「バベットの晩餐会」のフランス料理とワイン

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バベットの晩餐会
バベットは宝くじで得た財を投じ、心づくしの料理で皆をもてなす

来る11月21日のボジョレー・ヌーボー解禁にちなみ、フランス料理とワインのご馳走が登場する映画をご紹介する。

パリを逃れて来た家政婦

「バベットの晩餐会」(1987)は、映画「愛と悲しみの果て」(原題Out of Africa, 1985)の原作者として知られる女流作家アイザック・ディネーセンカレン・ブリクセン名義で発表した小説を映画化したデンマークの作品で、その年のアカデミー賞の外国語映画賞を受賞している。

 19世紀後半、ユトランド半島の辺鄙な漁村にプロテスタント・ルター派のある一派の創始者である牧師(ポウエル・ケアン)を父に持つマーチーネ(ヴィーベケ・ハストルプ)とフィリパ(ハンネ・ステンスゴー)という美しい姉妹が、厳格な教義のもとに暮していた。

 やがてマーチーネはスウェーデン軍士官のローレンス(グドマール・ヴィーヴェソン)に、フィリッパはフランス人のオペラ歌手アシール・パパン(ジャン・フィリップ・ラフォン)にそれぞれ求愛されるが、父の仕事を生涯をかけて手伝っていくことを決めていた二人はそれを受け入れることはできなかった。

 それから数年を経た1871年9月のある夜、フランスからバベット(ステファーヌ・オードラン)という女性がパパンの紹介状を持って姉妹のもとを訪れる。普仏戦争後に起こった社会主義革命運動パリ・コミューンの混乱の中で夫と息子を殺されすべてを失ったバベットは、国を逃れ、働き口を求めてこの村にやって来たのである。姉妹に彼女を雇う経済的余裕はなかったが、無給でよいからと懇願し、彼女は姉妹のもとで家政婦として働かせてもらえることになる。

 その翌日、バベットが姉妹に家事を教わる場面で出てくるのが干したカレイの切り身をお湯で戻し、乾パンをビールに浸して食べるという地元の人々の質素な食事である。パリにいた頃とはあまりにも違う食生活に戸惑うバベットの表情が印象的で、後に彼女が晩餐会で出す料理とは好対照をなしているのだが、「郷に入っては郷に従え」のことわざ通り、彼女は地元社会に順応して長い年月を過ごすことになるのである。

デンマークの禁欲者たち

バベットの晩餐会
バベットは宝くじで得た財を投じ、心づくしの料理で皆をもてなす

 バベットがこの村に来て14年後、彼女のもとにフランスから一通の郵便が届く。それは1万フランの宝くじの当選を知らせるものだった。

 当時の1万フランがどの程度の金額に換算されるのかわからないが、相当な大金であることは彼女の狼狽ぶりからも見てとれる。

 大金を手にしたバベットは、姉妹に村に来て初めての願い事をする。それは姉妹の亡き父親である牧師の生誕百年を祝う晩餐会で、今回だけ自分が得た1万フランを使ってフランス料理を作らせて欲しいというものだった。

 贅沢を好まない姉妹が渋々承諾すると、彼女は準備のために休暇をとってフランスに一時帰国し、最高級の食材とワインを調達して来る。彼女が運んできた生きたウズラやウミガメを見る村人たちの「一体何を食わされるんだろう」という怪訝な表情。マーチーネなどは夢枕に魔女と化したバベットが出て来てうなされる始末である。

 これまで牧師の教えを頑なに守って禁欲的な共同体生活を送ってきた彼らは話し合い、どんな料理が出てきてもそれを味わうことをせず感情を殺して食べようと決める。こうした田舎のプロテスタントの信者たちの、信仰に忠実であるが故の閉鎖性はデンマークではよくあることらしく、カール・テホ・ドライヤー監督の「奇跡」(1954)やラース・フォン・トリアー監督の「奇跡の海」(1996)などでも繰り返し描かれている。

1万フランのフルコース

 牧師生誕百年の当日、今では将軍に出世したローレンスも久しぶりにやって来て晩餐会が幕を開ける。そして、パリ滞在経験がある食通の彼が、バベットが腕によりをかけて作った一世一代の料理の解説役となる。

 そのメニューは以下のようなものである。

1. ウミガメのコンソメスープ
アペリティフ:シェリー・アモンティリャード

2. ブリニのデミドフ風(キャビアとサワークリームの載ったパンケーキ)
シャンパン:ヴーヴ・グリコの1860年物

3. ウズラとフォアグラのパイ詰め石棺風 黒トリュフのソース
赤ワイン:クロ・ヴージョの1845年物

4. 季節の野菜サラダ

5. チーズの盛り合わせ(カンタル・フルダンベール、フルーオーベルジュ)

6. クグロフ型のサヴァラン ラム酒風味(焼き菓子)

7. フルーツの盛り合わせ(マスカットなど)

8. コーヒー

9. ディジェスティフ:フィーヌ・シャンパーニュ(コニャック)

 最初は頑なな態度をとっていた出席者たちも、グロテスクに見えた食材の美しい料理への変身ぶりと、そのあまりのおいしさに、顔が次第にほころんでいく。おいしい食事による神の祝福が、禁欲的な信仰に打ち勝った瞬間である。

 そしてローレンスのパリの思い出話から、バベットの意外な過去となぜ彼女が宝くじで得た1万フランをすべて使ってまでこのような行動をとったかが明らかになる。それは実際に映画を観て確認していただきたいが、ヒントとして、最後に彼の次のセリフを挙げておく。

「彼女は食事を恋愛に変えることのできる女性だ
情事と化した食事においては肉体的要求と精神的要求の区別がつかない
かつては美女のために決闘を挑みもした
だが今のパリにはそれに値する女はいない
彼女を除いては――」

作品基本データ

【バベットの晩餐会】

「バベットの晩餐会」(1987)

原題:Babettes gæstebud
製作国:デンマーク
製作年:1987年
公開年月日:1989年2月18日
上映時間:102分
製作会社:A-R・パノラマ・フィルム
配給:シネセゾン
カラー/モノクロ:カラー
サイズ:35mm
メディアタイプ:フィルム
アスペクト比:ヨーロッパ・ビスタ(1:1.66)

◆スタッフ
監督・脚本:ガブリエル・アクセル
原作:アイザック・ディネーセン
製作総指揮:ユスツ・ベツァー
製作:ボー・クリステンセン
撮影:ヘニング・クリスチャンセン
音楽:ペア・ヌアゴー
撮影:ヘニング・クリスチャンセン

◆キャスト
バベット:ステファーヌ・オードラン
アシール・パパン:ジャン・フィリップ・ラフォン
ローレンス(若):グドマール・ヴィーヴェソン
ローレンス(老):ヤール・キューレ
フィリパ(若):ハンネ・ステンスゴー
フィリパ(老):ボディル・キェア
マーチーネ(若):ヴィーベケ・ハストルプ
マーチーネ(老):ビアギッテ・フェザースピール
プロテスタント牧師:ポウエル・ケアン

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。