チャイナタウンに人間力を学ぶ

 以前、横浜中華街発展会協同組合理事長の林兼正さんに、街づくりの考え方についてお話をうかがいました。もう10年以上経っていますので、また新しいお話をうかがわなければと思いますが、当時うかがったのは、街づくり・街をよくするためには、こまごまとしたルールやその理由づけよりも大切かつ効果的なことがあるというお話でした――道にゴミが落ちていたら拾えばいい。なぜ? 理由はいらない。私がこの街を好きだから――。ニューヨークの改善に学び、さらに横浜で実践していることを熱っぽく語られました。

 愛情と常識のある人々が、よい街を創発する。これは街づくりだけでなく、よい会社づくり、よい店づくりを考えていく上でも、学びたい考え方です。

 そのとき、林さんはこの地域の父祖の働き、横浜中華街の成立過程も教えてくださいました。

 横浜開港とともに欧米列強から白人たちが続々と日本へやって来たわけですが、そのとき彼らに雇われたり、彼らの周辺に発生する仕事を求めて、中国の人々もやって来たわけです。その最初の頃に多かったのは、床屋さんや料理人の方々だったそうです。

 その中国からの人々がそれぞれにお金をため、居留地の中でも少しでも標高の高い部分の土地を買い、それぞれに事業を広げてきた。それが現在の横浜・山下町の中華街エリアということです。

 華僑や中国本土のビジネスパーソンを見ていて感心するのは、彼らは単に日々を暮らすためのような働き方をしないということです。上手にお金をためて財産を築くように手と頭を使っていきます。それを“勘定高い”と見る日本人もいますが、彼らが財産を重視する背景を考えると、これは日本人も学ぶべきだと感じます。背景というのは、自立、プライド、そして“福”の発想です。

 日本やイギリスのような島嶼国に比べれば、大陸は古来大規模な戦乱の絶えない場所です(梅棹忠夫「文明の生態史観」ほか)。そこでは日本人のように“お上”だのみの発想は持ち得ず、自立した集団を作れなければ生き残れません。

 そこで大切に考えるのが家族ですし、周囲との関係です。

 また、ある漢字の先生によれば、“福”という漢字は、日本人が考えるような感覚的な幸せではなく、家族が増えて子孫繁栄につながる幸福を表すのだそうです。

 そして、客人の接待となれば、相手が食べ残してしまうほどの料理を出して歓待する(だから接待される側も食べ残すことを礼儀とわきまえる)。歓待されれば、それへの返礼にも金をかける。いったん仲間となれば、約束は絶対であってプライドにかけて果たす。まして“義兄弟”ともなれば、全財産をかけて相手の“福”を保障する。

 これらに出し惜しみをしないためには、財産が必要なわけでしょう。

 日本人が「中国ビジネスでだまされた」と言っているのも聞くことがありますが、もしもだまし合いに明け暮れている人たちであったら、世界中にあるチャイナ・タウンのようなコミュニティはできないでしょう。おそらく、彼らの呼吸を読み切れず、仲間になり切れなかったときに失敗は起こるのではないでしょうか。

 一方、大阪出身で、学生時代の旅行に始まり、食の仕事を通じて世界各地を観察してきたある方によれば、日本人は海外でコミュニティを作るのが下手だということです。交流はあっても、とかく足の引っ張り合い。クラブのようなものを作るにしても、渡航時期や業界ごとにばらばらに集まる。確かに、私もある国で日本移民社会に接してみて、彼らの間に実に陰口が多いのに驚いたことがあります。付き合いの浅い私などにそんなことを漏らしてしまうのも、日本人社会の隙であるようにも感じます。

 ただ、網野善彦のように既成概念にとらわれない人による歴史の読み解きによれば、江戸時代約300年の安定社会を経る以前の日本人は、もっとバイタリティに富み、発想はのびのびとしていて、異文化・異社会との付き合いも上手だったようです。

 たとえば華僑や中国のビジネスパーソンとお付き合いすることから、日本人がよい変化を遂げるヒントはもらえるように見ています。

 横浜中華街の初期のお話で、もう一つ興味深く感じたのは、最初の人たちが床屋さんと料理人だったということです。と言うのも、林さんのお話をうかがった後、街づくりに携わる別な日本人のコンサルタントが「活気のある街にはハサミとフォークがある」と言われたからです。あこがれられる美容院があって、おいしい料理を出す店があるということです。

 私はそれをうかがって、可処分所得の高い人がいるから、美容と美食が発達するのだろうと受け取っていました。しかし、中華街の発展史を考え合わせると、むしろ美容師と料理人が力を付けてビジネスを拡大させていくことが、その街を発展させるのかもしれないと思うようにもなりました。

 なにしろ、この2つの業種は人の心と体を探求する仕事です。これに携わる人たちとお話をさせていただくにつけ、ビジネスと社会を見る目の鋭さ、ものの考え方の厚み、そういう人間力のベースがやっぱり違うと感じることがしばしばです。

※このコラムはメールマガジンで公開したものです。

齋藤訓之
About 齋藤訓之 299 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。日本フードサービス学会会員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。東京栄養食糧専門学校非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →