貿易等の外交交渉に関わる国内対応(2)

外交交渉の裏には、国内対応の成否があり、課題によってはこの国内対応自体も“外交”の様相を呈する。省庁の担当職員は、この内外の対応のために地道かつ泥臭い仕事も行うことになる。

外交交渉の内容は国内対応の可否で決まる

 元に戻ると、輸入関税引下げ等で海外品の競争力が強くなる可能性がある場合、それに対応した生産を可能とするための措置や他産品への切り替え措置について検討がなされる。

 逆に言えば、そのような対応が可能な範囲内で交渉が行われることが多く、その範囲を超える場合は、単なる行政担当レベルを超えた相当大きな判断となる。

 また、FTA交渉等の外交交渉においては、当初は予想もされなかった取引きがされることもある。

 アジアの国から輸出関税引下げ要求の強かったある産品について、その産品の性質上国産プレミアムは期待することが困難であり、また、内外の生産コスト差を埋め合わせることも難しく、さらに他の産品の生産に転換することが難しいものがあった。

 しかも、当該産品の関係する地域特有の事情により政治的に関税引下げが困難であったが、諸般の対応により何とか妥結したところである。

 なお、当該産品について、先進国は共通して国際競争力が弱いために、WTO交渉等においてはその自由化に積極的な議論はそれほどされなかった。

 このような状況下においては、一般的に先進国においては、物品の輸入関税引下げに代えて途上国の求める外国人労働者の受け入れを認容することも見られるところである。

何事も整然と粛々と進むとは限らない

 このような交渉においては、国内対応での徹夜作業がしばしば行われる。

 交渉地が外国である場合は、時差の関係で深夜に作業が行われることがあり、時差がそれほどない場合でも、交渉中に国内対応の準備をする場合もあるため、国内対応措置に関係する行政機関間で早急に対応策をまとめるための徹夜作業が行われることもある。

 ちなみに、あるアジアの王国の外交団は帝国ホテルに長期滞在することを好み、日本のホテルはサービスがよいが宿泊費も相応のものであるとしていた(それはそうでしょう)。

 なお、国内対応を行う部門は通常は外交関係の業務を行わないために、手間取ることも多い。たとえば、国際交渉団が宿泊しているドイツのホテルのフロントに電話をしても相手が英語を理解しないため(旧西ドイツの地域は英語が通じるとされるが、都市部以外の年配者ではそんなこともある)、何十年も前に習った下手なドイツ語でやりとりしたりといったこと。また、新聞に載るような法案を何本も作成したことがあるが、海外出張経験がないどころか飛行機にさえほとんど乗ったことがない者が、いきなり欧州に派遣されることとなり、成田空港職員に「改札はどこか?」と尋ねたという例もある。ただし、この者が、ドイツの空港で下手であってもドイツ語で自己紹介をすると極めて丁寧な対応がなされたことを付言する。

 とくに、韓国関係では、行政機関内外に韓国の情報が少なく、韓国語と日本語の関係用語対訳集を手製で作り、日本で博士号を取得された韓国の大学教授の御厚意で情報を収集するということも行われた。なおお礼は酒である。

TPP対応の実際はまだ不明だが

 もちろん、行政機関には外交関係に詳しい者も当然いるが、FTA関係作業は、このようにそれら以外の者も巻き込むことが多い。

 さらに、FTA交渉・署名後には、条約の国会での承認を得るため、また、条約を実施するための国内法を制定する必要があるため、関係議員への説明が行われる。

 そこでも、やはり国産プレミアムがどの程度消費者に認められるかが議論になることが多いが、難しい点もある。

 このようにFTA交渉とその国内対応、関係法制度整備は行われるが、今後のTPPについてはどのように進められるかは、まだ不明のところが多い。

 ただし、本稿で述べたように、関係国の直接交渉担当者だけで交渉は完結するものではなく、関係する職員らが震災対応の中でそのための労力を投入することの困難さをご理解いただければ幸いである。

 なお、本稿は個人の責任において記したものであり、具体的な事象を一部変えて掲載しており、内容は具体的な事実とは必ずしも一致しない点をご理解いただき、またこの記事に関して官庁に問い合わせ等をされないようお願いする。

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About 高木正雄 6 Articles
中央官庁室長級 たかぎ・まさお 現役中央官庁官僚。6本以上の法案作成に関与。大学講師(食品・法学)兼務。編著書は法律解説書、雑誌記事他計20冊(件)以上。