いつかとんでもないことが起こる

 1月13日に座礁した客船コスタ・コンコルディア号の事故は、10名を超える死者を出す惨事となりました。

 フランチェスコ・スケッティーノ船長については、乗客・乗員を差し置いて下船しようとしてイタリア沿岸警備隊の叱責を受けた際の音声が公開され、その無責任で不真面目かつ腰抜けぶりが話題となっていますが、異常な肝のすわりぶりも報ぜられています。座礁した21時41分から約1時間後に船内のレストランで夕食を注文し、船が傾く中、同伴の女性と食事を続け、しっかりデザートまで待っていたとのこと。

 船乗りとしての経歴などどのようであったのか、またこのときの食事の味がどう感ぜられたかなど、興味のあるところです。

 海上における人命の安全のための国際条約の定めるところにより、乗客が24時間以上滞在する船では、乗船から24時間以内の避難訓練実施が義務付けられているそうです。同船ではこれが行われていなかったことが当初指摘されましたが、船会社は、出港が夜だったため訓練は翌日に予定していたことと、通常は入念な訓練を行っていることを説明しています。

 法令も、前例も、現実には100%頼りになるものではないということの例です。

 東京電力福島第一原子力発電所事故で、私たちはこのことを思い知らされたわけですが、これについてはプラクティカルな訓練が全くされていなかったことがわかってきています。大陸にある諸外国では、そもそも人が住む地域のそばに原子力発電所は作らないことになっているところを、わが国は国土が狭いせいなのか、そうはなっていませんでした。であればなおのこと、諸外国の基準を上回る規模と入念さで、各種の事故に対してそれらに対応した各種の実地訓練があってしかるべきでしたが、現実に有効なものというのはなかったのでしょう。

 いつか何かとんでもないことが起こり得ると考えれば、周辺住民の全員避難を含む国家レベルの統合演習をある期間ごとに行うとか、新しく転入してきた人には24時間以内に同内容の訓練を行うなどもあって当然だったはずです。「原発はローコスト」とする宣伝の背景には、こうした有効な対策の省略や、加えて言えば使用済み核燃料の“棚上げ”があったわけです。

 電力会社も、行政も、酷ではありますが被災地の方を含む我々国民も、“いつか何かとんでもないことが起こる”ことに目をつぶっていたか、甘く見ていたか、全く何もわかっていなかったか、責任論とは全く別に各々が反省し学んでおくべき点があると思います。

“とんでもないこと”が起こらないために、船は陸から十分な距離をとって進むべきですし、それでも起こり得る“とんでもないこと”のために、対策と訓練は必要です。

 昨年、震災と原発事故に揺れるさなかに起こった腸管出血性大腸菌による食中毒事故も、実にいたましい事件でした。これも、ユッケを提供した店、生肉を納めた食肉業者、食べたお客さん、そして行政、それぞれに、責任論とは全く別に“いつか何かとんでもないことが起こる”ことに目をつぶっていたか、甘く見ていたか、全く何もわかっていなかったかという事情があったでしょう。

 長年ユッケを扱っている店のプロから見れば、あの価格でユッケを提供することはいつ足を踏み外してもおかしくない曲芸に見えたでしょう。その知識、感覚が、素人経営者にも、消費者にも、十分伝わっていなかったことは悔やまれます。

“何もわかっていない”あるいは“甘く見る”――こうしたことは、衛生教育で解決していくことができるはずです。それは今後官民で力を入れていくとして、根深くより危険な問題は“目をつぶっている”ことであるように思われます。

 原発の“安全神話”(神話というよい言葉をこんなことに使いたくないものですが)とは、「絶対安全」を前提とした各種の法令、行動、習慣で構成されます。しかし、分別のある大人であれば、“絶対”と付いている段階で眉に唾を付けてみるものです。これを受け容れるなり荷担するなりしたというのは、目をつぶったのです。

 食品の生食にも“絶対”はないのです。これは食肉に限らず、魚介でも、野菜でも、生食では“いつか何かとんでもないことが起こり得る”のです。海産の魚介なら生食しても問題ないように思っていても、実際にはいつか誰かが微生物や寄生虫に当たるようになっています。丸ごとの状態で流通する野菜も、無菌室で作るでもしない限り、何かはあり得る。

 そうしたことに、私たちは目をつぶっているのです。これは通常、原発の場合と同じようにリスクとコストとを天秤にかけて、目をつぶる(提供する/食べる)か排除する(提供しない/食べない)かを決めています。もちろん、許容するコストの程度によってリスクの程度も変動します。

 また、目をつぶるということには、危険に目をつぶる以外に、安全に目をつぶるということもあります。たとえば、食品の生食でより決定的な安全策を取るには、今日日本国内では通常行われていない方法を選択する手はあります。すなわち、食品照射(放射線を照射することで殺菌・殺虫等の効果を得る)です。これについての高い効果と安全性はいくつも報告されています。

 しかし、私たちはそれに目をつぶっています。ここにも、アトミックの話題を正面から見据えて真剣に考えることをしない日本人の癖が現れています。リスクは危険と安全の両面で成り立っているものです。あらゆる事態とあらゆる可能性を考える勇気と真面目さを持っていたいものです。

 迷いが出たときは、私はあの船長の顔を思い出すことにしました。

※このコラムはメールマガジンで公開したものです。

齋藤訓之
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Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。「FoodScience」(日経BP社)では「食の損得感情」を連載。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。日本フードサービス学会会員。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ → ※齋藤訓之のブログ →