難題と嫌がらせに立ち向かう

376 「長安のライチ」から

時に西暦754年、唐の首都・長安。第9代皇帝玄宗が、皇妃楊貴妃の誕生日である6月1日に合わせて、楊貴妃の好物である新鮮な生ライチを、名産地である嶺南から取り寄せよと命じたことが、今回紹介する「長安のライチ」の発端である。

 ライチ(茘枝)は、今日でこそ航空便で輸入されるものがあったり、何より冷凍品が広く流通していて日本でも身近になっているが、実は傷みやすく、保存がきかない果物として知られる。そして作中では嶺南から長安まで5,000里と語られる。唐代の嶺南は現在の広東省や広西チワン族自治区さらにベトナム北部に及ぶ広域圏であり、いずれにせよ現代の距離にして2,000km前後。我が国の本州をほぼ縦断する道のりである。もちろん、交通手段は徒歩、馬や馬車、そして水運しかないその時代に、いかにしてこの不可能は突破されたのだろうか。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

できないことが前提の抜擢

 玄宗皇帝の側近で宦官の魚朝恩(チャン・ユエン)は、この難題について上林署(宮廷の食材を調達する役所)の劉長官に相談。そこで着手したことは、生ライチ取り寄せが失敗することを前提に、スケープゴートを立てることだった。

 選ばれたのは、上林署の下級官吏である李善徳(ダー・ポン)。弘農(今日の河南省)から上京し、算学の試験に合格して上林署に配属され、18年真面目に勤めてきた。最近住宅ローンを組んでようやく妻子と過ごすマイホームを得た李善徳は、現代のサラリーマン像と重なる。

 李善徳は、「茘枝煎」(加熱して糖蜜に漬けたライチ)を嶺南から長安に運ぶ「ライチ使」の任命書を受けて拝命の署名をするが、実は「煎」の字は上から貼り付けられたもので、実際には「茘枝鮮」(生ライチ)であることを知り愕然。慌てて劉長官に異議を申し立てる。

「ライチは1日で色が変わり、2日で香りが消え、3日で腐る。新鮮なまま運ぶなど、不可能です」

 しかし決定事項は覆らない。失敗して死罪になることを覚悟した李善徳は、妻の鄭玉婷(ヤン・ミー)に類が及ばないよう、離縁しようとする。

 そこに現れたのが右衛率府(都の治安や護衛を司る役所)の杜甫(チャン・ルオユン)。李善徳の友人だが、後に李白と並んで中国史上最高の詩人の一人とされた、あの“詩聖”である。杜甫は李善徳に、まだ時間はあるのだから、本当に無理なのか、嶺南に行って確かめてみろという。杜甫の助言を得た李善徳が、長安を発ち嶺南に向かったのは2月4日(楊貴妃の誕生日まであと117日)——本作では時折「楊貴妃の誕生日まであと何日」という「宇宙戦艦ヤマト」(1974)風のカウントダウンテロップが入り、観る者の緊張感を高める。

できるための追究

固い皮をむくと、半透明の滑らかな果肉が現れるライチ。独特の食感や香り高さから「果物の女王」と呼ばれている。
固い皮をむくと、半透明の滑らかな果肉が現れるライチ。独特の食感や香り高さから「果物の女王」と呼ばれている。

 李善徳は徒歩で、あるいは馬、ロバ、舟なども使い、約1カ月をかけて嶺南に到着する。嶺南五府経略使(嶺南を治める役所)を訪ね協力を仰ごうとするが、任命書の信憑性を疑われた挙句、嶺南内を自由に行き来できる通行証と、使用人として奴隷の林邑奴(テレンス・ラウ)を得ただけで、資金面での支援は断られる。嶺南五府経略使としては、生ライチを長安に届けるのは無理だと中央に伝えた手前、李善徳が生ライチ輸送に成功しては困るのである。

 途方に暮れていた李善徳に、市場で出会った地元商家の次男坊である蘇諒(バイクー)が、資金援助を申し出る。蘇諒は、長男ばかりを引き立てる父に自分を認めてもらうため、李善徳の持つ通行証を利用して、大きな商売を成功させようと考えていた。

 蘇諒は、李善徳を阿僮(ジュアン・ダーフェイ)のライチ園に案内。少数民族の阿僮は漢人(漢民族)を嫌っていたが、李善徳は阿僮の仕事を手伝うことで信頼を勝ち取っていく。そしてライチの栽培技術や、生ライチを長期間鮮度を保って輸送するには、どうしたらよいかを学ぶ。

 蘇諒、阿僮、そして助手の林邑奴。信じられる仲間を得て、李善徳の生ライチ輸送作戦がスタートする。四人が一堂に会するライチ園での祭りのシーンでは、「タイタニック」(1997、本連載第146回参照)のアイリッシュダンスのシーンのような、人物に合わせて回転するカメラワークが使われている。

 李善徳の作戦は、陸路、別街道の陸路、陸路から水路。水路から陸路など、複数のルートに分けて輸送隊を編成し、ライチの色や香りの変化を毎日伝書鳩で報告させるというもの。ライチは水に漬ける(冷やしながら湿気を保つ)と鮮度保持期間が長くなると阿僮から聞いた李善徳は、二重の壺を用意。内側の壺にライチを詰めて密閉し、外側の壺に水を注入してライチの保冷・保湿を実現した。ルートの組み合わせを変更するなどして試行錯誤を重ね、李善徳が上林署で18年培った算学のスキルを生かして、ついに最速のルートを見つけ出す。しかし長安はあまりに遠く、どんなに速く馬を走らせても10日以上かかり、ライチは道半ばにして腐ってしまう。

