間違っている消費者への迎合は市場の進歩を妨げる

昨今、「顧客視点」などといって消費者のいいなりになることが企業の美徳とされる風があります。しかし本来、食についてより正確でより深い情報は企業・店が持っているはずです。それを伝え、消費者にも変わってもらうための活動が必要です。

誤った情報を持つ消費者のニーズに迎合する

 前回のおしまいの繰り返しになりますが、店や商品に関するウソをなくするということは、店や商品の実際と、お客が持っている情報とを整合させる(統合する、integrate)ことです。それには2つのアプローチがあります。

 1つは、店や商品の実際をお客が持っている情報に合わせることです。お客が和牛だと思って注文しているなら、和牛を提供するということがそれです。もちろんメニュー表に和牛と表示しているなら、その通りに和牛を提供するということが、このアプローチに含まれます。

 いま1つはその逆で、お客が持っている情報を店や商品の実際に合わせさせていくことです。前回紹介した、かつて私がアルバイトをしていた店のマスターがしたことはこれに含まれます。

 手練れのコンサルタントたちは、よく「顧客教育が必要だ」と言うものです。この顧客教育には、焼肉店が肉のちょうどよい焼き加減を教えるとか、握りずしに醤油をつけて口に放り込むのはこうするとうまいといった手順を教えるとかいったことも含まれますが、店や商品の実際を明らかにし、理解してもらうことも含まれます。たとえば、「お客さん、ブリは天然のほうがうまいと思っているかもしれませんが、この養殖のブリを食べてみてください」と言って提供し、味わってもらうといったことも、重要な顧客教育の一つです(「食の損得感情」第51回参照)。

 腕のよい農家が有機栽培に取り組むことには、ケミカルにかけるコストを減らすことができるとか、環境負荷を抑えることにつながるとかといった理があります。しかし、それがうまいかどうか、栄養が豊富かどうか、食品としてより安全なものかどうかということとは関係ありません。よい農産物が出来るのは、作った農家の腕がよく気象条件等にも恵まれてのことであり、有機であるかどうかで決まるのではありません。

 それでも今日有機栽培の食品を求める消費者が増えたのは、有機栽培の農産物のほうがおいしく、栄養があり、安全であるという誤った情報を信じてしまった消費者に食品産業や外食産業が迎合し、消費者の「有機栽培のものを食べたい」という選択を無批判に受け容れて対応してきたことが大きく影響しています。

 その挙げ句に、もともとは環境保護の志を共有する一部の人たちの活動の証しであった有機農産物が急速に“商業化”され、有機農産物の不足を招くこととなりました。結局、農薬も化学肥料も使う普通の栽培を行った農産物を「有機」「オーガニック」と表示して売る不正が横行し、それがあまりにひどく目に余るということで、有機JASを定め(1999年)、さらに品質表示基準違反者に対する公表の迅速化、罰則の強化(2002年)を行ったわけです(他に、海外を中心に有機栽培の規格が乱立し、放置すれば国内市場の安定が損なわれる危険もありました)。

 これなどは、消費者が誤った情報に基づく誤った選択基準を持っていることを野放しにし、むしろ助長したことで供給者がウソをつかざるを得なくなり、暴走してしまった例の最たるものです。

 消費者に正しい情報を持ってもらっていれば、つかずに済んだウソも多いのです。

興味本位のメディアのニーズに迎合する

 さて、ウソがあった場合、発覚した場合にはどうすべきでしょうか。

 たとえば、あるスーパーが自社で調べた結果、食品の残留農薬が基準を越えていた可能性や異物混入があった可能性があったとして販売を止めたとします。このニュースを聞いた消費者の多くは、その店・チェーンで買い物をすることをためらうでしょう。売上げが落ちることは容易に予想されます。しかし、悪い評判が立つリスクがあっても、営業に打撃があっても、事実を正しく伝えるのが今日の商業の正義です。

 このほどメニュー虚偽表示問題で批難されたホテル、百貨店等も、かろうじてそこはやったということです。

 もちろん、実際に憤る人、不安を感じる人は多いわけですし、消費者に与えた不利益や不快感に対してどのように償うべきかは考えなければなりません。

 一方、企業が偽装、虚偽、過失を発表すると、メディアはとかく“不祥事”として扱い、カメラに対して頭を下げる人の映像や、「だまされた」「許せない」と語る消費者の映像を撮りたがるものです。人数などのデータも示さずに「消費者の怒り」と見出しを躍らせる新聞も珍しくありません。このような興味本位の報道に対しては毅然とした態度をとるべきでしょう。「カメラに頭頂を向ければ記者は喜んで帰る。一時のガマン」とばかり、これまた迎合の姿勢を取っているのでは、メディアや消費者の進歩に寄与することはできません。

 むしろ、自社の誤りや過ちをあえて発表することは、会社がまた一段階透明性を高め、善良になっていくプロセスであるということを確認し、その決意表明に重点を置き、以後実際によくなっていく過程を見守り見極めてもらうように依頼する姿勢が必要でしょう。

 さらに、自社の改善を進めることはもちろん、売り手と買い手の間に生じている正義のあり方の違いや情報のギャップを是正する絶好の機会としても活かす。危機をむしろ消費者教育のチャンスとするのです。

「謝れば済むことではない」――このことを、正確に胸に刻んで事に当たりたいものです。

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About 齋藤訓之 398 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所特任研究員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。日本フードサービス学会、日本マーケティング学会会員。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →