いもの子汁とアレンジひょうか

371 「おいしい給食 炎の修学旅行」から(後編)

「おいしい給食 炎の修学旅行」のレビューをもう一本。まずは、続きから。

 1990(平成2)年秋、忍川中学校3年1組担任の甘利田幸男(市原勇人)は、“給食道”のライバル生徒、粒来ケン(田澤泰粋)と給食バトルを繰り広げていた。

 2泊3日で青森・岩手方面へ修学旅行に出かけた甘利田と生徒たちは、まず十和田湖畔のドライブインでせんべい汁に舌鼓を打つ。ところが、居合わせた岩手の花堺中学の生徒とケンがトラブルになり、その現場で甘利田はかつての同僚・御園ひとみ(武田玲奈)と運命的な再会を果たすというところまでが前半のストーリーである。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

まさかの給食交流会の誘い

 十和田湖畔のドライブインを出発し、青森の旅館に到着した甘利田ら忍川中一行。そこに御園が訪ねてくる。用件は、花堺中が不定期で開催している給食交流会への参加要請。実はこれは、花堺中の教師で生徒を厳しく管理するスパルタ指導をモットーとする樺沢輝夫(片桐仁)が、甘利田との再会で動揺する御園の迷いを断ち切ろうとする企みだった。

 修学旅行中の他校を出会った翌日に給食交流会に招くというのは、どう考えても非現実的な無茶振りに思える。そもそも給食の追加分の手配はどうするのかといった疑問は残るが、動機の不純さに加え、管理教育に凝り固まった樺沢の異常さを示すものと解釈しておこう。

 甘利田の同僚の木戸四郎(栄信)、香坂真由(田中佐季)らは、急に修学旅行の予定を変えることはできないと断るが、「岩手の給食には面白いものが出ます」という御園の言葉につられた甘利田は、3年1組単独で給食交流会への参加を決める。

 そして甘利田が、この給食交流会への参加を決めるためにあおった一杯のビール。酒を飲むと前後不覚に陥る甘利田が、思わぬ波紋を呼ぶその後の出来事を知る由もなかった。

給食は飲みもの、ではない

里芋を、鶏肉、豆腐、大根、ニンジン、ゴボウ、キノコ、ネギなどと煮込んだ「いもの子汁」。
里芋を、鶏肉、豆腐、大根、ニンジン、ゴボウ、キノコ、ネギなどと煮込んだ「いもの子汁」。

 修学旅行2日目、甘利田と3年1組の生徒たちは、宮沢賢治記念館への旅程を変更して、花堺中学校を訪れる。

 事前に知らされた給食のメニューは、いもの子汁、麦飯、みかん、瓶牛乳、ひょうか。

 いもの子汁は、「サンセット・サンライズ」(2025、本連載第350回参照)にも登場した東北地方の芋煮の一種で、里芋を、鶏肉、豆腐、大根、ニンジン、ゴボウ、キノコ、ネギなどと煮込んだ岩手県北上川流域の郷土料理だ。

 最後の“ひょうか”というのは何だろうと首をひねる生徒たち。甘利田は、かんぴょうを甘辛く煮込んだものではないかと予想するが、その正体は全く異なるものだった。

 給食に臨む花堺中の生徒たちの様子は、十和田湖畔のドライブインで目撃したのと同じものだった。早く食べ終えることを厳しく強要され、給食を楽しんでいる者は皆無。軍歌調の校歌斉唱や号令のかけ方など、管理教育的な描写がオーバーなまでに強調される。鞭のような長い定規を振り回しながら生徒たちを監視している樺沢は、給食をゆっくり楽しんでいる忍川中の生徒たちにも、早く食べるよう促し、食べ方にも注文をつける。

 そんなことはお構いなしに、甘利田とケンはいつもの給食バトルを展開。しかしアウェーということもあり、場を盛り上げる甘利田のモノローグが控え目なのが演出上の工夫になっている。

 そして、みかんとひょうか、修学旅行出発前にサキ(高畑淳子)が営む駄菓子で購入したビタミンカステーラを組み合わせたケンのアレンジ給食に樺沢の怒りが爆発。樺沢は、甘利田が生徒を放任し自分も好き放題やっているとし、教師の資格がないとまで言い切る。これに対して甘利田も反論する。

給食は飲むように食べるものではない、味わうものだ。

スパルタ給食は何も生まない。

学校の主役は、大人ではない。子供たちだ。

そして給食は、おいしく食べるものだ。

 甘利田の主張は、給食はしつけや規律のためのカリキュラムだという樺沢の主張とかみ合うはずもなく、議論は平行線をたどるが、樺沢の教育方針に染まろうとしていた御園にある変化をもたらす。その詳細は本編をご覧いただきたい。

わんこそばはおそばの嵐

 甘利田と御園の印象的な別れのシーンの後、3年1組一行は夕食を摂る岩手のそば屋に到着する。甘利田は、修学旅行に出る前に給食配膳員の牧野文枝(いとうまい子)から聞かされていた「わんこそば」への期待に胸を膨らませていた。