 それでも李善徳は諦めずに言う。

「たとえ失敗しても知りたいんだ。成功にどこまで近付けたか」

 やがて、李善徳の後に引かない研究の進捗を察知した嶺南五府経略使は妨害に出る。そこで、キーストン・コップスのパイ投げ(本連載第28回参照)ならぬ胡餅(小麦粉で作られた焼き餅)投げの乱闘となるのだが、このとき李善徳は植木鉢を投げようとした瞬間、阿僮が話していたあることを思い出し、ライチを高鮮度に保つブレイクスルーがひらめく。

 その工夫にこれまでの積み重ねを組み合わせて、最後の実験を行った李善徳ら。残念ながら長安を目前にしてライチは腐ったが、李善徳はさらに時間短縮を実現するある方法を採り入れることで、嶺南から長安までの生ライチ輸送は可能になるはずという確信を得る。そこで李善徳は、長安で次の動きに移る。

最大の敵は上司

 6月1日に合わせて、嶺南から長安まで生ライチを運ぶには、物資や人員をそろえるために多額の予算が必要になる。李善徳は計画書を携えて宮廷内を奔走するが、申請した先で、その件は別の部署だと言われ、言われた部署に行ってみると、また別の部署だと言われたりとたらい回し。かつて黒澤明の「生きる」(1952、本連載第303回参照)で見たような状況が展開される。

 ついには、李善徳は投獄されてしまう。李善徳にライチ使を押し付けた魚朝恩としては、李が成功してしまうとなぜお前がやらなかったのかと追求されてしまう。そこで魚朝恩は、李の汚職の疑いをでっち上げてしまったのだ。

 李善徳に助け船を出したのは、またしても杜甫。杜甫は李善徳に“官僚の三つの心得”を説く。

一、目立たない

二、利益は共有する

三、相手を持ち上げる

 牢を出た李善徳は、住宅ローンの借り入れ先である招福寺(当時は仏教寺院が金融機関の役割を担っていた)のつてで、宰相の楊国忠(アンディ・ラウ)と接触。楊国忠は楊貴妃のまたいとこで、絶大な権力を誇っていた。李善徳は、生ライチを届けた手柄はすべて楊国忠に譲ることを申し出て、楊国忠の名を刻んだ金の札を手に入れる。この札は水戸黄門の印籠のような効果があり、李善徳は楊国忠の威を借りてすべての準備を整えることに成功する。

 李善徳は嶺南に戻り、いよいよ物的資源、人的資源を総動員した本番がスタートするのだが……。

成功は破滅も呼ぶ

 本作は、楊貴妃が好物のライチを嶺南から長安まで早馬で運ばせたという故事をもとにしたマー・ボーヨンの小説「长安的荔枝」を原作としている。2025年にはTVドラマ化されたが、本作との関連はない。原作からの改変が多いというTVドラマと比べ、本作では蘇諒の設定が外国商人から嶺南の商家の次男に変わった以外は原作に忠実に映画化されている。

 映画は歴史エンタメとして完成度が高いと評価できるが、唐代のこの生ライチ輸送プロジェクト自体については、マイナス面があるのは否めない。高鮮度を保つ決定打となった方法は、実はライチ園の持続可能性を脅かすものであっただろう。また、この作戦のためのリソースの大部分は、通常の国庫からではなく、民から物や金や労力といった形のいわば“ライチ税”として取り立てたものだ。重い負担に耐えかねて逃散する集落も出て、それが作戦に支障をきたす事態も起きてしまっている。

 たった一人を喜ばせるために、多くの犠牲が生じるという不条理はまさに傾城傾国けいせいけいこく。その報いは、翌755年の安史の乱(安禄山の乱)という形で、玄宗皇帝と楊貴妃も受けることになるのである。

 なお、李善徳役のダー・ポンは、本作の監督も務めている。前作の「熱烈」(2023)は現代のダンサーたちの世界を描いたコメディで歴史物は本作が初挑戦だが、李善徳が嶺南に向かうシーンでヒップホップを使うなど、現代感覚を取り入れている。


宇宙戦艦ヤマト
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タイタニック
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本連載第146回
https://www.foodwatch.jp/screenfoods0146
本連載第28回
https://www.foodwatch.jp/screenfoods0028
生きる
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本連載第303回
https://www.foodwatch.jp/screenfoods0303
长安的荔枝(小説)
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熱烈
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【長安のライチ】

公式サイト
https://www.chuka-eiga.com/raichi
作品基本データ
原題:长安的荔枝
製作国:中国
製作年:2025年
公開年月日:2026年1月16日
上映時間:122分
製作会社:広東愛美影視有限公司、天津猫眼微影文化傳媒有限公司、北京元気娯楽文化有限公司、上海儒意影視制作有限公司、上海他城影業有限公司、上海華人影業有限公司、華夏電影発行有限責任公司、東陽行庸影視文化有限公司
配給:Stranger、面白映画
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督:ダー・ポン
アクション監督:ウー・ガン
脚本顧問:チャン・チーユー
脚本:シェン・ユイユエ、ダイ・シーアオ、ダー・ポン
原作:マー・ボーヨン
エグゼクティブ・プロデューサー:リー・ヤーピン、シンラ・チャン
撮影:ワン・ボシュエ
美術:ワン・チン
音楽:ザイ・チンヤン
編集:トゥ・イーラン、ホアンゼン・ホンチェン
衣裳デザイン:リー・チョウ
キャスト
李善徳:ダー・ポン
蘇諒:バイクー
阿僮:ジュアン・ダーフェイ
鄭玉婷:ヤン・ミー
林邑奴:テレンス・ラウ
楊国忠:アンディ・ラウ
魚朝恩:チャン・ユエン
杜甫:チャン・ルオユン

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。