軍鶏鍋と芋づくしを再現する

330 映画「鬼平犯科帳 血闘」から

今月公開された「鬼平犯科帳 血闘」から、池波正太郎作品ならではの特色ある料理を紹介する。

 明治以前のわが国では肉食が禁止されていたとしばしば説明される。その理由、根拠としては、仏教の影響や、『日本書紀』に天武天皇が天武4(675)年にいくつかの鳥獣食を禁じたといった記述があることなどが挙げられることが多い。しかし実際には、支配層などで肉食の記録はあり、狩猟も行われていたし、江戸期発祥の狩猟肉専門店、鶏専門店などはある。

 そして江戸時代初期、闘鶏用の外来種の鶏が伝来した。闘鶏で勝てない鶏は食用となったが、食べてみると肉が引き締まっていてうまい。このため、闘鶏(賭博)が禁止されてからも品種改良が進められ、江戸ではその鶏専門の料理屋が作られた。

 これが、今回とりあげる「鬼平犯科帳 血闘」の舞台の一つである本所二ツ目の軍鶏しゃも鍋屋「五鉄」が成立した背景である。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

情報とおいしさを得られる場

鬼平と密偵たち行きつけの店「五鉄」の軍鶏鍋。
鬼平と密偵たち行きつけの店「五鉄」の軍鶏鍋。

 本作は、「仕掛人・藤枝梅安」(本連載第316回参照)に続く池波正太郎生誕100年企画第2弾として製作された「鬼平犯科帳 SEASON1」の2作目となる劇場版。1作目の「本所・桜屋敷」は単発ドラマとして放映され、3作目の「でくの十蔵」と4作目の「血頭の丹兵衛」は、連続ドラマとして放映予定である。それぞれが完結したストーリーながら連続した要素もある。

 主人公の鬼平こと長谷川平蔵を十代目松本幸四郎、若き日の鬼平“本所のてつ”こと長谷川銕三郎を八代目市川染五郎の親子が演じるのも話題である。

 ストーリーは、原作(四)の一編「血闘」と、(五)の一編「兇賊」をもとに、アレンジした内容となっている。

 寛永年間の江戸が舞台。鬼平の役職は火付盗賊改方頭で、凶悪犯罪を摘発する警察組織の長にあたる。特殊案件だけに密偵を使った潜入捜査は日常茶飯事。「五鉄」は鬼平が直々の密偵、相模の彦十(火野正平)、おまさ(中村ゆり)らから情報を得る場として使われている。

 鬼平にとっての「五鉄」は先代の頃からの馴染みの店で、現在の主人の三次郎(松本ヒロ)と妻のおたね(中島多羅)も協力的。鬼平が「先代の味を受け継いだ」と褒める料理の味も一品である。

 以下は原作(八)の一編「明神の次郎吉」からの抜粋である。

 つぎに、軍鶏の臓物の鍋が出た。

 新鮮な臓物を、初夏のころから出まわる新牛蒡のササガキといっしょに、出汁で煮ながら食べる。

 熱いのを、ふうふういいながら汗をぬぐいぬぐい食べるのは、夏の快味であった。

 本作の料理監修は「仕掛人・藤枝梅安」から引き続き野﨑洋光が務めている。軍鶏肉は江戸時代の軍鶏の味を再現したという東京しゃもを使い、野菜は寛永年間に普及していなかった白菜やホウレンソウなどは使わず、ゴボウとセリとネギだけにするなど、食材を吟味して当時の軍鶏鍋を再現している。ただし、見栄えを考えて臓物は入れずに正肉だけとし、味噌仕立てを醤油仕立てに変更するなどのアレンジを加えている。

おいしさの裏の神経戦

 江戸市中を震撼させた網切の甚五郎(北村有起哉)一味による連続強盗殺人事件。その下手人をどう見つけるか。金回りのよくなった賊の行動パターンは、遊郭で女を買うか、今評判のうまいものを食いに行くかだ——そうにらんだ鬼平は、女とうまいものに目がないという同心・木村忠吾(浅利陽介)にアドバイスを求める。木村は芝・神明前の菓子舗「まつむら」で売っている「うさぎ饅頭」に顔がそっくりというのも面白い。

