トレハロースがあることで乾燥しても生き返る虫

国際宇宙ステーション
国際宇宙ステーション(NASA/アメリカ航空宇宙局)

だんごをもちもちしたままにできるトレハロースについて話していたリョウとタクヤ。今回はなぜか宇宙の話から。

ネムリユスリカの宇宙旅行

国際宇宙ステーション
国際宇宙ステーション(NASA/アメリカ航空宇宙局)

リョウ 「来たか。ごくろう」

タクヤ 「いやー、イプシロンロケット打ち上げ中止、残念でしたね」

リョウ 「次回に期待だ」

タクヤ 「ではさようなら」

リョウ 「ちがう、オレたちの会話の次回じゃなくて、ロケット打ち上げの次回だ」

タクヤ 「ばれたか」

リョウ 「ま、とにかくロケット喪失したとかじゃなくてよかったじゃないか」

タクヤ 「どうもロケットが自分で異常を見つけて、自分で中止したようですね」

リョウ 「だったらこっちにも教えてほしかったと、カウントダウンしていたおじさんは思っているに違いない」

タクヤ 「まあまあ、一生懸命やっていらっしゃるんですから」

リョウ 「うん。頑張ってください。しかし、ロケットの話は食の現代素材の探検とはちょっと関係ないな」

タクヤ 「いや、そうでもないですよ。ネムリユスリカの宇宙旅行なんかありますからね」

リョウ 「眠り強請りか?」

タクヤ 「漢字で書くなら『眠り揺蚊』でしょうね。ハエ目という意味では蚊の仲間ですけど蚊とは科が違って、血は吸いません」

リョウ 「カ科とユスリカ科か?――早口言葉かよ。だけどそんな虫と食と、どう関係あるんだ」

タクヤ 「ネムリユスリカは生き返るんですよ」

リョウ 「そりゃすごそうだけど、それがどうした」

タクヤ 「ネムリユスリカが生き返るのはトレハロースのおかげなんですよ」

リョウ 「え? そんなことあるのか?」

タクヤ 「だから前回の最後に、トレハロースっていろいろな動植物から発見されてて、どうもいろいろ気の利いたところのある物質らしくってって、言ったじゃないですか」

乾燥したネムリユスリカの蘇生

リョウ 「ふーん。しかし、何で宇宙なんか連れて行かれたんだ? 宇宙で死んで地球で生き返ったのか?」

タクヤ 「ネムリユスリカが『生き返る』という表現はちょっと正確じゃないんですがね。これ、アフリカの半乾燥帯にいる昆虫なんですが、幼虫は水たまりの中に棲んでまして」

リョウ 「いわゆるボウフラってことだな」

タクヤ 「普通のユスリカの幼虫ならアカムシっていって、釣りの餌ですね」

リョウ 「へぇ。でも、半乾燥帯なら、水たまりが干上がることもあるだろう。かわいそうに」

タクヤ 「さてお立ち会い。ネムリユスリカは水たまりの中で泥を集めて巣管というものを作って、その中におります」

リョウ 「そりゃ壮観だろうな」

タクヤ 「いや、体長数mmのちっちゃなものです。ところがこの水たまりが干上がっちゃうわけですが」

リョウ 「ソーカンがカンソーしちゃうな」

タクヤ 「ネムリユスリカの幼虫本体も乾燥しちゃいます」

リョウ 「干しネムリユスリカ。ミイラになってご愁傷様です」

タクヤ 「ところがどっこい、これを再び水に入れてやりまして」

リョウ 「3分待てばおいしいラーメンの出来上がりと」

タクヤ 「いやいや。1時間ほど待ってもらいましょう」

リョウ 「どうなる? 戻し干しネムリユスリカになるか」

タクヤ 「水に戻って、動き出します」

リョウ 「はぁー。ほんとに生き返るんだ」

タクヤ 「神秘です」

リョウ 「ネムリじゃない他のユスリカはどうなんだ?」

タクヤ 「そうはならないでしょうね」

高温・極低温にも耐える乾燥ネムリユスリカ

リョウ 「やるなぁ、ネムリの野郎。賞味期限はあるのか?」

タクヤ 「食べ物じゃないですって。記録としては、乾燥剤入りの容器に入れて17年間保管した後、水に入れて蘇生したという」

リョウ 「すげぇな。最近景気悪いから、景気回復するまでオレも寝てぇな」

タクヤ 「またそういう弱腰なことを。ま、ネムリユスリカの幼虫も過酷な世の中には弱くて、水温が43℃だと1時間以内で死んじゃうそうです。5℃とかの低い温度でもすぐ死んじゃうと」

