若者を移民からシェフへ育てる

[305] 「ウィ、シェフ!」から

現在公開中の「ウィ、シェフ!」は、フランスの南西部で移民の若者たちを調理師に養成する支援活動をしている元シェフ、カトリーヌ・グロージャン(Catherine Grosjean)の実話を元に、料理ドラマを通して移民の問題に向き合った作品である。日本の難民認定の少なさについては、「マイ・スモールランド」(2022、本連載第282回参照)で描かれていたが、移民大国と呼ばれるフランスでも厳しい事情を抱えていることが、本作を観るとわかる。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

シェフに従えなかった思い出の味

色とりどりのビーツを型抜きして飾り付けた「ビーツのパイプオルガン」。カティの思い出のつまった自慢の一品である。
色とりどりのビーツを型抜きして飾り付けた「ビーツのパイプオルガン」。カティの思い出のつまった自慢の一品である。

 舞台はフランス最北端の港町、ダンケルク。主人公のカティ・マリー(オドレイ・ラミー)は、料理リアリティー番組「ザ・コック」のスターシェフ、リナ・デレトのレストランでスーシェフ(副料理長)として働きながら、独立して自分の店を持つことを目指していた。

 レストランにTVの取材が入ったある日、日本の天ぷら、ペルーのセビーチェ、イタリアのカネロニ等をアレンジした料理が並ぶ厨房の中で、カティの担当は、色とりどりのビーツを型抜きして飾り付けた「ビーツのパイプオルガン」。そこにTVクルーと共にリナが現れ、「バルサミコをかけて」と指示を出す。見た目を重視しての指示だったが、この料理の発案者であるカティは味を優先。ビーツの土臭さを消すために蜂蜜とハイビスカス粉をかけて出す。客の評判はよかったが、閉店後にリナに呼び出されたカティは、“シェフの命令は絶対”という厨房の掟に背いたことをとがめられ、喧嘩別れのような形で店を辞めることになってしまう。

 カティがビーツのパイプオルガンのレシピにこだわったのは、カティの出自にまつわる思い出の料理だったから。回想の調理シーンには、カティのモデルとなったカトリーヌ・グロージャンも顔を出し、印象深いものになっている。

 カティは腕のよい料理人なのだが、人付き合いが苦手。それば、チームワークが重要な厨房では短所だった。いざ店を辞めてはみたものの、その欠点が災いし、なかなか次の店が決まらない。ついに得た働き口は、移民支援施設の住み込み料理人。施設長のロレンゾ(フランソワ・クリュゼ)による、“盛り過ぎ”の求人広告に釣られての応募だったのだが、ここでの出会いが、カティのその後の人生を大きく変えていくのである。

シェフの命令は絶対と教える立場に

 施設ではさまざまな事情を抱えて世界中から集まった若者たちが寮生活を送っていた。UAM(Unaccompanied Minors/同伴者のいない未成年者)と呼ばれる彼らは、18歳までにCAP(Certificat D’aptitude Professionnelle,職業適性能力資格)を取得しないと強制送還されてしまう。ロレンゾは彼らを守るため、行政や職業訓練校に掛け合う毎日。住み込みでフランス語を教えているサビーヌ(シャンタル・ヌーヴィル)も、彼らの世話で手一杯。施設内のキッチンは不衛生で、食糧庫には出来合いのラビオリだけという状態を何とかすることが、カティの最初の仕事となった。

 カティは、予算制限がある中で、自前の調理器具を持ち込み、既製品のラビオリを作り替えて魅力ある料理に仕上げる。ただし、こだわりが強過ぎて、出来上がったのは2時間遅れ。ランチ抜きの若者が続出し、ロレンゾからお目玉を食らってしまう。若者に出す料理は質は二の次で量があればいいと言い切るロレンゾ。

 そんなロレンゾに、カティは調理に人手が足りないと訴える。ロレンゾの返事は、若者たちに手伝わせてはどうかという提案だったのだが、実はこれこそがカティを雇ったロレンゾの真意なのだった。移民の若者たちを調理師に養成し、雇用を確保するという考えを持っていたのだ。

