くじら料理の味、滋養、未来

[313] 「鯨のレストラン」から

2019年6月30日、日本は国際捕鯨委員会(IWC:International Whaling Commission)を脱退し、7月1日から商業捕鯨を再開した。しかしそれから4年、クジラの捕獲頭数は減少し、価格は高騰。数少なくなったくじら料理専門店は瀕死の状態にある。現在公開中の「鯨のレストラン」は、そんなくじら料理専門店の一つにフォーカスしながら、日本のクジラ産業の現状を俯瞰するドキュメンタリーである。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

豊富なメニューと機能性

 本作は、「ザ・コーヴ」(2009)への反論として製作された「ビハインド・ザ・コーヴ 捕鯨問題の謎に迫る」の八木景子監督の2作目。前作では描き切れなかった、クジラの料理としての魅力を伝えるとともに、元ワシントン条約事務局長のユージン・ラポワント、北大西洋海産哺乳動物委員会(NAMMCO:North Atlantic Marine Mammal Commission)事務局長のジュヌビエーヴ・デスポーテス、東京海洋大学名誉教授の加藤秀弘、東京大学教授の八木信行ら専門家へのインタビュー等を通して、科学的な見地から将来の鯨食の可能性について考えさせる内容になっている。

 本作が取り上げるくじら料理専門店の大将、谷光男は懐石料理の料理人だった頃にくじら料理と出会い、その魅力にとりつかれたという。30年以上前に仙台で「仙台くじら 一乃谷」を開業。2010年に仙台の店を長男に任せ、東京・神田に「くじらのお宿 一乃谷」を出店した。開店の翌年には東日本大震災が発生し、その後も鯨肉の流通量減少、仕入価格の高騰、コロナ禍による休業・営業時間短縮等、次々に襲う困難を乗り越えてきたのは、くじら料理への愛あってのことだろう。

「一乃谷」にはさまざまなお客が訪れ、作中で鯨食を語る。ドイツ出身の著述家・タレントのサンドラ・ヘフェリン、ハリウッドスター御用達通訳の冨田香里、マイケル・ジャクソンのバックダンサーも務めたダンサーのユーコ・ジャクソンなど。

 谷は鯨食ファンはもとより、クジラを食べるのは初めての人や、クジラを食べるのは学校給食のクジラの竜田揚げ以来だというビギナーにも、分け隔てなくフレンドリーに接する。

 メニューは豊富だ。赤身、サエズリ(舌)、ベーコン、心臓、胃袋、百尋(小腸)、まめ(腎臓)、鹿の子(あごを覆う部位)、尾の身といった各部位の刺身、鯨の寿司、鯨ステーキ、鯨ロースト、鯨ジャーキー、鯨ユッケ、鯨竜田揚げ、鯨カツ、鯨メンチカツ、鯨汁、鯨ハリハリ鍋、鯨おにぎり、鯨バーガー等々。定番メニューに加え、客が求めれば鯨パスタから鯨ラーメンまで、多彩な料理に仕上げる。

「一乃谷」の鯨ラーメン。大将の谷は客の求めに応じてさまざまな料理を提供する。
「一乃谷」の鯨ラーメン。大将の谷は客の求めに応じてさまざまな料理を提供する。

 谷が客との会話で強調するのは、クジラの栄養と機能性について。低カロリー、高タンパク、低脂質、高鉄分、低コレステロールで、その特質は獣肉より魚肉に近いという。また、鯨肉はバレニンという生体物質を含んでおり、これは抗疲労作用などがあるという。また、クジラの皮はDHA、EPA、DPAといったオメガ3脂肪酸を豊富に含み、レシピを工夫すれば必須脂肪酸であるこれらをおいしく効率的に摂取できるわけだ。これだけ豊富なメニューと機能性を持つ鯨食をあきらめるのは、あまりにも惜しいと思わせる説得力が本作にはある。

「一乃谷」のなじみ客の一人が、「シン・ゴジラ」(2016)の監督、樋口真嗣。映画の仙台ロケの際に谷の店に立ち寄って以来の縁だという。怪獣オタクとして有名な樋口は、「ゴジラ」のネーミングがゴリラとクジラに由来するということから、くじら料理に興味を持ったという。

