雑草は昔からスーパー雑草だった

北海道型の手押し除草機の一つ。棒の先に取り付けたレーキとスキー状の板を作物のそばで滑らせ、雑草の芽を倒していく
北海道型の手押し除草機の一つ。棒の先に取り付けたレーキとスキー状の板を作物のそばで滑らせ、雑草の芽を倒していく

7日19時のNHKニュースを見ていたら、続く「クローズアップ現代」で「スーパー雑草」を取り上げるという。すわ、またぞろ除草剤耐性遺伝子組換え(GM)植物の野生化やら交雑やらの話題かと観ていたら、そうではなかった。最近、除草剤耐性を持つ雑草が問題になっているという。それをスーパー雑草と呼んでいる。確かに最近この語を好んで使う人が増えているように感じる。

 番組ではどの植物をスーパー雑草と呼んでいるのかと思ったら、日本ではオモダカだという。加えて、米国の大規模農業をおびやかすいくつかの植物が取り上げられていた。 米国の場合にスーパー雑草による打撃が大きくなる理由を説明するために、GM作物と農薬の組み合わせによる大規模農業に触れていた。しかし、この番組で言うスーパー雑草自体は、GM植物由来の“モンスター”のことではなかった。

 番組中、日本国内でスーパー雑草が生まれた事情として、主にやり玉に挙がっていたのは一発処理剤(一発剤)に含まれるSU剤だった。そして、近年進む有機農業、その規格化によって突然除草剤を使わなくなったことなどを織り交ぜて、スーパー雑草の誕生を説明していた。

 そして、日米の農業の現場で、これまでにないたいへんなことが起こっているような仕立ての番組となっていた。娯楽としては面白いのかもしれないが、退屈な番組だった。

 まず、オモダカは珍しい植物ではない。植物としての歴史も、それには及ばずながら薬用、観賞用植物としての歴史も、そして水田雑草としての歴史も長いものがある。

 雑草。これまた歴史のある分類だ。恐らく、農業の誕生と同時に雑草という分類は生まれた。こういうものが作物を育てる圃場やその周りに生えることが、農業の打撃となるというのは、だから今に始まった話ではない。

 そして、雑草はいつだって強かった。退治しにくく、消えたと思えばまた生えてくる。スーパー雑草などと言われる前から、雑草はスーパーだった。昔から、そう見えるものだった。番組ではクローバーなどをグランドカバーとして使うなどを、相当に気の利いたブレイクスルーのように紹介していた。それはそれでいい研究だが、話題としては偏りを感じる。

 つまるところ、この“スーパー雑草”なるもので困ることは何なのか。直接的、短期的には、現行の農薬の人気商品が売れなくなるということだろう。これは、農薬メーカーなどアグリビジネスにとっては困ったことだ。ただし、これは新しい仕事ができたことも意味する。開発コストはかかるが、開発に成功すれば、またヒーローになれる。製造業やその製品を販売する企業等にとって悪い話ではない。

 一方、農家が困っている。いままでやってきた方法で栽培がうまく行かなくなったのだから、確かにこれも困った話だ。しかし、それは農家の全員が困ることなのか。そこはよく注意して見聞きしなければならない。

 前述したとおり、農業に携わる人たちは、昔から雑草と闘ってきた。その現場からはさまざまな知恵が生まれた。単純で効果的なのは、雑草をいったんは発芽させ、種を付ける前に倒してしまうことだ。そのためのさまざまな道具、作業方法、タイミングの取り方などのノウハウなどが、いろいろに伝わっている。

 戦後にはトラクタが普及したために、そうした除草法の新しい効率的な方法が体系化された。ただし、その技術体系がかなり進んだ段階で、除草剤という便利なものが普及したために、多くの地域でそれはすたれた。

 だが、北海道のように大面積に取り組む地域かつ大消費地から遠い地域では、除草剤のコストが重くのしかかるため、トラクタによる機械除草は一般的に行われている。また、デメンさんと呼ばれるパート・アルバイトの賃金が府県よりも安いために、人海戦術的に手作業で行う除草も行われ、それを容易にする道具も発達している。

 有機農業を「流行だから」ではななく、コストダウンと付加価値アップの道として戦略的に取り組んでいる各地のグループは、北海道型の除草も取り入れながら、地域に伝わる方法なども発掘しながら独自の技術を組み合わせ、それぞれに体系化を進めている。

 いったん生やす方法もその一つだし、隔年でダイズ作を入れると、その後は雑草が生えにくいだとか、水田ならば水の深さをコントロールすることで、若い雑草を溺れさせたり、ある種の藻を発生させて水中に光が入るのを防いで雑草の繁茂を抑えるという方法などもある。それらをうまく組み合わせるのだ。

 問題を解決する方法は一つではない。いくつもの方法を持って、状況に合わせてアプローチを変えることが経営の妙であることを、経営者たちは知っている。

 そして技術には流行がある。かつてはどこの国でも、蒸気機関のことばかり考えていた。それが、各種の内燃機関に移り、また原子力という外燃機関に移ったりという移り変わりがある。遠く遡れば、石の砕き方や磨き方ばかり考えていた時代、青銅でいろいろなものを作った時代、鉄が伸びた時代と、いろいろだ。20世紀には化学がもてはやされた。最近はバイテクに若い人の興味が向かっている。

 それはそういうものだ。しかし、どの技術も、流行が過ぎたあとも完全に消えることはない。歴史は流行として流れながら、“おいしいところ”を積み重ねていっている。優れた経営者たちは、それらのなるべく多くを自身の手駒として持とうと考え、必要に応じて復活させようとしたり考える。

 問題となっている除草剤というのは、そうしたタイプの経営者たちにとって、ある手段の一つに過ぎない。それを知っている農家にとって、“スーパー雑草”なるものは「作戦を変えよう」と考える潮目に過ぎない。だが、除草は除草剤でとしか考えられなくなっている農家、それしか教わっていない農家にとっては、この世の終わりにも見えるのだろう。

 現行のケミカルの効力が落ちるのであれば、しばらくは機械除草や、雑草にフェイントをかける作戦でいくべきかもしれない。となれば、兼業農家がそれぞれ単独でやっていくのは難しいだろう。すると、専業農家が自分の経営を伸ばしたり、兼業農家の管理を請け負うなどのチャンスとも考えられる。

 この機に成長を期している農家も少なくないはずだ。そしてそれは、次のよく効く除草剤が開発され、普及する以前に一気に進めなくてはとも考えているだろう。生物は体の形を変え、しくみを変えて生き残ろうとする。そして人間は、その一つひとつに、技術と経営で対応していこうとする。そうして自然と人為が互いに影響し合っている。

 苦労はある。つらいこともある。しかし、何と美しい話ではないか。実に、自然と人とで地球は生きていると実感させる出来事だ。ときに慌てるべきかもしれないが、騒ぐ必要はない。

※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。

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About 齋藤訓之 398 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所特任研究員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。日本フードサービス学会、日本マーケティング学会会員。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →