西部劇の中の食べ物

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「駅馬車」の1シーン
「駅馬車」の1シーン。最初の停車駅ドライフォークでの昼食でチリコンカーンを食べるリンゴ・キッド(ジョン・ウエイン/右)と流れ者の女ダラス(クレア・トレヴァー)

イタリア製の西部劇のことを、日本では彼の国の代表的食材に準えて「マカロニ・ウェスタン」と呼んでいる。欧米で「スパゲッティ・ウエスタン」と呼ばれているものを、映画評論家の故・淀川長治氏が「スパゲッティでは細くて貧弱そうだ」ということで名付けたということだが、実際には西部劇の中でパスタが登場することは稀である。では西部開拓時代のカウボーイやガンマンたちはどんなものを食べていたのだろうか?

ジョン・フォード作品の中のチリコンカーン

「駅馬車」の1シーン
「駅馬車」の1シーン。最初の停車駅ドライフォークでの昼食でチリコンカーンを食べるリンゴ・キッド(ジョン・ウエイン/右)と流れ者の女ダラス(クレア・トレヴァー)

 西部劇によく出てくる食べ物として真っ先に挙がるのは、アメリカの国民食とも言える豆料理で、メキシコから伝わったチリコンカーンである。これはキドニービーンズ(赤インゲン)やレンズ豆、ヒヨコ豆といった豆類を挽肉などと共に唐辛子や香辛料の入った赤いチリソースで煮込んだもので、名匠ジョン・フォード監督による西部劇の名作中の名作「駅馬車」(1939)にも登場する。

 アリゾナ州トントの駅馬車の御者バック(アンディ・ディバイン)は、家で毎日のように出される豆料理に飽き飽きしていて、同乗したカーリー保安官(ジョージ・バンクロフト)に「Beans, Beans, Beans. 俺の食事は豆ばっかりだ!」と愚痴る。最初の停車駅ドライフォークでの昼食でもチリコンカーンが食卓に並ぶ。この一場は、殺された父と兄弟の仇討ちのために脱獄し、仇のいるニューメキシコ州ローズバーグ行きの駅馬車に乗り込んだリンゴ・キッド(ジョン・ウェイン)や、トントの婦人会から「風紀を乱す」として街を追い出された流れ者の女ダラス(クレア・トレヴァー)をはじめ、ひと癖もふた癖もある駅馬車の乗客たちのキャラクターが浮き彫りになる食事のシーンとなっている。

 同じくジョン・フォードによる、有名なOK牧場の決闘を映画化した「荒野の決闘」(1946)では、長男ワイアット(ヘンリー・フォンダ)をはじめとするアープ兄弟がメキシコで買った牛を追ってカリフォルニアへ向かう途中、アリゾナ州のトゥームストーンで野営するシーンでチリコンカーンが登場する。砂漠地帯で水不足のため、食べ終わった皿を砂で洗う描写がリアルである。

 料理上手をワイアットに褒められた18歳の末弟ジェームズ(ドン・ガーナー)は、兄たちが街に出かけている留守中、直接は描かれないが食事の支度をしている最中に彼らの牛を狙うオールドマン・クラントン(ウォルター・ブレナン)一家に襲われて殺されてしまう。兄たちが戻った際、砂漠には珍しい雨が降る中で鍋などが散乱した状況がその惨状を想像させ、ワイアットがこの地に保安官として留まってクラントン一家への復讐を決意するシーンとなっている。

「赤い河」のビーフシチュー

チザム・トレイル
チザム・トレイル(赤線)と今回の映画に登場する場所の位置関係

「赤い河」(1948)はテキサス州リオ・グランデからミシシッピ河支流のレッドリバーを渡りカンザス州アビリーンまで(チザム・トレイル/図参照)の肉牛1万頭の大輸送「キャトル・ドライブ」を描いた作品である。

 カウボーイのダンソン(ジョン・ウェイン)と相棒のグルート(ウォルター・ブレナン)は牧場を開くため開拓民の幌馬車隊から離れるが、その直後幌馬車隊はインディアンの襲撃に遭ってしまう。ダンソンは生き残った少年マシュウを養子に迎え、牛に自らの所有を示す焼印を押し、メキシコ国境のテキサス州リオ・グランデで大牧場を築き上げる。

 14年が経過し、南部での牛の買い手不足に悩むダンソンは、南北戦争から帰還したマシュウ(モンゴメリー・クリフト)に鉄道が開通しているミズーリ州に肉牛を輸送する計画を打ち明ける。牧童集めが始まり、年老いたグルートも料理担当として動くキッチン(トレイル・キッチン)を搭載した炊事専用馬車「チャックワゴン」に乗り込むことになる。静まりかえった広大な土地に放牧されている牛の大群をカメラがパン(横移動)で映し出し、カウボーイたちの「イャーハー!」というかけ声とともにキャトル・ドライブが出発するシーンはこの映画の白眉である。

