ゴールデンライスへの期待/フィリピンの遺伝子組換え作物栽培(2)

ルソン島
ルソン島

フィリピンでの遺伝子組換え(GM)作物の栽培と研究の現状(3回連載)。トウモロコシ栽培を視察した後、ビタミンA欠乏をなくすゴールデンライスを研究する国際稲研究所を取材した。

トウモロコシ輸入国から輸出国へ

 フィリピン全土の農地540万haのうち非GMとGMを合わせたトウモロコシ畑は2013年現在、半分近い260万haを占める。GMトウモロコシの商業栽培は2002年から始まり、翌2003年から本格化、栽培面積は毎年著しい勢いで増加し、現在80万haに達している。この80万haのうち30万haが取材に訪れたイサベラ州で生産されている。

 非GM、GMを合わせた国全体のトウモロコシの生産量は、10年前に比べ2013年は1.6倍の750万tだが、その間、栽培面積自体はほとんど変化していない。つまり単位面積当たりの収量が増えており、それを支えているのがGMトウモロコシということになる。これと並行して全土でGMトウモロコシ栽培に携わる農業生産者は2006年の10万人から2013年には40万人に増えている。

 GMトウモロコシの中でも当初は害虫抵抗性(Bt)が主流だったが、2006年からは除草剤耐性(Ht)の栽培も始まり、現在はBtとHt両方の性質を併せ持ったスタック品種ですべて占められている。

 これらのGMトウモロコシは飼料用のイエローコーンと呼ばれる種類だが、2013年からは食品原料用のホワイトコーンでもGM種子による栽培が始まった。(※)

 フイリピンバイオテクノロジー連合(BCP)の担当者は「2012年にトウモロコシの自給化を達成し、飼料用を輸入しなくて済むようになった。2013年には初めてGMトウモロコシを韓国に輸出するまでに国内の生産量が増えた。この増産は、コメの自給に必要な土地を減らすことなく達成できた」と胸を張る。

※編集部註:デントコーンはイエローコーン、ホワイトコーン、ミックスコーンの3種に分かれる。このうちイエローコーンとミックスコーンは主に飼料用で、食品原料や工業用にはホワイトコーンが用いられる。

世界の研究者が集まる国際稲研究所

国際稲研究所(IRRI)
マニラから南東65㎞のロスバニョス市ある国際稲研究所(IRRI)。日本を含む34カ国から研究者が来ている。
右が「ゴールデンライス」、左が在来種のコメ。
右が「ゴールデンライス」、左が在来種のコメ。

 マニラの南、戦後日本人戦犯が服役した刑務所のあるモンテンルパ市を通り過ぎてさらに南東に進むとラグナ州ロスバニョス市の国際稲研究所(IRRI)に着く。マニラから南東に65㎞と近い。

 国際稲研究所は1960年にフィリピン政府と米国フォード財団およびロックフェラー財団の支援で設立されたアジアで最古、最大の農業研究所だ。開発途上国の人口増加による食糧危機に対し、多収穫の穀類などを開発して対処しようとする「緑の革命」をアジアで担ったことで知られる。

 現在、日本を含む34カ国から研究者が来ている。研究・研修設備のほか、250haの広大な実験圃場を擁している。また、日本の1174種を含む世界中の12万1600種のコメの種子を収集して低温保存、品種改良などの研究を行っている。

 ここが今注目を集めているのは、世界初のGMコメ「ゴールデンライス」の試験栽培を終え、安全性の確認などを行った後、早晩政府に実用栽培の申請をするとみられているからだ。

 ブルース・トレンティノ副所長は「現在、世界の貧しい国ほど主食はコメに依存している。1人当たりのコメの消費量は日本の65kgに対し、インドネシア135kg、フィリピン120kgと2倍だ。貧困と飢餓を減らし、健康を維持するにはコメの栄養価を高めなければならない」と毅然と語る。

子供の失明防ぐゴールデンライス

コメの選別作業
世界中から送られてきたコメの選別作業。
12万6千種類のコメの保管庫。
世界中から収集された12万6千種類のコメの保管庫。日本の1174種類も含まれる。種子の保管庫は常時マイナス18.6℃に保たれている。

 その切り札にしたいのがゴールデンライスだ。ビタミンAの前駆物質であるβ-カロテンをつくるトウモロコシの遺伝子が組み込まれている。食べると体内でビタミンAがつくられる。

 ビタミンAの不足は緑色野菜、バターやチーズなど動物性食品、サプルメントから摂ることで補えるが、貧しい国の人々ではそれだけの経済的余裕がない。不足すると免疫力の低下や失明を招く。アフリカでは小児の最大の失明原因とされている。

 だが、最も身近な主食のコメにβ-カロテンを含ませたゴールデンライスを食べることで、ビタミンA不足による疾病・障害が確実に予防できることがわかっている。

 IRRIでゴールデンライスの研究開発に携わってきたインドのラジット・チャダ・モハンティ博士は「ご飯1食で1日に必要なβ-カロテンの半分を摂取できる。従来の交配でつくったイネではそれだけのβ-カロテンを満たせない」とGMでしか実現できないことを強調する。

 バイオテクノロジー部門のラウル・ボンコディン・上級マネジャーにゴールデンライスの試験圃場を案内してもらった。稲穂の高さは日本のものと同じぐらいだが、コメ粒はβ-カロテンの色が反映されて黄金色を帯び、これまでのコメのイメージを変える。

 ボンコディン氏によると、ゴールデンライスはもともとスイスとドイツの研究者が開発し、シンジェンタがさらに発展させて特許権を持っていたが「市場性がないと判断」し、IRRIに譲渡した。IRRIでは、各国がそれぞれ自国の在来種と従来法で掛け合わせて伝統的な味を保った新しいゴールデンライスの開発を進めた。フィリピンのほか、バングラデシュ、インドネシアでも早晩、実用栽培の申請をするとみられる。

※編集部註:ゴールデンライス関連記事
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《つづく》

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About 日比野守男 4 Articles
ジャーナリスト ひびの・もりお 名古屋工業大学卒業、同大学院修士課程修了後、中日新聞社(東京新聞)入社。地方支局勤務の後、東京本社社会部、科学部、文化部などに所属。この間、第25次南極観測隊に参加。米国ワシントンDCのジョージタウン大学にフルブライト留学。1996年~2012年東京新聞・中日新聞論説委員(社会保障、科学技術担当)。2011年~東京医療保健大学教授。