 そして訪ねたのが、神田豊島町の「加賀や」。この店の名物は、摺った山芋に酒を入れ、練り酒(もろみを挽きつぶしたペースト状の酒)のようにしたものを燗にして出す「芋酒」。一晩にうちに5人や6人の女を相手にできるという一種の精力剤である。肴は蒸した里芋の上に鯉やすずきなますをのせた「芋膾」。さらに芋を炊き込んだ「芋飯」と芋づくしである。

 この店の主人、鷺原の九平(柄本明)は芝大門の料亭「八百蓑」で修業したというが、実は裏の顔があった。そこへ、与太者に絡まれたところを鬼平が助けたおりん(志田未来)が加わり、おいしい食事と楽しい会話の裏で繰り広げられる腹の探り合いは、なかなかにスリリングで奥深い。そしてこのときのおいしい記憶が、九平とおりんの運命に影響を与えることになるのである。

 さて、芋酒について野﨑は、山芋を沸騰したお湯に浸しておくなど、原作のレシピに則って作ってみたらおいしかったと述べている。そのように試作を重ねつつ、時代考証的に正しいマルと絶対やってはいけないバツの間、こういうものはあったかもしれないというサンカクの料理を目指したという。

「五鉄」の味を訪ねる

 東北自動車道上り線の羽生パーキングエリア(埼玉県羽生市)に「鬼平江戸処」というフードコートがある。江戸の街並みを再現した外観に軍鶏鍋「五鉄」、蕎麦処「本所さなだや」、江戸めし「万七」など、池波正太郎作品で登場した店名の食堂が出店し、作品に登場する料理が楽しめる。

 なぜ羽生なのか気になるところだが、江戸時代に近くに関所があったので、ここを江戸の入り口と見立てたとのこと。少し苦しい気がする。

 映画の公開を前に訪れてみたのだが、人が多くてどこも満席状態。江戸の賑わいは疑似体験できるものの、のんびりはできなかった。

「五鉄」のモデルになったと言われている文久2(1862)年創業の「かど家」は、2018年に惜しまれながら閉店した。鬼平江戸処の「五鉄」を監修した宝暦10(1760)年創業の「玉ひで」は、今秋オープン予定の新店舗を建設中で、ゆっくりじっくり「五鉄」の軍鶏鍋を味わいたい向きは、もう少し待つ必要がありそうだ。


仕掛人・藤枝梅安(公式)
https://baian-movie.com/
本連載第316回
https://www.foodwatch.jp/screenfoods0316
鬼平犯科帳(四)
Amazonサイトへ→
鬼平犯科帳(五)
Amazonサイトへ→
鬼平犯科帳(八)
Amazonサイトへ→
鬼平江戸処(公式)
https://www.driveplaza.com/special/onihei/
東京しゃも(東京都農林水産振興財団)
https://www.tokyo-aff.or.jp/site/ome/1197.html

【鬼平犯科帳 血闘】

公式サイト
https://onihei-hankacho.com/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2024年
公開年月日:2024年5月10日
上映時間:111分
製作会社:「鬼平犯科帳 血闘」時代劇パートナーズ
配給:松竹
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督:山下智彦
脚本:大森寿美男
原作:池波正太郎:(「鬼平犯科帳」(文春文庫刊))
エグゼクティブ・プロデューサー:宮川朋之
企画協力:石塚晃都、鶴松房治
原作監修:菅谷和紀
撮影:江原祥二
照明:杉本崇
録音:松本悟
美術:倉田智子
装飾:中込秀志
音楽:吉俣良
編集:野澤瞳
衣裳:真柴紀子
メイク:大村弘二、北川真樹子
床山:大村弘二
結髪:北川真樹子
製作担当:小西剛司
助監督:堀場優
スクリプター:竹内美年子
VFXシニアスーパーバイザー:尾上克郎
VFXプロデューサー:結城崇史
殺陣:清家三彦、清家一斗
料理監修:野崎洋光
キャスト
長谷川平蔵:十代目松本幸四郎
長谷川銕三郎(若き日の鬼平“本所の銕”):八代目市川染五郎
久栄:仙道敦子
おまさ:中村ゆり
相模の彦十:火野正平
佐嶋忠介:本宮泰風
木村忠吾:浅利陽介
酒井祐助:山田純大
沢田小平次:久保田悠来
小野十蔵:柄本時生
三次郎:松元ヒロ
おたね:中島多羅
おりん:志田未来
おろく:松本穂香
網切の甚五郎:北村有起哉
京極備前守高久:中井貴一
鷺原の九平:柄本明

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。