中華を超えて進化する料理「チャイニーズレストラン わさ」(東京・都立大学)

今年も暑い夏だった。こんな季節には涼しく冷たい料理もいいけれど、体中からカーッと実感できるおいしさも堪能したくなる。この夏、そんな自分は都立大学の「チャイニーズレストラン わさ」さんに入れ込んだ。

岐阜「開化亭」の味と想いを東京へ

「チャイニーズレストラン わさ」外観
目黒区八雲の住宅街にたたずむ「チャイニーズレストラン わさ」
山下昌孝さん
オーナーシェフ山下昌孝さん

 こちらは、都立大学の駅からちょっと離れた目黒区八雲の住宅地の中にあるにもかかわらず、大人気でいつも予約で満員。なによりも、オーナーシェフの山下昌孝さん(35)が作り出す独創的な料理に惹かれて通い続ける熱狂的なファンが多い。

 山下さんは、高校時代のアルバイト先、辻堂の新中国料理「頂頂」で料理と出会い、卒業後、広東料理「福臨門酒家」で6年料理の基本を学び、その後、西麻布の四川料理「エピセ」(epicer)で酢の使い方などに感銘を受けて入店。

 そして、なにより彼の料理道を決定づけたのが、全国からファンや著名な料理人が押し寄せる伝説の中国料理店、岐阜の「開化亭」の吉田等シェフへ弟子入りしたこと。そもそもは「エピセ」で働いているときに雑誌の記事で「開化亭」を知って訪店。シェフの料理に出会って一目ぼれし、5年越しの思いが実って同店での修業がかなった、というのだから、その想いの強さはすごい。

 開化亭の吉田シェフから、山下さんは、技術というより、料理に対する想いや店の経営の思想で多大な影響を受けたという。

「余計なことをするな」
「常に走れ」
「うま味は手間、味は引き算」
「基本は自分独り。常に考えろ」
「ダメなときに、どうやってリカバリーするか、それが大事」

 これらの考えを日々の仕事の中から学んでいった。働いて2年半、「岐阜では毎日楽しかった」と言うが、やはり独立したい気持ちももたげてくる。

「吉田シェフの料理の味は東京にはなかったので、これを東京に持って帰って店を出したらいけるぞ、という目算もあったんですがね」

 そして、2009年3月、ついに現在の場所、都内で最初に見た物件で「チャイニーズレストラン わさ」を開店したのである。

次々に繰り出す新メニュー

「鯖のサラダ」
これは別の日にいただいた「鯖のサラダ」
山下シェフの「よだれ鶏」
山下シェフの「よだれ鶏」(1200円)
サマツ
この日入荷したサマツ

 開店した当初こそ閑古鳥が鳴いていたと言うが、これだけの店をマスコミやファンが放っておくはずがない。2カ月ほどして、雑誌で紹介された後、あっという間に人気店になった。

 四川を基本としながらも、山下シェフの探究心はとどまるところを知らず、日本料理、フレンチ、イタリアンなどの手法を大胆に採り入れながら次々と新メニューを考えていく。

 それだけに、こちらのメニューの楽しみは、週替わり、場合によると日替わりに変わっていくオススメ料理だ。

「おかげさまで、紹介から紹介というように仕入れ先を開拓できて、今は、ワガママにやらせてもらってます」「食材が来て、この味を生かしながら、どうやっておいしくしてやろうか、と常に考えてます」

 その言葉が証拠に、自分がうかがった日の料理も実に、独創的だった。

 手書きのオススメメニューの中から選ぶのが止まらない。まずは、「旬!! 大阪湾 炙りイワシの中華サラダ」(1600円)、「旬!! 夏限定のコーンスープ」(1200円)。

 そしてメニューになかったが、「いいサマツが入ってるんです」という山下さんの言葉から、「早松の料理」を注文。

 さらに、と他の人が食べているのに興味をひかれて、「島根 脂が美味!! のどぐろ」(2300円)も注文。

 あとは、山下さんのオススメに従って、「水餃子」(630円)。

 そして、このお店の看板メニュー「葱炒飯」(1050円)をお願いした。

そしてスペシャリテ「葱炒飯」

「旬!! 夏限定のコーンスープ」(1200円)
「旬!! 夏限定のコーンスープ」(1200円)
サマツの春巻き
「早松の料理」は春巻きだった。2本で2400円
「島根 脂が美味!! のどぐろ」(2300円)
「島根 脂が美味!! のどぐろ」(2300円)
「水餃子」(630円)
「水餃子」(630円)
「葱炒飯」(1050円)
「葱炒飯」(1050円)
「マンゴープリン」(800円)
「マンゴープリン」(800円)