リョウ 「まあ、だいたいの生き物はそんなもんだろう」

タクヤ 「ところが、干しネムリユスリカの状態だと、103℃の環境に1分間さらした後で室温で水に戻してみたら動き出したそうです」

リョウ 「はあー。実験した人もすごいな」

タクヤ 「もっとすごい実験してますよ。106℃で3時間、200℃で5分間、それでも蘇生する個体がいるんだとか」

リョウ 「もうやめてあげて!」

タクヤ 「じゃ冷やしましょう。-190℃で77時間。または-270℃で5分。これでもびくともしなかったと」

リョウ 「-270℃って、ほとんど絶対零度に近いぞ」

タクヤ 「あとですね、100%エタノールに生きている幼虫を浸すとすぐ死んじゃいますが」

リョウ 「当たり前だ」

タクヤ 「干しネムリユスリカの状態では、168時間浸しておいても水に戻すと蘇生したそうです」

リョウ 「えぇーー!」

タクヤ 「もう一つ。放射線も当ててみました。生きているネムリユスリカは2000Gy(グレイ)以上の放射線を当てると、だいたいが死んじゃうんですが……」

リョウ 「もうやめて~」

タクヤ 「干しネムリユスリカの状態では、7000Gyの放射線を当ててから水に戻したら生きておったと」

リョウ 「はぁ」

タクヤ 「サナギにはなれなかったそうですが」

リョウ 「それであんまりすごいやつだから、じゃあ宇宙に連れてったらどうだと」

タクヤ 「いうわけで、2005年9月に干しネムリユスリカをロシアの宇宙船に乗せて国際宇宙ステーション(ISS)にお連れしまして、30日間滞在あそばされ、地球に帰還しまして、つくばの農業生物資源研究所にお戻りと」

リョウ 「あ、日本の研究だったの?」

タクヤ 「ロシア科学アカデミーとの共同研究ですね。で、水に戻したら蘇生してサナギになって成虫になって産卵して、その次の世代も元気ですよということです」

リョウ 「オレも国際宇宙ステーション行きてーな」

タクヤ 「そっちか。で、2年後またネムリユスリカをISSに持ってったんですが、これは金属の容器に入れて宇宙船外にさらしてという実験もしています」

ネムリユスリカの体にトレハロース

リョウ 「うーん、とにかくすごいな。だけど、そのこととトレハロースがどう関係してるんだ? トレハロースを食わせるとかしてたのか?」

タクヤ 「隊長の血糖はブドウ糖ですね」

リョウ 「お前のもだ」

タクヤ 「昆虫の血糖は、実はトレハロースなんです」

リョウ 「へぇー。知らんかった」

タクヤ 「で、活動しているネムリユスリカの幼虫の体液には0.5~1%程度のトレハロースがあるそうですが、これが干しネムリユスリカの状態では20%ぐらいに増えているんだそうです」

リョウ 「ほぅ」

タクヤ 「なので、干しネムリユスリカを水に戻して蘇生するのには、これが関係しているのだろうと」

リョウ 「ふーん。しかしな、そのメカニズムちうものが知りたいね。トレハロースがあると、何がどう働いてそんなすごいことになるのか」

タクヤ 「今日はくたびれたので、もう帰ります」

リョウ 「えー」

タクヤ 「また次回」

リョウ 「早く知りたいー」

●参考:
ネムリユスリカのHPにようこそ!
http://www.nias.affrc.go.jp/anhydrobiosis/Sleeping%20Chironimid/index.html

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