朝食ロケ弁から見える日本映画

[320] 「映画の朝ごはん」から

2023年最後となる今回は、元映画スタッフである筆者にとっても懐かしい、朝食弁当「ポパイ」についてのドキュメンタリー「映画の朝ごはん」を取り上げる。

 本作は、ロケ弁の供給者である仕出し弁当「ポパイ」と、需要者である映画製作現場の一つに焦点を当て、映画監督、プロデューサー、美術監督、照明技師、俳優、スタントマンなどさまざまな関係者のインタビューを織り交ぜながら、平成から令和に至る日本映画をロケ弁を通して俯瞰できる構成となっている。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

朝食ロケ弁の代名詞

 映画の撮影形態には、撮影所のスタジオにセットを組んで行うセット撮影、スタジオ以外の場所の室内を装飾して撮影するロケセット、屋外やスタジオ以外の室内をそのまま使って撮影するロケの3種類がある。セット撮影の場合は現地集合が基本だが、ロケセットやロケの場合は、スタッフが集合しやすいターミナル駅の近くに集合して撮影場所に向かう。

 ロケの場合、日中のシーンは太陽が照っている間に撮り切らねばならないため、撮影が“押す”(遅延する、長引く)場合を想定して、集合時間は午前7〜8時といった早い時間になることが多い。そうなると、朝食抜きで来るスタッフが多くなるため、集合時間が早い場合は朝食弁当を制作側で用意するのが業界の暗黙のルールとなっている。

 本作に登場する「ポパイ」の「おにぎり弁当」は、おにぎり2個+おかず1品にたくわんというシンプルな構成ながら、約40年に渡り映画やドラマの現場で愛されてきた。今では「ポパイ」が朝食ロケ弁の代名詞となっている。

製造開始0時・出発午前3時

「ポパイ」の「おにぎり弁当」(おにぎり2個+おかず1品)。おにぎりの具は20数種類、おかずは鶏唐揚げや茹で卵など6種類から選べる。缶茶(缶ウーロン茶)とペットボトル緑茶はオプションとなっている。
「ポパイ」の「おにぎり弁当」(おにぎり2個+おかず1品)。おにぎりの具は20数種類、おかずは鶏唐揚げや茹で卵など6種類から選べる。缶茶(缶ウーロン茶)とペットボトル緑茶はオプションとなっている。

 東京都練馬区豊玉北にある「ポパイ」がロケ弁の仕出しを手がけるようになったのは、先代の社長が近くの練馬区東大泉にある東映東京撮影所に営業に行ったのがきっかけだと、現社長の鈴木直樹は言う。カメラが映し出すのは、意外にもこぢんまりした調理場。そこで炊飯担当、おにぎり担当、おかず担当、盛り付け担当などに分かれる従業員たちが、午前0時から手作業で弁当を作る。少数精鋭の彼らが、おにぎり弁当を含む1日最大2,000食の弁当を手際よく作っていく様子は壮観である。

 かつて筆者が食べた記憶では、おにぎり弁当のおにぎりの具は鮭と明太子と決まっており、おかずは鶏唐揚げと茹で卵の二択だったが、今ではおにぎりの具は20数種類、おかずは6種類から選べるようになっていて、オペレーションは複雑化しているという。

 鈴木社長によると、具をなるべく多く入れ、味を濃いめにしてごはんの甘さとの相乗効果を目指しているという。インパクトのある味付けと冷めてもおいしいごはん、ごはんと塩と海苔と具だけのシンプルさが、毎朝食べても飽きない“ポパイ中毒者”を生み出しているゆえんかと感じた。

 午前3時、「ポパイ」からおにぎり弁当を積んだ軽トラが、ロケ隊の待つ集合場所へと向かい始める。

制作進行は映らないものを支える

 筆者が映画の現場にいた平成前半の頃、ロケ隊の集合場所と言えば新宿スバルビル前や渋谷パンテオン(現在の渋谷ヒカリエの場所にあった映画館)前が定番だった。一方、ピンク映画の撮影隊は、スバルビルとは新宿駅西口中央通りを挟んだ明治安田生命ビル前に集合するのを常としていた。そのいずれも現存していないのが、時の流れを感じさせる。

 新宿スバルビルと明治安田生命ビルは、新宿駅西口の再開発のため取り壊され、現在は更地となっている。代替の集合場所となったのが、新宿郵便局前。毎日朝5時ともなると、場所取りのロケバスや機材車、ハイエースなどの撮影関係車両がごった返し、早朝からラッシュアワーのよう混雑ぶりだ。「ポパイ」の配達員たちは、多くの車両のなかから注文先から知らされている車のナンバーを見つけ出して弁当を届ける。

