“日本ワイン”夜明けの3人

麻井宇介と「ウスケボーイズ」

“現代日本ワインの父”麻井宇介とその弟子たちを描いた映画「ウスケボーイズ」をご紹介する。

消費者に選ばれる「日本ワイン」の誕生

 今秋、昨今の日本のワイン事情を象徴するような変化が訪れた。

 2015年10月30日に国税庁が制定した「果実酒等の製法品質表示基準」が今年の10月30日から適用され、国産ぶどうのみを原料とし、日本国内で製造された果実酒のみが「日本ワイン」と表示されることになったのである。それまでは輸入ものの安価なバルクワインに日本のワインをブレンドしたものや、外国産ぶどうの濃縮果汁を輸入して日本で醸造したものも「国産ワイン」として売られていたが、これらは表示上「国内製造ワイン」として明確に区別されることになった(「ワインラベルが語ること」国税庁)。

 これは、ワイン用ではなく生食用のぶどうを用い、ぶどうの生産者と醸造所が別という世界の常識とはかけ離れた製法で作られ甘口一辺倒のものが幅を利かせていた日本のワインが、いくたびかのワインブームを経て劇的に品質が向上し、今や欧米のワインと比べて選ばれるブランドとして“夜明け”を迎えた証と言える。

 ここに至るまでには、志とそれに動かされた人間たちの努力があった。日本ワインの“暗黒時代”に、日本でもボルドーやブルゴーニュに負けないワインが作れると説き続けた“現代日本ワインの父”麻井宇介(本名:浅井昭吾)と、その思想を受け継ぎ、各々の立場で実現してみせた「ボー・ペイサージュ」の岡本英史(役名:岡村秀史)、「kidoワイナリー」の城戸亜紀人(役名:城山正人)、「小布施ワイナリー」の曽我彰彦(役名:高山義彦)らである。

 2009年小学館ノンフィクション大賞を受賞した河合香織の著書を原作とした映画「ウスケボーイズ」は、自分たちをイタリアでワイン造りに革命を起こした「バローロボーイズ」になぞらえて「ウスケボーイズ」と名乗り、日本のワインの歴史を変えた革新者たちをモデルにしたドラマである。

現代日本ワインの父

麻井が生み出した「桔梗ヶ原メルロー」。日本を代表する赤ワインである。
麻井が生み出した「桔梗ヶ原メルロー」。日本を代表する赤ワインである。

 映画は末期がんで余命宣告を受けた麻井(橋爪功)が、2002年1月12日に藤沢グランドホテルで開いた最後のセミナーで、岡村(渡辺大)、城山(出合正幸)、高山(内野謙太)ら弟子たちに“遺言”を託すシーンから始まる。麻井は、このセミナーの5カ月後の2002年6月1日に71歳で亡くなった。

 麻井は、1953年に東京工大を卒業後、現在のメルシャンの前身である大黒葡萄酒に入社。メルシャン勝沼ワイナリー等でワイン造りに携わり、1989年の第35回リュブリアーナ国際ワインコンクールで大金賞を受賞した「桔梗ヶ原メルロー」を生み出し、日本ワインを世界の舞台に引き上げた。また「比較ワイン文化考 教養としての酒学」(1981 中公新書)、「ワインづくりの四季 勝沼ブドウ郷通信」(東書選書 1992)、「ワインづくりの思想 銘醸地神話を超えて」(2001 中公新書)等、数多くの著作を通じて後進の造り手を育成し、栽培・醸造技術の向上に貢献した功績は多大である。

教科書は破り捨てなさい

 場面は変わって1994年の甲府。山梨大学の学友である岡村、城山、高山に上村邦子(竹島由夏)と伊藤繁之(寿大聡)を加えたワイン好きの面々は「ワイン友の会」を結成し、定期的に集まっては世界中のワインをテイスティングして蘊蓄を語り合っていた。ある日、フランスワインと日本ワインのブラインドテイスティングをしたところ、並みいるフランスの高級ワインを抑えて上位に入った日本ワインが「桔梗ヶ原メルロー」であった。日本では良いワインはできないと偏見を持っていた「ワイン友の会」のメンバーたちは、この日を境に日本ワインの可能性を信じ、麻井に憧れ、自分たちも「桔梗ヶ原メルロー」のような日本ワインを造ってみたいと夢見るようになる。

 大学を卒業した岡村がワインの醸造も手がける大手食品会社、城山が長野県のワイナリーで働き、高山が長野県小布施町の実家のワイナリーを継いでいた1998年、「ワイン友の会」のメンバーたちは「桔梗ヶ原メルロー」の生みの親である麻井とついに対面を果たす。メンバーたちは著書で述べているようなワイン論が聞けると期待していたが、麻井の口から出たのは意外な言葉だった。

「教科書は破り捨てなさい」

 実はこの言葉には多くのヒントが含まれていたのだが、岡村、城山、高山はその意味がすぐには理解できずに、文字通り教科書によらない三人三様のワイン造りをしてゆくことになる。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