 しかしその3000㎞に及ぶ道のりは長く厳しいもので、牛の暴走や危険な渡河などが一行を苦しめる。とくに豆や小麦粉、砂糖といった食糧の不足は顕著で、毎日の食事は身近にいる牛を屠ったビーフシチューばかりとなってしまう。「わしもこんなものばかり出したくはないんじゃ」とグルートは皆に謝るが、一日中馬に乗って牛を負う重労働をこなすカウボーイたちの不満は収まらない。

 そしてミズーリより近いアビリーンに鉄道が開通したという情報がもたらされても頑なに行き先を変えようとしないダンスンの暴君のような態度にカウボーイたちの怒りはついに爆発し、苦渋の末に彼らの側についたマシュウが養父であるダンスンを置き去りにするというクーデターを起こすきっかけとなるのである。

ディズニーランドのチャックワゴン

「赤い河」にも登場するチャックワゴンは、身近なところでは開館30周年を迎えた東京ディズニーランドの西部開拓時代を再現したウエスタンランド内でレストランとして営業している。ただしメニューはチリコンカーンやビーフシチューではなく、スモークターキーレッグとのことである。

●チャックワゴン/東京ディズニーランド
http://www.tokyodisneyresort.co.jp/tdl/wl/rst_chuck.html

作品基本データ

【駅馬車】

「駅馬車」(1939)

原題:Stagecoach
製作国 :アメリカ
製作年 :1939年
公開年月日 :1940年6月29日
上映時間 :96分
製作会社 :ユナイテッド・アーチスツ映画
配給 :ユナイテッド支社
カラー/サイズ :モノクロ/スタンダ-ド(1:1.37)

◆スタッフ
監督:ジョン・フォード
原作:アーネスト・ヘイコックス
脚色:ダドリー・ニコルズ
製作:ウォルター・ウェンジャー
撮影:バート・グレノン、レイ・ビンガー

◆キャスト
リンゴ・キッド:ジョン・ウェイン
ダラス:クレア・トレヴァー
バック:アンディ・デヴァイン
ハットフィールド:ジョン・キャラダイン
ブーン医師:トーマス・ミッチェル
ルーシー・マロリー:ルイズ・プラット
カーリー保安官:ジョージ・バンクロフト
ピーコック:ドナルド・ミーク
ゲートウッド:バートン・チャーチル
騎兵隊中尉:ティム・ホルト
ルーク・プラマー:トム・タイラー

【荒野の決闘】

「荒野の決闘」(1946)

原題:My Darling Clementine
製作国:アメリカ
製作年:1946年
公開年月日:1947年8
上映時間:97分
製作会社:20世紀フォックス映画
カラー/サイズ:モノクロ/スタンダ-ド(1:1.37)

◆スタッフ
監督:ジョン・フォード
原作:スチュアート・N・レイク、サム・ヘルマン
脚本:サミュエル・G・エンジェル、ウィンストン・ミラー
製作:サミュエル・G・エンジェル
撮影:ジョー・マクドナルド
音楽監督:アルフレッド・ニューマン
音楽:シリル・モックリッジ
編集:エドワード・B・パウエル

◆キャスト
ワイアット・アープ:ヘンリー・フォンダ
チワワ:リンダ・ダーネル
ドク・ホリデイ:ヴィクター・マチュア
クレメンタイン:キャシー・ダウンズ
オールドマン・クラントン:ウォルター・ブレナン
グランヴィル・ソーンダイク:アラン・モウブレイ
モーガン・アープ:ワード・ボンド
ヴァージル・アープ:ティム・ホルト
ジェームズ・アープ:ドン・ガーナー
ビリー・クラントン:ジョン・アイアランド

【赤い河】

「赤い河」(1948)

原題:Red River
製作国 :アメリカ
製作年 :1948月
公開年月日 :1952年1月5日
上映時間 :133分
製作会社 :ユナイテッド・アーティスツ映画
配給 :松竹映画
カラー/サイズ :モノクロ/スタンダ-ド(1:1.37)

◆スタッフ
監督:ハワード・ホークス
脚本:ボーデン・チェイス
製作総指揮:チャールズ・K・フェルドマン
製作:ハワード・ホークス
撮影:ラッセル・ハーラン
美術:ジョン・D・アレンスマ
音楽:ディミトリ・ティオムキン
編集:クリスチャン・ナイビー

◆キャスト
トーマス・ダンソン:ジョン・ウェイン
マシュウ・ガース:モンゴメリー・クリフト
テス・ミレー:ジョアン・ドルー
ナディン・グルート:ウォルター・ブレナン
フェン:コリーン・グレイ
チェリー・ヴァレンス:ジョン・アイアランド
バスター・マクギー:ノア・ビアリー・ジュニア
クオ:チーフ・ヨウラチェ
メルヴィル氏:ハリー・ケリー
ダン・ラティマー:ハリー・ケリー・ジュニア
マシュウの少年時代:ミッキー・カーン
ティーラー・ヤシー:ポール・フィックス

(参考文献KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。