“外との戦い”から“内なる戦い”へ

 ここで、冒頭に書いた商業捕鯨再開後の捕獲頭数減少と価格高騰の理由について説明しておく。

 日本はIWC脱退により、南氷洋での捕鯨の権利を失った。商業捕鯨の対象海域は日本の排他的経済水域(EEZ)200海里内に限定された。そして、その捕獲頭数は日本が脱退したIWCが1994年に定めた、100年間資源に悪影響を与えない科学的・保守的な捕獲可能量の算出方法という「改定管理方式」(RMP:Revised Management Plan)をそのまま採用している。RMPはマグロやサバに当てはめて算出すると漁獲量がゼロになってしまうほど厳しい数式である。

 こうした“自主規制”の先に見えるのは反捕鯨勢力に対する“忖度そんたく”である。日本は反捕鯨国が多数を占めるIWCに加盟していた1987年、商業捕鯨モラトリアム(一時停止)に従い、商業捕鯨を停止し、調査捕鯨に転換した。その後も“海洋環境保護団体”シーシェパードによる南氷洋捕鯨の妨害活動や、日本の南氷洋調査捕鯨が国際捕鯨取締条約に違反しているとして、オーストラリアが日本を国際司法裁判所(ICJ:International Court of Justice)に提訴した南極海捕鯨事件で敗訴したこと等が積み重なり、必要以上に“外圧”を気にするようになったと思われる。

 また、国は以前、遠洋捕鯨会社を1社にまとめ、商業捕鯨再開後も母船式捕鯨会社が競合なく1社のみとなっている。捕獲頭数が調査捕鯨の時代より減少したことと、補助金が急に打ち切られたことで、母船式捕鯨会社は卸価格を上げ、そのしわ寄せが末端の小売店や料理店にきているのである。

 捕獲頭数を増やし、鯨肉の価格を下げるには、捕獲可能量の算出方法をRMPから現実的な数式に変更することと、鯨肉の独占マーケットを見直すことが必須となる。これらは外交ではなく、国内の問題である。

 一方で、専門家へのインタビューから見えてきたのは、「クジラは少ない」という国際的認識の誤りである。最新の調査によれば、1970年代と比べ依然として少ない種はあるものの、環境収容力の満限にまで到達した種もあり、鯨類全般的には回復が進んでいるとのこと。また、鯨類の餌となる魚類の消費量は、人類の数倍に上る。継続的に適正な捕鯨を行った場合、捕鯨を行わない場合に比べてアカイカ、カツオ類、ビンナガ、イワシ類、サバ類、サンマなどの漁獲量が増加することが過去の調査で明らかになっている。海洋生態系のバランスを維持するためには、適正な捕鯨が有効であることを科学的データが示していると説明される。

 本連載第307回で取り上げた「ミート・ザ・フューチャー 培養肉で変わる未来の食卓」は、既存の畜産が将来の需要に対応できない不安や、環境への負荷など、畜産の課題を紹介している。同作ではその課題解決の一つとして培養肉(細胞ベースの食品)を取り上げたわけだが、昨今、この課題に対しては植物由来の代替肉、昆虫食、ジビエなども提案されている。それらと並んで、クジラの活用もその選択肢の一つになるのではないか。かつて1960年代には、日本の肉消費量で鯨肉が豚肉、鶏肉、牛肉を抑えてトップとなった時代もあるのだから。

 本作では、店内で眠る谷の姿が繰り返し映し出される。これを、瀕死の状態にあるくじら料理専門店のネガティブなメタファーとは思いたくない。何度でも起き上がって、鯨食文化を後世につなぐために活躍してほしいという監督からのポジティブなメッセージだと思いたいのである。


【鯨のレストラン】

公式サイト
https://www.whalerestaurant.jp/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2023年
公開年月日:2023年9月2日
上映時間:77分
製作・配給:八木フィルム
カラー/サイズ:カラー/16:9
スタッフ
監督・プロデューサー:八木景子
撮影:猪本雅三
録音:伊藤裕規
編集協力:浜口文幸記念スタジオ
キャスト
谷光男
ユージン・ラポワント
ジュヌビエーヴ・デスポーテス
加藤秀弘
八木信行
伊藤信之
サンドラ・ヘフェリン
冨田香里
ユーコ・ジャクソン
樋口真嗣

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。