自然まかせのワイン

 同僚と結婚し大手食品会社を退職した岡村は、上村と伊藤と4人で山梨県須玉町(現・北杜市)に畑を借りてワイン用ぶどうの垣根栽培に取り組もうとするが、ぶどうは植えてから実がなるまで3年かかり、補助金や融資も受けられなかったため無収入が続く。やがて一人去り、二人去り、ついに妻にまで逃げられて岡村だけが残ることになってしまった。

 以来、畑のそばのプレハブ小屋にこもり、誰とも会わずぶどうだけと対話するという修行僧のような生活を送る岡村。「ワインとは何か?」「自然とは何か?」……自分に問いかけた結論としてのワイン造りは、基本的にぶどうをタンクに入れて、それが自然に発酵するのを待つだけといういたってシンプルなものとなった。

 酸化防止のための亜硫酸も入れなければアルコール度を上げるための補糖もしない。またぶどう畑は不耕起のオーガニックとまさに“自然まかせ”である。でもそうするためには通常のワイン造りの何倍もの手間がかかるのだ。「岡村君は決して妥協しないワイン造りをすると思うよ」という麻井の言葉通りのワイン造りを実践していると言える。

やり方は一つじゃない

 城山はワイナリー在職中にお見合い話があり、ぶどう農家の娘と結婚。後継者として婿入りした。栽培しているぶどうは生食用だったが、休眠中だった畑にワイン用ぶどうを植えるなどして徐々に面積を増やし、義父や妻の理解を得たうえで会社を辞め、自分のワイナリーを作った。自然にまかせるのではなく、ぶどうやワインに積極的にアプローチしていくのが城山のやり方。圃場やぶどうに合っていれば垣根仕立てにこだわらずスマートマイヨルガーという密植の棚仕立ても行う。必要なら農薬も使うし亜硫酸も添加する。

 そして最も大切なのは“家族”。岡村とは全く対照的だが、高品質でおいしいワインを作りたいというゴールは同じである。

ぶどうの力を信じる

 高山の実家はいわゆる観光ワイナリーで、生食用の巨峰を使った“おみやげワイン”やりんご、梨、ブルーベリー等のフルーツワインが主力で、ワイン用ぶどうは栽培していなかった。ワイン用ぶどうの栽培を提案した高山は父親に反対されるが、祖父が自分の畑を使えと言ってくれて複数の品種のワイン用ぶどうを垣根仕立てで植えた。

 当初は晩腐病(おそぐされびょう)に苦しめられ農薬を使っていたが、ある年、雹で壊滅状態になって放置していた畑に被害を免れたぶどうが立派に育っているのを見て、殺虫剤、防かび剤、化学肥料等を使わないビオロジック農法に転換する。そして、リュブリアナ国際ワインコンクールをはじめ、数々のコンクールで賞を獲得するまでになった。

こぼれ話

 麻井宇介氏の著書は長らく絶版となっていたが、このたび映画の公開にあわせて「比較ワイン文化考 教養としての酒学」、「ワインづくりの四季 勝沼ブドウ郷通信」、「ワインづくりの思想 銘醸地神話を超えて」と「対論集 『酒』をどう見るか」を一冊にした「麻井宇介 著作選」(イカロス出版)が発売された。ワイン業界の携わるすべての人に有益な書と思われる。ぜひお確かめいただきたい。

参考文献:
河合香織、「ウスケボーイズ 日本ワインの革命児たち」小学館
「ワインラベルが語ること」(国税庁)
関連記事:
大久保順朗「再考・ワイン物流改善 ワインに傾注した経緯――高利益率と差別化を狙う」

【ウスケボーイズ】

公式サイト
http://usukeboys.jp/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2018年
公開年月日:2018年10月20日
上映時間:102分
製作会社:製作・企画:カートエンターテイメント 制作プロダクション:楽映舎
配給:カートエンターテイメント(配給協力:REGENTS)
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督・エグゼクティブプロデューサー:柿崎ゆうじ
脚本:中村雅
原作:河合香織『ウスケボーイズ 日本ワインの革命児たち』(小学館)
プロデューサー:古谷謙一、前田茂司
撮影:北信康
美術:泉人士
音楽:西村真吾
録音:小林圭一
音響効果:西村洋一
照明:渡部嘉
編集:神谷朗
スタイリスト:前田勇弥
キャスティングプロデューサー:伊東雅子
ライン・プロデューサー:善田真也
制作担当:柄本かのこ
助監督:山口将幸
記録:高橋久美子
VFX スーパーバイザー:太田垣香織
キャスト
岡村秀史:渡辺大
城山正人:出合正幸
高山義彦:内野謙太
上村邦子:竹島由夏
伊藤繁之:寿大聡
高山義昭:升毅
ソムリエ:和泉元彌
麻井沙織:伊藤つかさ
稲田美樹:安達祐実
麻井宇介:橋爪功

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。