注ぎ方でブショネは回避できるが

最初の1杯から順に、それぞれのグラスのワインの味の違いを確かめる
最初の1杯から順に、それぞれのグラスのワインの味の違いを確かめる

同じワインを複数の人がテイスティングすると、評価が分かれることがよくある。これは個人差によるものと思いがちだが、その原因をある視点で考えると単純なメカニズムから必然的にそうなることがわかる。ただし、これは既存レストラン業界にとっては絶対に認めたくない事実でもある。

同じワインでも評価が分かれる不思議

 複数人でワイン・テイスティングをすると、ワインの評価が著しく分かれることが多々ある。それは個々の味覚と表現能力の違いもあるから、当然のことと納得してしまいがちだが、本当にそうだろうか?

 また、複数人で複数のワインを同時にテイスティングしたときなどは、aというワインでは全く同じ評価をしている人同士が、bというワインでは、評価が大きく分かれてしまうという場合がある。aというワインの評価では一致した評価をできた複数人が、bというワインの評価では全く異なる評価を下すのである。これは不自然であり、個々の味覚の知覚能力と表現能力の違いとは言い難いように感じる。そういった場合に直面することがままあるのだ。

 私は、この別な評価を下した人同士は、ほとんどの場合、両人とも正しい評価をしているのだと考える。その理由を解説しょう。わかってしまえば簡単なことだ。読者のみなさんも一度はお試しいただきたい。

最初の1杯から順に、それぞれのグラスのワインの味の違いを確かめる
最初の1杯から順に、それぞれのグラスのワインの味の違いを確かめる

1. 清潔な同じ型のワイン・グラスを4つ用意してくもらいたい。
2. 清潔なミネラル・ウォーターを注いでグラスをよくローリングし、その水を捨てる。
3. ワインのコルクを抜き、4つのグラスに順番に注ぐ。
4. ワインを、注いだ順番に味わっていく。
5. ここまでをやって、最初のグラスのワインから、4番目のワインまでの味の違いをメモしてから、以下をお読みいただきたい。

6. 4つのグラスのワインはそれぞれに味わいが異なることに気が付くはずだ。通常、このようになるだろう。

・1杯目のグラスのワインは、苦味を強く伴い、香りの立ちが悪い。
・2杯目のグラスのワインは、苦味は多少感じられる程度に減少するが、香りの立ちはあまりよくない。
・3杯目のグラスのワインは、苦味はなく、心地よい甘味・酸味があり、さらに香りの立ちがよい。
・4杯目のグラスのワインは3杯目のグラスのワインと全く同様の香味。

 なぜそうなるのか。これは、コルクが接していた瓶口内壁に、コルク樫の樹脂やトリクロロアニソール、コーティング剤、さらにはそこに浸み上がったワインが空気や前記物質と複雑に反応して形成された酸化物が付着しているためと思われる。

原因はコルク栓ボトルの瓶口内壁に付着した不快物質

 1杯目のグラスには、これらの不快物質が瓶口内壁からワインで洗い流され、一緒にグラスに注ぎ込まれてしまう。ただし、ボトルを傾斜させる角度が浅いので瓶口上端部に“洗い残し”がある。そのため、2杯目のグラスにも多少混入してしまう。

 また、1杯目と2杯目のグラスを空けてから、4杯目まで注いでなおボトルに残るワインを注ぎ足した場合も、3杯目と4杯目のような味わいにはならない。それは、1杯目と2杯目のグラスに不快成分が残留しているためだ。このこともぜひ一度はお試しいただきたい。

 このようなわけで、3杯目以降のワインだけでテイスティングを行えば、評価が大きく分かれてしまうようなことは確実に減少する。

 いかがだろうか? 私の経験上、これは天然コルクで打栓されたすべてのワインで体験できる事象である。

 1本のワインを複数人でテイスティングして評価が分かれてしまう原因は、歴然と存在していたのである。また、複数のワインを複数人でテイスティングする場合、注ぎ順がバラバラであれば、この整然とした現象を把握できなくなってしまうことにも気付いていただきたい。

戸塚昭先生、3杯目をグッと出し現象

 私がこのことに気付いたのも、「六人会」という会が毎回およそではあるが席順が固定していて、必ず安井氏から時計回りでワインを注いでいたことによるところが大きい。さらに、ヴァンテックス事務所で行う「ワイン品質研究会」で戸塚昭先生と試飲するときの、先生の特異な行動から、いよいよそのメカニズムを探求することとなった。

「戸塚先生の特異な行動」とは、こうだ。ワインを抜栓して注ぎ分けるとき、同席者が先生に敬意を表して一番に注ごうとすると、先生は必ず辞退なさる。ところが、3杯目を注ごうとすると「そろそろ私にも注いでください」と、自らグラスを差し出されるのである。

 私は密かに「戸塚先生、3杯目をグッと出し現象」(「居候云々」のもじり)と命名していた。

 これをヴァンテックスの西尾宗三氏に話すと、「そうなんだよ。今度直接聞いてみようぜ!」ということになり、特異行動の理由をうかがった。戸塚先生の答えは「だって、1杯目と2杯目はおいしくないんだもの」というものだった。ただし、「理由はまだよくわからないんだよ」とのことであった。

 当初は、私も西尾氏も漠然と、「ボトル内のワインの構成成分の比重差による分離現象」かもと思い込んでいた。

 一方、「だって、1杯目と2杯目はおいしくないんだもの」という事実は、レストラン業界が絶対に容認しないものであることに思い至り、当時の「ワイン品質研究会」はこの事実を封印した――レストランのサービスでは、抜栓して最初に注ぐ少量のワインをその席のホストがテスト・テイスティングし、主賓に2杯目を注ぐのがマナーとされているのだ。この従来からの作法では、最悪の部分をホストと主賓が味わっていることになるのだ。

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About 大久保順朗 82 Articles
酒類品質管理アドバイザー おおくぼ・よりあき 1949年生まれ。22歳で家業の菊屋大久保酒店(東京都小金井市)を継ぎ、ワインに特化した経営に舵を切る。「酒販ニュース」(醸造産業新聞社)に寄稿した「酒屋生かさぬように殺さぬように」で注目を浴びる。また、ワインの品質劣化の多くが物流段階で発生していることに気付き、その改善の第一歩として同紙上でワインのリーファー輸送の提案を行った。その後も、輸送、保管、テイスティングなどについても革新的な提案を続けている。