「ローズ家〜崖っぷちの夫婦〜」の妻の職業はプロの料理人。フード的視点からも見どころ満載である。
中世イングランドで発生した薔薇戦争(1455〜1487)になぞらえて、ある夫婦の壮絶な離婚劇を描いたウォーレン・アドラーの小説を、マイケル・ダグラスとキャサリン・ターナー主演で映画化した「ローズ家の戦争」(1989、ダニー・デヴィート監督・出演)。今回紹介する「ローズ家〜崖っぷちの夫婦〜」は、その「ローズ家の戦争」を現代風にアレンジしたリメイクである。
※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。
レストラン厨房での急展開
オリジナルではオークション会場だったローズ夫妻の出会いは、本作ではロンドンのレストランに置き換えられている。仕事仲間とのミーティングに参加していた建築家のテオ(べネディクト・カンバーバッチ)は、自身のアイデアを否定され、思わず席を立つ。怒りが収まらないテオは厨房に向かい、発作的に包丁を手に取ろうとする。
それを止めたのは、シェフのアイビー(オリヴィア・コールマン)。アイビーは包丁の代わりに調理していたサーモンのカルパッチョを差し出し、テオは乾燥ブラックベリーで味付けされた斬新なおいしさに驚かされる。
印象的な出会いを果たした二人は一瞬にして恋におち、そのまま貯蔵庫で愛し合い、共に渡米することに。おいしいという味覚が恋愛衝動に発展した一例である。
デヴィッド・チャンのオファー

それから10年後、カリフォルニア州北部のメンドシーノ郡でテオとアイビーは双子(男子と女子)の子どもたちと幸せな家庭を築いていた。テオは売れっ子の建築家として成功する一方、アイビーはキャリアを中断して子育てに専念。料理への情熱は家庭でのケーキ作りなどで発散していた。
テオはアイビーの夢を叶えるためにビーチに面した物件を購入。アイビーが自慢の腕を振るうためのレストランの開業を後押しする。家事に支障がないように営業日を週2回に限定した店の名前は「We’ve Got Clubs」。Club(クラブ)とCrab(カニ)をかけたレストランのスペシャリテは、カリフォルニア湾の豊富な食材を使ったシーフード料理である。
そんなある日、思わぬアクシデントが起こる。テオが帆船風に設計したイーストベイ海洋博物館が、カリフォルニア州北部を襲った記録的な嵐によって崩壊したのである。博物館崩壊の動画はSNSで拡散され、帆の強度不足などの欠陥を指摘されたテオは建築会社を解雇されてしまう。一方の「We’ve Got Clubs」にはインフルエンサーが来店し、SNSで高評価のレビューが拡散されて店は大繁盛。料理評論家からもほめられ、アイビーは営業日を増やすことにする。
失業したテオと多忙になったアイビー。ここに夫婦の役割は逆転し、アイビーがレストランの収入で家計を支え、テオは専業主夫として子どもたちの面倒を見ることになる。
アイビーのシェフとしての評判はうなぎ上りで、ニューヨークの有名シェフ、デヴィッド・チャンから誘いを受けるほど。デヴィッド・チャンは、ニューヨークのラーメン・レストラン・ブームを牽引した「Momofuku」を作ったシェフでレストラン経営者。Netflixのドキュメンタリー「デイビッド・チャンの世界を食べつくせ!」(2019)などへのメディア出演や著作も多数の人気シェフである。
ところが、アイビーの成功にテオは嫉妬を募らせていく。一方のアイビーも、のびのび自由に育てていた子どもたちが、テオによって“脳筋人間”に改造されていくのが我慢ならなくなり、二人の関係は悪化してゆく。
ジュリア・チャイルドのコンロ
支店を拡大し、どんどん多忙になっていくアイビーは、それでもテオとの関係を修復するため、家族のための“夢の家”の設計をテオに依頼する。ようやく生きがいを取り戻したテオは、こだわりの末に3年かけて家を完成させる。
アイビーの希望でキッチンには、ジュリア・チャイルドがフランスで料理を始めた頃に使っていたコンロを設置。ジュリア・チャイルドとは、テレビ番組「ザ・フレンチ・シェフ」(“The French Chef”)にレギュラー出演し、「ボナペティ!」(Bon appétit、フランス語で「召し上がれ」の意味)の名文句で人気者になったアメリカの料理研究家。著書の「王道のフランス料理」(“Mastering the Art of French Cooking”、初版1961年、共著シモーヌ・ベック&ルイゼット・ベルトール)は今も多くの料理愛好家のバイブルになっており、ジュリアの半生はメリル・ストリープ主演の映画「ジュリー&ジュリア」(2009、本連載第106回参照)でも描かれている。
