「真実」の料理、紅茶、そして…

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皆様、あけましておめでとうございます。年明け最初は前回予告の通り「ごはん映画ベスト10 2019」の番外編として仏日合作映画「真実」を取り上げます。

 映画「真実」は、第71回カンヌ国際映画祭で最高賞パルム・ドールを受賞した「万引き家族」(2018、本連載第186回参照)の是枝裕和監督が、海外のキャストとスタッフと共にフランスで撮影し、第76回ヴェネツィア国際映画祭でオープニング作品として初上映された。フィギュアスケートなどの競技になぞらえれば、いわば“エキシビション的”な作品と言えるが、カトリーヌ・ドヌーヴ、ジュリエット・ビノシュ、イーサン・ホークといったそうそうたる国際的スターを迎えながらしっかりと“是枝色”を出しているところが興味深い。

 そのはしばしを、映画に登場する食べ物・飲み物と共に見ていこう。

《以下、作品の内容に触れますので未鑑賞の方はご注意ください》

喧嘩しても切れない絆

 大まかなストーリーは、フランスの大女優ファビエンヌ(ドヌーヴ)の自伝本『真実』の出版を機に娘家族が帰郷し、自伝本の内容をめぐって母娘の葛藤が露わになっていくというもの。娘はアメリカで舞台脚本家として活動するリュミール(ビノシュ)、その夫は俳優のハンク(ホーク)、そして彼らの娘はシャルロット(クレモンティーヌ・グルニエ)だ。

 この手の映画で真っ先に思い浮かぶのはイングリッド・バーグマンとリヴ・ウルマンが母娘を演じたイングマル・ベルイマン監督の「秋のソナタ」(1978)であるが、本作は母娘の間に緊張が走る場面はあるものの、「秋のソナタ」のように母娘の関係が修復不可能なほど深刻な対立には至ることはなく、「歩いても歩いても」(2007、本連載第128回参照)や「海よりもまだ深く」(2016、本連載第128回参照)といった是枝作品で見られるような喧嘩しては仲直りする家族関係の一つの形として描かれている。

ファビエンヌをめぐる男たち

ファビエンヌの日常。犬の散歩の途中、中国料理店で休憩中。
ファビエンヌの日常。犬の散歩の途中、中国料理店で休憩中。

 ファビエンヌの自伝本出版を祝うため、リュミール一家以外の“家族”も参集する。ファビエンヌの現在の夫ジャック(クリスチャン・クラエ)は料理人という設定で、一家団らんの料理ではナス入りのラザニア、キノコとパンチェッタのパスタ等、今凝っているというイタリア料理を作って見せるのだが、後に公開された「特別編集版」ではイタリア料理の女先生との関係を匂わせるシーンが追加されている。

 食後の寝室でファビエンヌにイタリアンデザートのカッサータは誰に教わったのと聞かれたジャックは咄嗟に母親からだと答えるが、いつものティラミスの方がいいというファビエンヌは夫の浮気を見透かしながらその狼狽ぶりを楽しんでいるようにも見える。

 自伝本『真実』では死んだことにされているファビエンヌの元夫でリュミールの父ピエール(ロジェ・ヴァン・オール)も、何かおこぼれを期待して現われる。リュミールは母への当てつけで、ファビエンヌが実は魔女でピエールを魔法で庭にいるゾウガメに変えてしまったとシャルロットに教えていた。シャルロットが子供ゆえの遠慮のなさでファビエンヌにことの真相を尋ねると、ファビエンヌは調子を合わせ、今日だけは人間の姿に戻してやったのだと答える。するとタイミングよく亀のピエールは姿を消し、人間のピエールが現れたことから、シャルロットはすっかり信じてしまう。

 毒舌でちょっと意地悪だが可愛らしいところもあるファビエンヌの性格を示すエピソードの一つである。

 そんな中、影の主役とも言えるのが、ファビエンヌのマネージャー、リュック(アラン・リボル)。彼はファビエンヌを新進女優の頃から間近で公私にわたりサポートしてきており、ある意味ジャックやピエール、リュミールよりもファビエンヌを熟知している。それは紅茶の入れ方一つにも表われていて、猫舌のファビエンヌに熱過ぎずぬる過ぎずに紅茶を出せるのは彼だけである。