 カティは、若者たちの才能を見極めるため、彼らを集めてエシャロットの薄切りテストを行う。ところが、プロサッカー選手志望のジブリル(ママドゥ・コイタ)は、自分の国では男は料理しないと出て行ってしまう。カティは、厨房では人種も性別も宗教も関係ない。シェフの命令は絶対で、返事は「ウィ、シェフ」だけだと教える。

 原題の「La Brigade」の元の意味は、軍事用語の旅団。フランス軍の兵士たちは、上官が何か言うたびに、アメリカ軍の「イエス、サー」のように「ウィ、シェフ」と声を上げる。フランス軍参謀本部付きの料理人という従軍経験を持ち、現代フランス料理の基礎を整備したオーギュスト・エスコフィエは、この軍隊のシステムを基に、厨房内に部門と階層のある立体構造の組織=ブリゲード・ド・キュイジーヌ(brigade de cuisine あるいは単にbrigade)を構築した。

 本作では、皆で「仔牛のランプ肉 ローズマリー風味 ニンジンのピューレ添え」を作るに当たり、カティがこのブリゲードにひと工夫をこらす。移民の若者たちに人気があるサッカーになぞらえて、肉担当をフォワード、野菜担当をミッドフィールダー、ソース担当をディフェンダー、洗い場担当をゴールキーパーと呼んでグルーピングし、チームワークを引き出している。

 ただ、合言葉はもちろん「ウィ、シェフ」である。

 すべて順風満帆と思われた矢先、一度は飛び出しながら戻って来たあのジブリルを、思わぬ悲劇が襲う。もう黙っていられないと、カティが取った行動とは……。

リアリティーを支える3つの本物

 カティ役のオドレイ・ラミーは、厨房での料理人の一連の動きを身に着けるために、ミシュラン一つ星レストラン「アピシウス」「ディヴェレック」の厨房で、シェフのマチュー・パコーとクリストフ・ヴィレルメから数カ月間の指導を受けた。その成果は、リアルな調理シーンとして表れている。また終盤、「ザ・コック」のシーンでは、マチュー・パコーの他、ミシュラン二つ星レストラン「レストラン ギイ・サヴォワ」のシェフ、ギイ・サヴォワ等、挑戦者や審査員にも本物のシェフが登場し、作品にリアリティーを与えている。

「最強のふたり」(2011)で車椅子の大富豪フィリップを演じたロレンゾ役のフランソワ・クリュゼは、本作でのサッカーシーンの撮影中に全治2カ月のアキレス腱断裂という怪我を負ったが、その後も松葉杖姿で撮影に臨んだ。不自由な身体をおして支援に駆け回る姿がかえって必死に映り、文字通りのケガの功名となった。

 施設で暮らす若者たちは、実際にパリの移民支援施設で暮らす若者たち300人以上からオーディションで40人が選ばれた。ルイ=ジュリアン・プティ監督は、演技初体験の彼らにアウトラインだけを伝えることで、ナチュラルな言葉や動作を引き出している。


【ウィ、シェフ!】

公式サイト
https://ouichef-movie.com/
作品基本データ
原題:La Brigade
製作国:フランス
製作年:2022年
公開年月日:2023年5月5日
上映時間:97分
製作会社:Odyssee Pictures,Apollo Films,France 3 Cinema,Elemiah,Pictanovo
配給:アルバトロス・フィルム(提供:ニューセレクト)
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督:ルイ=ジュリアン・プティ
脚本:ルイ=ジュリアン・プティ、リザ・ベンギーギ・デュケンヌ、ソフィー・ベンサドゥン
協力:トマ・プジョル
製作:リザ・ベンギーギ・デュケンヌ
撮影:ダヴィッド・シャンビーユ
美術:セシル・ドゥルー、アルノー・ブニョール
録音:ジュリアン・ブラスコ、ブリュノ・メルセル
音楽:ローラン・ペレズ・デル・マール
編集:ナタン・ドラノワ、アントワーヌ・ヴァレイユ
衣装:エリーズ・ブーケ、リーム・クザイリ
キャスト
カティ・マリー:オドレイ・ラミー
ロレンゾ:フランソワ・クリュゼ
サビーヌ:シャンタル・ヌーヴィル
ファトゥ:ファトゥ・キャバ
ギュスギュス:ヤニック・カロンボ
ママドゥ:アマドゥ・バー
ジブリル:ママドゥ・コイタ

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。