折しも、13歳になった子どもたちはスポーツ奨学金でマイアミのスポーツアカデミーに入学することになり、両親の元を離れる。子育てから解放され、二人きりとなった“夢の家”の中で、だが、アイビーとテオの仲にはさらなる亀裂が生じていく……。
この先はネタバレになるので書かないが、ジュリア・チャイルドのコンロが大きな役割を果たすことだけは申し添えておく。
料理、ケーキ、そしてネグローニ
「女王陛下のお気に入り」(2018)で第91回アカデミー賞主演女優賞を受賞したオリヴィア・コールマンと、「イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密」(2014)で第87回アカデミー賞主演男優賞にノミネートされたべネディクト・カンバーバッチという、二人のイギリス人名優の競演が最大の見どころである。「We’ve Got Clubs」の料理や、アイビーが家で作るホームメイドを超えたケーキの見事さも特筆すべきだろう。
また、ラブラブな食事シーンでも、険悪なホームパーティーのシーンでも登場する夫婦お気に入りのカクテル「ネグローニ」が印象に残った。ジンとカンパリとスイート・ベルモットを1:1:1の割合で氷の入ったグラスに注いでステア(かき混ぜ)し、スライスオレンジを飾ったイタリア・フィレンツェ生まれのカクテルである。
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- Momofuku
- https://www.momofuku.com/
- デイビッド・チャンの世界を食べつくせ!
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- The French Chef
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- Mastering the Art of French Cooking
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- ジュリー&ジュリア
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- 本連載第106回
- https://www.foodwatch.jp/screenfoods0106
- 女王陛下のお気に入り
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- イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密
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【ローズ家~崖っぷちの夫婦~】
- 公式サイト
- https://www.searchlightpictures.jp/movies/theroses
- 作品基本データ
- 原題:The Roses
- 製作国:アメリカ
- 製作年:2025年
- 公開年月日:2025年10月24日
- 上映時間:105分
- 製作会社:South of the River, SunnyMarch, Delirious Media
- 配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
- カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
- スタッフ
- 監督:ジェイ・ローチ
- 脚本:トニー・マクナマラ
- 原作:ウォーレン・アドラー
- 製作:アダム・アクランド、リア・クラーク、エド・シンクレア、トム・カーヴァー、ジェイ・ローチ、ミシェル・グラハム
- 撮影:フロリアン・ホーフマイスター
- 美術:マーク・リッカー
- 音楽:セオドア・シャピロ
- 音楽監修:マギー・フィリップス
- 編集:ジョン・ポール
- 衣裳デザイン:P・C・ウィリアムズ
- キャスティング:ニナ・ゴールド
- キャスト
- アイビー・ローズ:オリヴィア・コールマン
- テオ・ローズ:べネディクト・カンバーバッチ
- バリー:アンディ・サムバーグ
- エイミー:ケイト・マッキノン
- エレノア:アリソン・ジャネイ
- ジャニス:ベリンダ・ブロミロウ
- ジェーン:スニータ・マニ
- ジェフリー:チュティ・ガトゥワ
- ローリー:ジェイミー・デメトリウ
- サリー:ゾーイ・チャオ
(参考文献:KINENOTE)