次から次におそばの嵐。もうストップって言うまで永遠に続くのよ。

「いただきます」のかけ声とともに、わんこそばの夕食が始まる。お代わり係の女性店員がテーブルの横に立ち、空いた椀に少量のそばを落としていく。時間経過とともに、終了の合図である椀のふたを閉じる者が増えていくなか、椀の塔を築いていく甘利田とケン。次第に一騎打ちの様相を呈していく様は、「レイダース/失われたアーク《聖櫃》」(1981)の酒場でインディアナ・ジョーンズの恋人マリオンが荒くれと大酒飲み対決をするシーンを想起させる。勝負の結果は本編をご覧いただきたい。

今学期の締めはジンギスカン

 修学旅行が終わって数日後に職員会議が開かれ、校長の坂爪勲(小堺一機)は、給食交流会の件で花堺中学から苦情があったことを知らせる。樺沢の一方的な言い分であったが、甘利田は弁明せず、1カ月半後の12月後半、教育委員会での審理が決まってしまう。処分を回避するために坂爪が甘利田に提案したのは、テレビドラマ「おいしい給食(season3)」(2023)に登場したある人物からのオファーだった。この詳細も本編をご覧いただきたい。

 さて、2学期最後の給食のメニューは、ジンギスカン、米飯、ポテトサラダ、バナナ、牛乳。かつて当地名物のイカメシが給食に出ることを待ちわびたこともあった甘利田だが、ジンギスカンも負けず劣らずの北海道名物である。今回のケンの工夫は、寸胴鍋の下に残ったジンギスカンの汁を米飯にかけて、ジンギスカンと一緒にかっこもうというもので、甘利田もこの“つゆだくジンギスカン丼”にあやかることに。

 ちなみに、牛丼チェーンの吉野屋が、つゆだくを特殊注文として提供し始めたのは1950年代の築地店からという。そしてこれが広く普及したのは1990年代後半からとなる。

そしてポーク卵おにぎりの地へ

 地方公務員である公立中学校の教師が、他都道府県への転勤を繰り返すという設定は、現実的には無理があるものの、40〜30年前という“ちょっと昔”の話にすることで言い訳にしているように思える。何よりも今後の「おいしい給食」シリーズが、全国の郷土料理を使った給食を紹介していくことを目的とするならば、やむを得ないだろう。

 気になる続編へのヒントは、劇場版3作目「おいしい給食 Road to イカメシ」(2024、本連載第331回参照)のキーパーソンがほのめかした「ポーク卵おにぎり」。イカメシの時と同様に、甘利田の決断にポーク卵おにぎりが出る給食が影響したことは、想像に難くない。


いもの子汁(農林水産省「うちの郷土料理 」)
https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/k_ryouri/search_menu/menu/28_13_iwate.html
サンセット・サンライズ
Amazonサイトへ→
本連載第350回
https://www.foodwatch.jp/screenfoods0350
レイダース/失われたアーク《聖櫃》
Amazonサイトへ→
おいしい給食(season3)
Amazonサイトへ→
吉野家の歴史 創業期 1899年~(吉野家公式ホームページ)
https://www.yoshinoya.com/history/history-01/
おいしい給食 Road to イカメシ
Amazonサイトへ→
本連載第331回
https://www.foodwatch.jp/screenfoods0331

【おいしい給食 炎の修学旅行】

公式サイト
https://oishi-kyushoku4-movie.com/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2025年
公開年月日:2025年10月24日
上映時間:114分
製作会社:「おいしい給食」製作委員会
配給:AMGエンタテインメント
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:綾部真弥
脚本:永森裕二
製作総指揮:吉田尚剛
企画:永森裕二
プロデューサー:岩淵規
撮影:小島悠介
照明:西野龍太郎
録音:井家眞紀夫
美術:伊藤悟
小道具:千葉彩加
音楽:沢田ヒロユキ
主題歌:給食ボーイズ
整音:田中俊
効果:佐藤祥子
編集:岩切裕一
衣裳:小磯和代
ヘアメイク:近藤美香
グレーディング:河野文香
ポスプロ・マネージャー:豊里泰宏
制作担当:田山雅也
助監督:湯本信一
フードスタイリスト:松井あゆこ
キャスト
甘利田幸男:市原隼人
御園ひとみ:武田玲奈
粒来ケン:田澤泰粋
木戸四郎:栄信
香坂真由:田中佐季
樺沢輝夫:片桐仁
牧野文枝:いとうまい子
白根澤仁:六平直政
サキ:高畑淳子
坂爪勲:小堺一機
丸本米子:藤戸野絵
峰岸マルコ:田口ハンター
浅葉浩二:石澤柊斗
瀬戸口望:高松咲希
国生道子:富田莉代

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。