美食スノッブたちへの挑戦状

[293] 「ザ・メニュー」から

2010年代、「エル・ブリの秘密 世界一予約のとれないレストラン」(2011、本連載第42回参照)のヒットをきっかけに、高級レストランや料理人、美食家等を題材とした「グルメ系フードドキュメンタリー」が次々に公開され、ちょっとしたブームになった。その流れは現在、Netflixのフードドキュメンタリーシリーズ「シェフのテーブル」等に受け継がれている。

 2020年代に入り、フィクションではあるが、変化が訪れている。ロンドンの高級レストランの舞台裏で次々に起こるトラブルをワンカットで描いた「ボイリング・ポイント 沸騰」(2021、本連載第284回参照)は記憶に新しい。そして今回紹介する「ザ・メニュー」は、高級レストランと料理人と美食家を揶揄した、グルメ業界に喧嘩を売るかのようなスリラーとなっている。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

波高し、船上のアペタイザー

 舞台は、太平洋沖の孤島にたたずむ、有名シェフ、スローヴィク(レイフ・ファインズ)が営む高級レストラン「ホーソン」。世界で最も予約のとれないレストランの、1回2,500ドル(時価換算30万円以上)のディナーに招かれたのは11名——
偏執的なグルメ、タイラー(ニコラス・ホルト)、
タイラーが別れたガールフレンドの代わりに連れて来たマーゴ(アニャ・テイラー=ジョイ)、
ホーソンの常連でリッチな熟年夫婦のリチャード(リード・バーニー)とアン(ジュディス・ライト)、
スローヴィクを見出した料理評論家のリリアン(ジャネット・マクティア)と編集者のテッド(ホール・アデルスタイン)、
グルメ番組の司会への転身を目論む映画スター(ジョン・レグイザモ)とアシスタントのフェリシティ(エイミー・カレロ)、
ホーソンのスポンサー企業の幹部、ソーレン(アルトゥーロ・カストロ)とブライス(ロブ・ヤン)とデイヴ(マーク・セント・シア)——
 彼らは給仕長のエルサ(ホン・チャウ)の案内のもと、一行は船でホーソンのある孤島に向かう。

 船内でアペタイザー(前菜)として振舞われたのは、アルギン酸ナトリウムなどで作られた人工レモンキャビアを添えた生牡蠣とミニョネットソース。タイラーはその味を絶賛するが、美食に興味のないマーゴは、牡蠣は普通に食べたいと言い、早くも二人の間にすきま風が吹く。

 タイラーは「99分,世界美味めぐり」(2014、本連載第119回参照)のフーディーズのような立ち位置だ。また、マーゴがリチャードと知り合いであることも、ドラマを引き立てるスパイスとなっている。

ストーリーが語られる品々。そして異分子

「パンのないパン皿」。コース料理に付いてくるはずのパンの代わりに、パンに付けるソースのみが出される。スローヴィクは、パンを食べられない貧困者がいるのに、パンを食べ飽きている上流階級の皆さんにパンは提供しませんと説明する。
「パンのないパン皿」。コース料理に付いてくるはずのパンの代わりに、パンに付けるソースのみが出される。スローヴィクは、パンを食べられない貧困者がいるのに、パンを食べ飽きている上流階級の皆さんにパンは提供しませんと説明する。

 パコジェット(冷凍粉砕調理器)等、近代的な調理器具を導入したホーソンの厨房では、そろいの制服に身を包んだ大勢のスタッフたちひしめき、ピンセットを使って、アミューズブーシュの「圧縮して漬けた白瓜とミルクスノー」を盛り付けている。このような光景は「エル・ブリの秘密 世界一予約のとれないレストラン」や「ノーマ 世界を変える料理」(2015、本連載第126回参照)でも見られたものである。ただ、異様なのは、彼らが皆同じ作業をしていることと、スローヴィクの号令に「Yes, Chef」と声をそろえて復唱するという、まるで軍隊かカルトのような一糸乱れぬ行動様式だ。

 スローヴィクは、一品目の「島」、二品目の「パンのないパン皿」等の料理に込めたストーリーを語るが、三品目の「“メモリー”ブレス産鶏モモの燻製アル・パストールと家宝のマサで作ったトルティーヤ」あたりから雲行きが怪しくなり、フルコースは狂気をはらんだものに変わっていく……。

 このディナーはすべてスローヴィクが計画し、客も彼が選んだ11人を集めたが、タイラーと現れたのがマーゴであったことは予定外だった。スノッブな美食とは無縁の庶民であるマーゴにとって、このディナーは退屈このうえないものであり、彼女の怒りがスローヴィクを狂気から一瞬目覚めさせ、料理人本来の仕事をさせることになる。ここでスローヴィクが作ったある庶民的な料理が、贅を凝らしたフルコースのどの料理よりも食欲をそそるのは、皮肉なことである。

料理と美術に注目

 劇中のホーソンの料理の数々は、女性としてアメリカ初のミシュラン三つ星に輝いたトップシェフ、ドミニク・クレン(Dominique Crenn)の手になるもの。彼女はマーク・マイロッド監督の演出意図を汲み、ストーリー性を感じさせる芸術的な料理を表現している。

 美術のイーサン・トーマンは、「エル・ブリ」や「ノーマ」もどきの洗練された高級レストランの内装を再現し、撮影のピーター・デミングは、「シェフのテーブル」を意識したカメラワークで料理を引き立てている。


【ザ・メニュー】

公式サイト
https://www.searchlightpictures.jp/movies/themenu
作品基本データ
原題:THE MENU
製作国:アメリカ
製作年:2022年
公開年月日:2022年11月18日
上映時間:107分
製作会社:Hyperobject Industries
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督:マーク・マイロッド
脚本:セス・ライス、ウィル・トレイシー
製作:アダム・マッケイ、ベッツィ・コッチ
撮影:ピーター・デミング
美術:イーサン・トーマン
音楽:コリン・ステットソン
編集:クリストファー・テレフセン
衣裳デザイン:エイミー・ウエストコット
料理監修:ドミニク・クレン
キャスト
スローヴィク:レイフ・ファインズ
マーゴ:アニャ・テイラー=ジョイ
タイラー:ニコラス・ホルト
エルサ:ホン・チャウ
リリアン:ジャネット・マクティア
リチャード:リード・バーニー
アン:ジュディス・ライト
テッド:ホール・アデルスタイン
フェリシティ:エイミー・カレロ
ソーレン:アルトゥーロ・カストロ
ブライス:ロブ・ヤン
デイヴ:マーク・セント・シア
映画スター:ジョン・レグイザモ

(参考文献:KINENOTE、「ザ・シェフ」パンフレット)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。