遺伝子組換え技術の必要性

サントリーフラワーズが販売している青いカーネーション「ムーンダスト」
サントリーフラワーズが販売している青いカーネーション「ムーンダスト」。GM技術により花の色を変えた世界初の品種である。花言葉は「永遠の幸福」

1996年に本格的な商業栽培が始まった遺伝子組換え(GM)作物は、瞬く間に世界の農地に広がった。日本も大量のGM作物を輸入しているが、それを知っている消費者は少ない。「遺伝子組換えでない」という表示で、実態が覆い隠されているためである。GM技術の理解者を増やしたいものである。人類の将来に、不可欠な技術と考えているためである。

【大豆変身物語が書籍になりました】

醤油造りのプロが書いた大豆の本。大豆は豆として調理されるだけでなく、さまざまな加工品となることで人類に栄養を供給し、豊かな食文化も花開かせてくれている大いなる豆。そんな大豆はどこから来たどんな豆なのか、そしてどんな可能性を持っているのか。大豆と半世紀付き合って来た技術士が大豆愛とともに徹底解説します。

横山勉「大豆変身物語」(香雪社)

GM作物・日本の現状

サントリーフラワーズが販売している青いカーネーション「ムーンダスト」
サントリーフラワーズが販売している青いカーネーション「ムーンダスト」。GM技術により花の色を変えた世界初の品種である。花言葉は「永遠の幸福」

 1996年、日本にGM大豆が輸入された時の騒動を鮮明に覚えている。筆者は当時しょうゆメーカーに勤務していたが、電話が鳴りやまなかった。消費者の多くはGM大豆に不安を感じて、拒否反応を示したのだ。この様子に恐れをなして、食品メーカーは相次いでGM原料を使用しないことを表明した。

 その後、GM作物はダイズだけでなくトウモロコシ、ナタネ、テンサイ、ジャガイモ、ワタ、アルファルファ等と次々に種類を増やした。また、“燎原の火”のごとく栽培面積を拡大していった。現在、ダイズ全体に占めるGM品種の割合は、輸出1位の米国で90%を超え、2位ブラジルでも75%に達している。

 2001年、食品衛生法とJAS法によるGM食品の表示制度が開始された。GM原料を使用している食品は、その旨を表示することになったのだ。いくつかの例外規定があり、GM技術によって「組み込まれた遺伝子やその遺伝子が作るタンパク質が製品中に残っていない」場合は表示不要とされた。植物油やしょうゆ等がこれに該当する。

 一方、GM原料使用時に表示が必要な豆腐や納豆の場合、「遺伝子組換えでない」という表示がほとんどの商品に表示されるようになった。これはGM作物が混入しないように管理されている場合に可能な表示で、ただし5%以下の故意ではない混入が認められている。

 すると、表示不要のしょうゆもこれに追随して「遺伝子組換えでない」の表示を始めた。対照的なのはダイズやナタネを原料にした植物油業界である。「不要な表示は行わない」という姿勢を貫いている。

 かくして、GM原料を使用している痕跡は市場からかき消された。“臭いものに蓋”と消費者の目から隠すことに成功したのだ。もちろん、使用されていないという訳ではない。植物油は前述のとおりであり、しょうゆも「遺伝子組換えでない」と表示していても、それだけで原料中の遺伝子組換え大豆が0%と断定はできない。

 また、家畜の飼料用にもGM作物は大量に輸入されている。国内産の牛乳、乳製品、鶏卵、食肉の大部分は、GM作物に依存している。

 しかしながら、これらのことを理解している消費者は多いとは言えない。

食品界の嫌われ者

 消費者アンケートで「食品で気になること」を問えば、「食品添加物」に「農薬」そして「GM食品」が挙がる。これらは必ず上位に名を連ねる“嫌われ者3兄弟”である。前二者には、問題ある時代が存在したことは確かである。食品添加物であれば、たとえば広く使用されていた防腐剤AF2に発がん性が認められ、禁止されたのは1974年。また、農薬では、レイチェル・カーソンが「沈黙の春」でDDTの残留性などを指摘したのは1962年のことだった。