「炙りイワシの中華サラダ」。イワシのおいしさを味わうために、ほぼローストだけ。素材がいいので、それだけでいい。そこへサラダが乗っかると、実に爽やかな味へ変化する。

「夏限定のコーンスープ」。トウモロコシがまるごと一本入ったような濃厚な冷製スープ。飲む、というより「食べる」。思い出しても喉が鳴るほどの逸品。

「早松の料理」(2400円)として登場したのは、なんと春巻き。ちょっと早めの松茸の風味を閉じ込め、シャキシャキした食感も残しつつ堪能できる料理。春巻きであって春巻きじゃない……。

「のどぐろ」。これもノドグロのおいしさを前面に出すために、ほとんどシンプルなローストで。ご飯を敷き、上にノドグロ、そしてちぎった海苔とゴマを乗せる。それだけシンプルな料理なのに、ノドグロの脂とご飯と海苔の渾然一体に、うっとりと目が閉じてしまう。

「水餃子」。味わい深い自家製ラー油を使った逸品。もう、何個でもいけそうな味。

 そして「葱炒飯」。数々の試行錯誤の結果生まれた「チャイニーズレストラン わさ」のスペシャリテともいうべき、どことも似ていないチャーハン。

 リズムよく鍋を振るい、油を足し、最後は全身を使って仕上げていく。あの光景は一見の価値があるものだ。

 出来上がったチャーハンはしっとりしているのに、実に軽い。塩と刻んだザーサイと卵の、絶妙なハーモニー。その繊細な味は、どんなにお腹がいっぱいでも、スルスルと食べてしまえるほど。だから、常連も必ずこれを食べて満足という逸品。

 使う米は、北海道のきらら。ネギにもこだわり、今は、青森産のネギがいいという。

「同じ地方のものでも、切ってるうちに臭みを感じてしまうことがあるから……」

 と、ネギ一つにしても吟味して選んでいる。この鋭敏な感覚は、ご本人の努力と、日本画家の故加藤東一氏を祖父に持つという持ち前の審美眼の両方から来ているのだろう、とうかがわせる。

 だからこそ、「うちの従業員が作ると脂っぽい、もたれる、って言われるんです。同じものを使って同じようなやりかたをしてるのに不思議だなぁって……」ということも起こる。

 さて、〆のデザートは、「マンゴープリン」(800円)。

 これがまたすごい。極上のマンゴーを一個まるごと使ったような新鮮さととろみ。マンゴーはそれほど得意じゃない自分が、これだけは、もう、満面に笑みを浮かべて食べてしまう。

学びは止まらない

 技術と精神と意欲とセンス。山下さんの料理を支えるゆるぎないもの。そこに人気が加わり、お店は将来も順風満帆と想像する。

 ところが、山下さんは、とつとつと心情を漏らす。

「最近、ちょっと苦しいですよ。毎日常に素材を見ながら調理法を考え、一方、お店の経営や従業員のことも考えなきゃならない。自分の料理が果たして本当においしいのか……いや、冗談じゃなく、わからなくなることもあるんです」

 それでも、山下さんは歩みを、苦闘を止めない。

「9月から10月まで店内改装のためにお店を休むんです。そのときに、海外でも国内でも……中華じゃないお店で、どこかで修業したいと思ってるんです。今、意中の店があるのですが、学べるところはいくらでもあるし。これからも進歩したいから」

 秋の再オープンが実に楽しみだ。


●「チャイニーズレストラン わさ」

東京都目黒区八雲3-6-22
Tel.03-3718-2232
営業時間:
平日18:00~22:30(L.O.)
土曜・日曜・祝日12:00~14:00(L.O.)・18:00~22:30(L.O.)
定休日:水曜、第1・第3木曜

About 上荻吾朗 40 Articles
編集者 かみおぎ・ごろう 1964年生まれ。北海道出身。週刊誌記者、漫画編集者を経て、WEB製作会社で勤務。震災後、通勤困難を経験して、メタボ対策のためにも、自転車通勤をするようになる。おいしいものを食べることが何より好きな健康チューネン。いかにも飲めそうなヒゲ面のくせに下戸。