映画の中のスイーツ「おとなのけんか」

「おとなのけんか」より(絵・筆者)
「おとなのけんか」より(絵・筆者)
「おとなのけんか」より(絵・筆者)
「おとなのけんか」より(絵・筆者)

ホームメイドのスイーツがストーリーの展開と心理の象徴に重要な役割を持つ作品として、現在公開中の「おとなのけんか」を取り上げる。

 普段から貧しい食生活を送っている私にとって、映画に登場するおいしそうな食べ物の数々は“未知との遭遇”以外の何物でもないが、中には一筋縄ではいかないものもある。今回はその一例としてアメリカのホームメードスイーツであるコブラーが登場する作品を取り上げる。

※食べ物のお話ですが、食事をしながらお読みになりませんように。

リンゴとナシの不協和音

 コブラーは、熱を加えた果物を深皿に敷き、その上にビスケット風の生地をまぶしてオーブンで焼いた、果物の甘みとビスケットのサクサクした食感が両方楽しめる焼き菓子だ。簡単に作れるところから、つぎはぎを連想させる「靴の修繕屋」や「布地の不良品」を表すcobblerの名で呼ばれている。最近では日本でもアメリカンスタイルのカフェのデザートメニューに載ることが多くなったが、本場アメリカでは家庭ごとにさまざまなレシピが存在するらしく、今回の映画「おとなのけんか」(2011)に登場するのもオリジナルのコブラーである。

「おとなのけんか」は、フランスの劇作家ヤスミナ・レザの一幕劇「God of Carnage」(邦題:大人は、かく戦えり)を、ポーランド出身の巨匠ロマン・ポランスキーが映画化したものだ。ポランスキーはカンヌ映画祭パルム・ドール(最高賞)とアカデミー賞監督賞を受賞した「戦場のピアニスト」(2002)や、昨年度キネマ旬報ベスト・テンの外国映画部門で第1位を獲得した「ゴーストライター」(2010)等が記憶に新しい。

 全編に渡って舞台となっているのはニューヨーク・ブルックリンのアパートの1フロア。ポランスキーは初期の傑作「ローズマリーの赤ちゃん」(1968)でもニューヨークのアパート(ジョン・レノンとオノ・ヨーコが住んでいたことで知られるダコタ・ハウスで撮影)を舞台にした密室劇を手がけており、場面を限定したテンションの高い演出はお手のものである。

 公園で少年2人のいさかいが起き、片方の少年が前歯を折るけがを負ったことから、加害者少年の両親が和解の話し合いのために被害者少年の両親のアパートを訪ねるところから物語は始まる。客は加害者少年の父で弁護士のアラン(クリストフ・ヴァルツ)と母で投資ブローカーのナンシー(ケイト・ウィンスレット)のカウワン夫妻。迎える主は被害者少年の父で金物商を営むマイケル(ジョン・C・ライリー)と母でリベラルな作家でインテリ主婦のペネロペ(ジョディ・フォスター)のロングストリート夫妻。

 覚書を交わし、帰ろうとするカウワン夫妻をマイケルが「お茶でもいかがですか」と引き留める。そこで供されるのがペネロペお手製のコブラーである。それはマイケルの母のアップルコブラーのレシピにペネロペがナシも使うアレンジを加えたというものだが、リンゴとナシという一見似通った果物がハーモニーどころか嫁姑の関係にも似た不協和音を奏で、その感覚が食べた4人にも伝染してゆくかのように「おとなのけんか」が始まる。

「もどされた」コブラー

 会話はコブラーを囲んで和やかに始まるが、カウワン家の息子ザッカリーのロングストリート家の息子イーサンへの謝罪を巡って、互いの子供を擁護する立場が鮮明となり、次第に険悪な雰囲気へと変わってゆく。

 さらにそれを助長するのがアランの携帯電話にひっきりなしにかかってくるクライアントの製薬会社からの薬害訴訟についての相談の電話である。妻ナンシーは他人の家に来てまで携帯電話を手離さない夫を苦々しく見つめる。彼女自身仕事を抱えているのに子供のけんかの後始末を強いられていることに大きなストレスを感じていた。夫との口論の末、気分が悪くなったナンシーはペネロペが大事にしている近代絵画の画集を広げたテーブルの上に胃の中のコブラーをぶちまけてしまう。

 この事件を契機として一気に各々の本性がぶちまけられ、さらには夫婦間の問題までもが露わになってゆく様子がスリリングに描かれる。

 本作は舞台の上演時間の90分より短い79分に上映時間を設定することで、アカデミー賞受賞やノミネート経験者である名優たちに早口でまくしたてる演技を強い、アップテンポなリズムを与えることに成功している。

波乱の映画作家

 監督のロマン・ポランスキーは、1962年に当時共産主義体制だった母国ポーランドで「水の中のナイフ」を撮ってデビュー。これも資産家の夫婦とヒッチハイカーの若者がヨットという密室空間で心理的な葛藤を繰り広げるドラマだった。

 その後イギリスに渡って「吸血鬼」(1967)を撮った後、主演女優のシャロン・テートと結婚してアメリカに移住するが、1969年8月、チャールズ・マンソン率いるカルト教団グループに妊娠8カ月の妻を殺害されるという悲劇が起こる。世に言う「シャロン・テート惨殺事件」である。

 彼は失意の中でその後もアメリカにとどまり「マクベス」(1971)、「チャイナタウン」(1974)などを発表するが、1977年に今度は彼自身が少女への淫行容疑で逮捕されるという事件が起き、保釈中に国外へ逃亡。以後一度もアメリカに入国せずに作品を撮り続けている。

 本作品がニューヨークを舞台にしながらパリで撮影が行われたのには、このような事情が影響している。

作品基本データ

【おとなのけんか】

公式サイト
http://www.otonanokenka.jp/

原題:Carnage
製作国:フランス、ドイツ、ポーランド
製作年:2011年
公開年月日:2012年2月18日
製作会社:SBS Productions, Constantin Film Produktion, SPI Film Studio, Versatil Cinema, Zanagar Films, France 2 Cinema
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
上映時間:79分
◆スタッフ
監督、脚本:ロマン・ポランスキー
原作、脚本:ヤスミナ・レザ
製作:サイード・ベン・サイード
撮影:パベル・エデルマン
美術:ディーン・タボウラリス
音楽:アレクサンドル・デプラ
編集:エルベ・ド・ルーズ
衣裳デザイン:ミレーナ・カノネロ
◆キャスト
ペネロペ・ロングストリート:ジョディ・フォスター
ナンシー・カウワン:ケイト・ウィンスレット
アラン・カウワン:クリストフ・ヴァルツ
マイケル・ロングストリート:ジョン・C・ライリー

(参考文献:キネマ旬報映画データベース)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。