 しかし、食品添加物業界や農薬業界は過去の経験を糧にして、現在ではしっかりした安全確認が行われている。本稿で詳細は述べないが、今日の食品添加物や農薬では膨大な毒性試験が行われている。農薬では環境影響試験や環境動態調査も必要になる。これらすべてに合格して初めて上市できる。さらに、定期的な実態把握も行われており、安全性は高度に確保されている。

 1990年代に利用が始まったGM作物も、食品または飼料としての安全性と環境への影響確認が行われる。食品添加物や農薬は主成分の化学物質について調べればよいが、GM作物の場合はこのような手法での試験は困難なため、元の植物との比較を行う。導入した遺伝子や新規たんぱく質等の変化した部分に焦点を当てる。環境面では、野生種との交雑等が調査される。これらに合格して、初めて使用が許可される。

 ただし、そうしたプロセスを経ても、消費者には根強い不安がありそうだ。そこで、消費者を含むすべてのステーク・ホルダー間で安全性等に関するリスクコミュニケーションを進める必要がある。日本でこの中心になるのは、責任官庁となった消費者庁である。社会全体にとって、理解促進が望ましい方向である。

 しかし、それぞれの立場において、利害は一致しない。食品メーカーや販売者にとっては、不使用をアピールすることが戦術として容易なのだ。安全性を説くことは、消費者の反感を買って売上げ減につながりかねない。「保存料・合成着色料無添加」「遺伝子組換えでない」といった表示が氾濫する所以である。

 このような表示や販促上のアピールは、決して好ましいことではない。表示を見た消費者は、“無”や“でない”と表示されるものが健康上好ましくないものであるという誤った印象を深めるだろう。消費者と社会をミスリードする(mislead/誤った方向に導く)ことになるのである。

人類の将来とGM技術

 現在までに普及しているGM作物は「第一世代」と呼ばれるもので、除草剤耐性や病虫害抵抗性等が特徴だ。生産者は農薬使用量の削減、持続可能性の高い農業(不耕起栽培等)、コストダウンといったメリットを享受できる。これらの側面は消費者にとってもメリットのあることだが、直接的ではなく、わかりにくい。

 一方、「第二世代」のGM作物は、消費者にメリットが見える。ダイズでは、不飽和脂肪酸のオレイン酸高含有、ステアリドン酸を含有する品種やビタミンE強化品種が開発されている。コメでは、花粉症緩和米の試験が国内で進められている。また、ビタミンAや鉄分の強化米が開発されている。これらは多くの発展途上国において、栄養問題の改善に貢献すると期待されている。トウモロコシでは、従来品種では不足しているリジン含量を高めた品種が開発されている。やがて、これらの流通も始まるだろう。

 社会のGM技術に対する視線は依然として冷たいが、改善の兆しも感じている。食品ではないが、サントリーフラワーズが1997年に発売した青いカーネーション「ムーンダスト」(写真)と、同社が2009年に発売した青いバラ「サントリーブルーローズ アプローズ」はスムーズに社会に受容されたGM植物と言える。また、東日本大震災の影響とは言え、使用を拒んでいた一部生協もGM飼料を受け入れた。2011年の年末には、ハワイからウイルス抵抗性のGMパパイヤの輸入が開始された。

 70億人を超えた人類の行く手には、食料増産と環境改善、さらに南北格差という大きな問題が横たわっている。これらを緩和する有力な対策がGM技術と考えている。GM作物導入による食料増産にはすでに実績があり、環境汚染物質に汚染された環境の回復(bioremediation)での活用にも期待が持てる。開発途上国における可能性は前述のとおりで、ロイヤリティなしでの提供が検討されている。

 この分野における日本の知見・技術のレベルは高く、世界に貢献できる実力を持っている。関係者は協力してGM技術の理解を深める努力を続けたいものである。それが、国益になると確信している。

アバター画像
About 横山勉 99 Articles
横山技術士事務所 所長 よこやま・つとむ 元ヒゲタ醤油品質保証室長。2010年、横山技術士事務所(https://yokoyama-food-enngineer.jimdosite.com/)を開設し、独立。食品技術士センター会員・元副会長(http://jafpec.com/)。休刊中の日経BP社「FoodScience」に食品技術士Yとして執筆。ブログ「食品技術士Yちょいワク『食ノート』」を執筆中(https://ameblo.jp/yk206)。