 そのリュックは、『真実』に自分のことが一行も書かれていないことを理由に辞職してしま。そこでリュミールが彼の役割の代わりを務めることになるのだが、リュミールが入れた紅茶をファビエンヌは「熱っ! もしこれが店なら訴えられるわよ」とダメ出し。結局、演技以外で人に頭を下げたことがないという“職業病”のファビエンヌがリュミールに脚本を書かせ、リュックの隠居先にまで出向いて復職の説得を“演じ”る羽目になる。しかしこれもファビエンヌの行動を予測して母娘の間を取り持とうとするリュックの大芝居かも知れず、作品を味わい深いものにしている。

“失われたミューズ”の幻影

 さらに、『真実』に書かれなかったのはリュックだけではなかった。リュミールが幼少の頃に、多忙のファビエンヌに代わって母親役となり、リュミールがファビエンヌよりも慕っていたサラ。彼女も女優でファビエンヌとは親友でありライバルでもあったが、若くして亡くなった。リュミールはサラの死の原因はファビエンヌに役を奪われたためだと思っており、母を許せない最大の理由になっていた。そこへ、「サラの再来」と言われている新進女優の存在がからんでくる……。

 誰かの不在が物語を動かすというシチュエーションは前述の2作品をはじめ是枝監督がよく使う手法だが、ドヌーヴが演じていることでどうしても想起してしまうのが、彼女の姉で、サラと同じように若くして亡くなったフランソワーズ・ドルレアックのことだ。ドルレアックはフランソワ・トリュフォー監督の「柔らかい肌」(1964)等に主演し、ジャック・ドゥミー監督のミュージカル映画「ロシュフォールの恋人たち」(1967)ではドヌーヴと姉妹デュオで素晴らしい歌と踊りを披露したヌーヴェル・ヴァーグの時代を代表する女優の一人である。ファビエンヌという役名がドヌーヴの本名(ミドルネーム)であることも、サラがドルレアックの投影であることと無縁ではないと感じさせる。

 そして昨年亡くなった是枝作品の“ミューズ”樹木希林を思わせる言動や所作を、世界のカトリーヌ・ドヌーヴに演じさせるという試みにも驚かされた。たとえば、撮影中にナーバスになったファビエンヌが「目線の前に立たないで!」とスタッフを叱りつける場面。ファビエンヌの下から反射板で間接照明を当てていた照明助手の女性スタッフが咄嗟に身を外そうとすると、「あなたはいいのよ」と声をかける間合いは、樹木希林そのもののように感じられた。

 でも案外ドヌーヴも似たようなパーソナリティなのかも知れない。気になる方はNHKで放映され、先日劇場公開されたドキュメンタリー「樹木希林を生きる」での樹木希林と本作のドヌーヴを見比べてみて欲しい。

樹木希林を生きる(公式)
http://kiki-movie.jp/

 最後になるが、ドヌーヴ、ドルレアックと同時代のヌーヴェル・ヴァーグ女優、アンナ・カリーナが昨年12月14日に亡くなった。ファンの一人として哀悼の意を表したい。


【真実】

公式サイト
https://gaga.ne.jp/shinjitsu/
作品基本データ
原題:La Vérit
製作国:フランス、日本
製作年:2019年
公開年月日:2019年10月11日
上映時間:108分
製作会社:3Bプロダクションズ、分福、MIムービーズ、フランス3・シネマ
配給:ギャガ
カラー/サイズ:カラー/ヨーロピアン・ビスタ(1:1.66)
スタッフ
原案・脚本・監督・編集:是枝裕和
製作:ミュリエル・メルラン、福間美由紀、マチルダ・インセルティ
撮影:エリック・ゴーティエ
美術:リトン・ドゥピール・クレモン
音楽:アレクセイ・アイギ
録音:ジャン・ピエール・デュレ
衣装:パスカリーヌ・シャヴァンヌ
フードスタイリスト:飯島奈美
キャスト
ファビエンヌ:カトリーヌ・ドヌーヴ
リュミール:ジュリエット・ビノシュ
ハンク・クーパー:イーサン・ホーク
アンナ・ルノワ:リュディヴィーヌ・サニエ
シャルロット:クレモンティーヌ・グルニエ
マノン・ルノワール:マノン・クラヴェル
リュック:アラン・リボル
ジャック:クリスチャン・クラエ
ピエール:ロジェ・ヴァン・オール

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。