシウム飽和度は20%だ」「カリ飽和度は10%だ」ということになります。

 前回、全体の椅子の数は塩基交換容量(CEC)というものだと説明しました。今回出てきたカルシウム、マグネシウム、カリなど、正(+)の電気を帯びた粒が塩基です。それらの成分が容量に対してどの程度いっぱいになっているかですから、塩基飽和度という言葉になるわけです。

 そして、塩基飽和度がそれぞれどのようなバランスになっているかというのが塩基バランスです。今回掲げた例では、カルシウム飽和度50%、マグネシウム飽和度20%、カリ飽和度10%というバランスになります。土のコロイドに占めるこの3種類の成分の割合こそが、土の化学性を判断する基本です。

 塩基バランスが実際の圃場でどのようになっているのか、またそこに植え付けられている野菜が何で、その野菜の求める塩基バランスはどうなのかということを検証していくことが、まず産地の“土の歪み具合”を知る第一歩になります。塩基バランスが作物の求めるバランスになっていなければ、いくら有機肥料を与えても、いくらよい品種を作付しても、生育は不健康な状況を示します。

営農現場で科学の衰退を来した背景

 ところで、なぜ多くの産地でこのバランスが崩れてきたのでしょうか。

 一つには、農業教育が疎かになったことが挙げられるでしょう。営農指導というものは、重要な仕事でありながら、労多くして益少ない仕事です。それで、これをやる人が少なくなりました。

 また、農家もひとの意見を聞かなくなりました。とくに、こうした基本となる科学的な理論に興味を示す人は少なくなりました。

 そうした中で、もし状態が気になる圃場の土のサンプルを取って分析に出したとしても、その数値を説明されることはあまりないというのが現実です。ただ「何をどれだけ入れなさい」と言われるだけで、農家としてはますます納得できず、興味が湧いてこないというのもうなずけます。

 一方、土壌診断と処方には責任が伴います。そのために、行政やJAの指導員は、あまり積極的にこの問題に立ち向かわなくなってきたという事情もあります。そうなると、指導員が現場を観る勘が鍛えられる機会も減り、それがまた現場に行かない指導員を作り出す、という悪循環が始まりました。そこへ、農家が指導員を育てるという姿勢を失ったことも、追い打ちをかけたと言えるでしょう。

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About 関祐二 101 Articles
農業コンサルタント せき・ゆうじ 1953年静岡県生まれ。東京農業大学在学中に実践的な土壌学に触れる。75年に就農し、営農と他の農家との交流を続ける中、実際の農業現場に土壌・肥料の知識が不足していることを痛感。民間発で実践的な農業技術を伝えるため、84年から農業コンサルタントを始める。現在、国内と海外の農家、食品メーカー、資材メーカー等に技術指導を行い、世界中の土壌と栽培の現場に精通している。