 一方、今回、ロケ弁の需要者側でクローズアップされるのが、「南極料理人」(本連載第38回参照)の沖田修一監督によるWOWOWオリジナルドラマ「0.5の男」で制作進行を務める竹山俊太朗。竹山は助監督として働いていたが、性格的に制作部の方が向いているのではないかと周囲に言われ、沖田監督の現場が体験できるということで今回初めて制作部に入ったという。

 制作進行の仕事は多岐に渡る。弁当の手配、ロケ場所までの地図の作成、現場で使用する備品の準備といった事前の作業に加え、現場には真っ先に入り、衣装替えの部屋・メイク部屋・キャスト控室の確保、導線の養生、“お茶場”(お茶やお菓子を置いたスペース)のセッティング、ゴミの分別処理、本番中の人止め・車止め・音止めなどなど。ここにこれだけ書いても、これらはほんの一部に過ぎない。各パートから絶え間なく寄せられる要求に対応し、カメラの背後で“映画に映らないもの”全般を取り扱う大変な仕事なのである。

コロナ禍がもたらした“バレメシ”

コック帽を被った男の子が舌を出したポパイのロゴ。このデザインに落ち着くまでに紆余曲折があったという。
コック帽を被った男の子が舌を出したポパイのロゴ。このデザインに落ち着くまでに紆余曲折があったという。

 関係者へのインタビューでは、「ポパイ」のロケ弁の話の行間に、1990年代の一般映画ならびにピンク映画の衰退、Vシネマの流行と衰退、2000年代の製作本数の増加など、この30年ほどの間に日本映画がおかれていた状況が見えてきて興味深い。「ポパイ」のロケ弁も、日本映画の盛衰によって売り上げが左右されてきた。

 最近で弁当の売り上げが落ち込んだのは、言うまでもなくコロナ禍である。とくに最初の緊急事態宣言が発出された2020年4月からの2カ月間は、1件の注文も入らない日があったと鈴木社長は述べている。

 食事と制作進行の様子も一変した。撮影隊に“衛生班”という役割ができ、“車中メシ”(ロケバスのなどの車中で弁当を食べること)や“移動メシ”(移動中の車中で弁当を食べること)は感染リスク上昇につながるとして禁止になった。“バレメシ”(弁当を出さず、各自近隣の飲食店などで食事を済ますこと)が増え、お茶場もなくなった。このあおりを食って「ポパイ」のロケ弁の売り上げも低迷。コロナが5類に移行した最近になって、ようやくコロナ禍以前の水準に戻ってきたという。

 そして、食事は食べ物を口に入れるだけの行為ではない。忙しいスタッフにとって、仲間とのコミュニケーションの機会である食事休憩の時間を黙食で過ごすことの損失の大きさは計り知れない。コロナ禍が過去の出来事として歴史の1ページに封印されることを願ってやまない。

「ポパイ」との再会

 さる11月19日(日)、筆者はキネカ大森で開催された本作の“ポパイのお弁当付き上映”に行って来た。映画スタッフだった頃に食べたおにぎり弁当をもう一度味わってみたいという一念からであった。おにぎりの具は筋子と牛時雨煮で、当時とは違っていたが、ごはんや鶏唐揚げ、たくわんの味はそのままだった。

 作中で「あって当たり前でしょう、そんな存在じゃないの」と内藤剛志さん。これからも「ポパイ」の朝食弁当は、空気のように映画スタッフのそばにあって愛されていくのだろうと感じた。


【映画の朝ごはん】

公式サイト
https://eiganoasagohan.com/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2023年
公開年月日:2023年11月10日
上映時間:131分
製作会社:ジャンゴフィルム
カラー/サイズ:カラー/16:9
スタッフ
監督・企画・撮影・編集:志子田勇
制作統括:阿部浩二
製作:由里敬三
プロデューサー:飯塚信弘
撮影協力:芦澤明子
録音:百々保之
整音:松本理沙
音楽:yojikとwanda
ポスター絵画:伊藤ゲン
出演
竹山俊太朗
守田健二
福田智穂
鈴木直樹
磯見俊裕
大山晃一郎
沖田修一
黒沢清
下田淳行
瀬々敬久
内藤剛志
野呂慎治
樋口真嗣
藤井勇
山下敦弘
ナレーション:小泉今日子

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。