「クレイマー、クレイマー」のフレンチトースト

フレンチトーストを手際良く作っていく父子の共同作業
フレンチトーストを手際良く作っていく父子の共同作業

今回は来る6月15日(日)の父の日に向けて、父と子の絆を描いた「クレイマー、クレイマー」(1979)で印象的な使われ方をしたフレンチトースト等の料理について取り上げる。

 本作はエイヴリー・コーマン(Avery Corman)の小説を原作に、アメリカン・ニューシネマの代表作である「俺たちに明日はない」(1967)の脚本を担当したロバート・ベントンが脚本・監督を務め、「卒業」(1967)や「真夜中のカーボーイ」(1969)で印象的な演技を見せたダスティン・ホフマンと、前年の「ディア・ハンター」(1978)で一躍注目されたメリル・ストリープが別居中の夫婦役を演じた。第52回アカデミー賞で作品賞/監督賞/脚色賞/主演男優賞/助演女優賞の5部門を受賞した他、息子役を演じたジャスティン・ヘンリーは史上最年少となる8歳でアカデミー助演男優賞にノミネートされている。

 なお、原題の「Kramer vs. Kramer」とは離婚調停の法廷の原告(妻)と被告(夫)のことを指している。

妻の家出と料理オンチの夫

 現代(1970年代)のニューヨークが舞台である。広告会社に勤めるサラリーマンのテッド・クレイマー(ホフマン)は、日頃の努力が実って大口の代理店契約を取り付け出世の道が開けるが、まさにそのニュースを持ち帰った夜に妻のジョアンナ(ストリープ)から別れ話を切り出される。仕事一筋で家庭を振り返ろうとしない夫に妻は失望を感じ、それが積み重なってついに限界を越えてしまったのだった。

 テッドの説得も空しく彼女は家を出て行き、家には彼と7歳になる子供ビリー(ヘンリー)が残される。翌朝、ママはどこに行ったのと尋ねる息子に、父は単なる夫婦喧嘩でママはすぐに戻ってくると説明し、朝食は何が食べたいか聞く。ここでビリーがリクエストしたのがフレンチトーストである。フレンチトーストにはさまざまな作り方があるが、NHK Eテレ「グレーテルのかまど」が「クレイマー、クレイマーのフレンチトースト」で紹介したレシピは以下のようなものである。

フレンチトースト

【材料】(2人前)
食パン(2.5cm厚)……2枚
卵(M玉)……2個
砂糖(グラニュー糖)……50g
牛乳……150cc
バター(食塩不使用)……適量(焼成用)
【作り方】
1. ボウルに卵を入れ、攪拌して砂糖を入れる。さらに牛乳を加えて溶きのばす。
2. 食パンに1の卵液をたっぷり染み込ませる。つける時間は30秒程度だが、何度も裏返して吸収をよくする。
3. フライパンにバターを適量入れ、熱してバターを溶かす。パチパチとバターの水分か蒸発する音が聞こえたら2で卵液を染み込ませたパンを入れる。片面1分ずつ焼き、きれいな焼き色をつける。
4. オーブンプレートに付属の網をのせて3で焼いたパンを並べ、170℃のオーブンで10~12分程度加熱する。
5. 焼き上がったら半分に切って、皿に盛り付けて出来上がり。
※NHK Eテレ「グレーテルのかまど」2012年10月6日放送で紹介されたレシピ(「クレイマー、クレイマーのフレンチトーストより」エコール 辻 東京・百野浩史氏監修)を元に一部改変(http://www.nhk.or.jp/kamado/recipe/53.html)。

 このようにいたって簡単なものだが、テッドの調理は1と2の工程をボウルを使わずに自分のマグカップでやったものだから、卵の殻が入ったり、ミルクを入れるのを忘れたり、食パンを二つに折らないと卵液を浸せなかったりと散々で、苦しい言い訳もビリーにツッコミを入れられる始末。挙句の果てにはコーヒーの用意をしている隙にフライパンで焼いていたパンを焦がし、あせってひっくり返して癇癪を起こし、息子にあきれられてしまう。この一件でテッドは自分がいかに家事に対して“浦島太郎状態”であり、その部分をいかに妻に依存していたかを思い知ることになるのである。

ステーキとチョコアイスが深めた絆

 ジョアンナからビリーに宛てた手紙が届き、彼女が戻らないことが決定的になる。テッドは上司のジム(ジョージ・コー)に家庭の問題を職場に持ち込まないと誓うが、男手一つの子育ては容易なことではなかった。何かにつけて母親と自分を比較する息子に対し、学校の送り迎え、買い物、食事の支度、お話の読み聞かせまでこなしていくうちに、次第に仕事より家事の方が日常になっていく。

 そして妻が家を出て8カ月後に事件が起こる。テッドが作ったタマネギとグレービーのかかったステーキをビリーがまずくて食べられないと拒否し、父の再三の警告を無視して好物であるデザートのチョコアイスに手を出し、親子喧嘩に発展したのだった。

 皿を洗って落ち着きを取り戻したテッドは、ビリーを閉じ込めた子供部屋に行き謝罪する。パパは家を出て行かないよねと聞く息子に父はもちろんだと答え、ボクが悪い子だからママは出て行ったのかという問いには、お前のせいではなくママの気持ちに気付かなかったパパのせいだと自分の非を正直に認めるのだった。食事を端緒とした諍いがかえって親子の絆を深めた「雨降って地固まる」エピソードである。

別れのフレンチトースト

フレンチトーストを手際良く作っていく父子の共同作業
フレンチトーストを手際良く作っていく父子の共同作業

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

 カリフォルニアで新しい仕事についていたジョアンナが、家を出て1年半後にニューヨークに戻ってくる。テッドと再会した彼女は、自分にとっていちばん大切なのは息子だと気付いたと言い、ビリーを渡すよう夫に迫るが、テッドがそれを容認できるわけがなかった。二人は共に弁護士を立て、法廷で骨肉の争いを繰り広げることになる。その結果については実際に映画をご覧いただきたいが、すべてが終わった後に再び登場するのがフレンチトースト作りのシーンである。最早ジョアンナが家出した直後のような不手際はなく、ビリーがボウルで卵をかきまぜ、テッドが目分量で牛乳を注ぎ、卵液に漬けた食パンをフライパンに載せていくレシピ通りの手順は阿吽の呼吸と言ってよく、あたかも父と子の別れの儀式のように見えるのである。


【クレイマー、クレイマー】

「クレイマー、クレイマー」(1979)
作品基本データ
原題:Kramer vs. Kramer
製作国:アメリカ
製作年:1979年
公開年月日:1980年4月5日
上映時間:105分
製作会社:パースキー・バトラー・プロ作品
配給:コロムビア映画
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督・脚本:ロバート・ベントン
原作:エイヴリー・コーマン
製作:スタンリー・R・ジャッフェ
撮影:ネストール・アルメンドロス
美術:ポール・シルバート
音楽:ヘンリー・パーセル
編集:ジェリー・グリーンバーグ
衣装デザイン:ルース・モーリー
キャスト
テッド・クレイマー:ダスティン・ホフマン
ジョアンナ・クレイマー:メリル・ストリープ
ビリー・クレイマー:ジャスティン・ヘンリー
マーガレット:ジェーン・アレキサンダー
ジム・オコナー:ジョージ・コー
フィリス:ジョベス・ウィリアムス
ジョン:シェリル・バーンズ
フェントン:ハワード・ダフ
ノーマン:ピーター・ローンズ

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。