液体の攪拌を起こさない製造・輸送プロセス(1)

良好な香味を生み、保つには、製造から消費まですべての段階で攪拌を起こすポイントをなくしていくべきだ。これは筆者だけのこだわりではない。過去にはこの点を重視する醸造家が複数いたのだ。

攪拌を徹底的になくす

 話をワインの攪拌に戻そう。

 良好な香味を消費者に届けるためには、注意すべきはもちろん輸送時のボトルの向きだけではない。これまでのワイン業界はあらゆる攪拌を軽視し過ぎていたが、他にはない香味を守るためには“些細な攪拌”が起こるポイントをシラミつぶしになくしていく必要がある。つまり、生産段階からグラスに注いだワインを口に入れるまでの全段階を対象にした再検証である。

 しばらく重箱の隅をつつくような話になるが、お付き合い願いたい。

送液方式にこだわったアンドレ・ガジェ氏

 まずは生産段階からだ。醗酵終了後の残滓と液体の分離を行うときの液体移動は、落差を利用して行うのか、手押しポンプ併用のサイフォン方式で行うのか、あるいはコンプレッサーを使った送液装置を使うのかで、攪拌の度合いは違う。また、移送先の容器へ「ドボドボ」と空中を落下させるのか、容器底面までホースを延ばして泡立てることなく移し替えるのかで、液体に与える衝撃は天と地ほども違う。

「そんなに早い段階からそんなに細かいことまで考えなくても……」と思われるかも知れないが、これを重要なことと考えた醸造家が過去には複数存在していたのだ。

 代表はブルゴーニュの故アンドレ・ガジェ氏(Andre Gagey)だろう。後継責任者がそのスタンスを継続しているかどうかは知らないが、氏は落差を利用する方法を支持していた。

 私がガジェ氏を評価する理由は、彼が指揮していたルイ・ジャド社(Louis Jadot)が、ブルゴーニュの名門ドメーヌ(ブドウ栽培から醸造まで一貫して行う生産者)としてだけでなく、メゾン(他者生産のブドウやワインも使う生産者)としての生産スケール拡大期にも、作業スピードが確実に落ちる落差利用による移し替えを放棄せずにシステム作りに努めたと聞いているからである。

 清酒や焼酎の蔵元でも、「ドボドボ」「ジョボジョボ」を避ける移し替えに心を砕く蔵元は多かった。厳密には蔵元オーナーではなく杜氏頭だが。生産スケールがさほど大きくない場合、これはちょっとした努力で回避できた。さらに極上の酒では、醗酵タンクの中に絹の袋を被せた籠を沈めて、その籠の中に浸み出した酒を採取していた蔵さえあったのだ。ただ、残念ながら過去形である。

タンクは円形。ホースは内壁に沿わせる

 果たしてそれぞれの酒たちには、瓶詰めまでの間に何度の容器移し替えを体験するのだろうか。その移し替えのたびに酒を痛めつけているようでは、ろくなものは出来てこないだろう。

 攪拌を抑える移し替え方法としては、落差利用のサイフォン方式がベストだろう。その場合、容器間の高低差も最小限に抑えるべきだ。移送スピードは追いかけるべきではない。まして、機体内部で液体に力を加えてしまうコンプレッサーの世話にはなりたくない。

 タンクの形状は円筒形がベストであろう。酒を移し替えるとき、移送先容器の底面まで延ばしたホースをタンク内壁に沿わせておけば、送液された酒は壁面に激突することなく壁に沿って円運動をし、この作業中では最小限の攪拌に抑えることができる。最近流行の四角いタンクでは、壁面や四隅でホースから出た酒が激突したり流れを乱したりして無用の攪拌を引き起こす。

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About 大久保順朗 82 Articles
酒類品質管理アドバイザー おおくぼ・よりあき 1949年生まれ。22歳で家業の菊屋大久保酒店(東京都小金井市)を継ぎ、ワインに特化した経営に舵を切る。「酒販ニュース」(醸造産業新聞社)に寄稿した「酒屋生かさぬように殺さぬように」で注目を浴びる。また、ワインの品質劣化の多くが物流段階で発生していることに気付き、その改善の第一歩として同紙上でワインのリーファー輸送の提案を行った。その後も、輸送、保管、テイスティングなどについても革新的な提案を続けている。