幸福の黄色/黄ニラの思い出

黄ニラワンタン
故郷を思い出しながら作った黄ニラワンタン

今週、高倉健さんの訃報に触れました。心よりご冥福をお祈りします。この原稿を書いてFoodWatchJapan編集部に渡した後だったのでたいへん驚きました。

忘れられない「幸福の黄色いハンカチ」の名シーン

 日本映画の中でもいちばん私の印象に残っているのは「幸福の黄色いハンカチ」です。全体のストーリーの記憶はすでに薄くなりましたが、最後のシーンは忘れられません。刑務所から出所した主人公・島勇作(高倉健)は、自分の家に戻って、妻は自分をどう迎えてくれるのか、その不安の中、帰路の道中を共にした2人に促されて顔を上げると、その視線の先には、なんと何十枚もの黄色のハンカチがたなびいています。あの感動的なシーンは当時中学生の筆者の頭にも深く刻まれました。今振り返ってみると、あの映画に描かれた人間性をよく感じさせるシーンだったのでしょう。

「幸福の黄色いハンカチ」を観てから約20年後の日本で、私は思いがけず黄色の感動的なシーンと再び出会いました。それは「黄色ハンカチ」ではなく「黄色のニラ」でした。

目の前に広がった黄色の空間

黄ニラ(岡山産)
10月に京都のデパートで購入した黄ニラ(岡山産)

 2年前の今頃の季節のことです。当時、急遽他の部署の支援のために岡山市への出張が命じられました。この地方への出張は初めてでしたが、東京や大阪のような大都市ではない岡山にはあまりなじみがなく、面白みのないところだと思って出向いたというのは正直なところです。ところが、そこで意外な楽しみを発見したのです。

 それは帰りのときでした。岡山市市内での仕事が終わって、とくに行きたいところもなく新幹線に乗るために岡山駅に向かいました。それで、乗車時間までは少し余裕があったので、何かお土産を買おうかと思って駅近くのあるショッピングセンターに入ったのです。うろうろしていたところ、野菜売場に岡山特産コーナーがあるのに引かれて、近づいてみました。そこで品物をあれこれ見ているうち、ふと目の前に奇跡のように黄色で染められた小さな空間が現われていました。

 故郷から遠く離れた日本で不思議を感じた瞬間です。それは、たくさんの黄ニラと、黄ニラを宣伝する黄色のポスターでした。日本で黄ニラを見たのは、これが初めてでした。早速10束ほどを買いました。岡山出張帰りでの最後の発見が、まさかの「幸福の黄色」だったのです。

父が作るおいしいワンタン

黄ニラワンタン
故郷を思い出しながら作った黄ニラワンタン

 私がなぜ黄ニラを見てそんなに興奮したかというと、黄ニラは私の家の思い出と密接に関係しているからです。

 中国では、よく「北は餃子、南はワンタン」と言います。そして、私の両親は南の地方出身で、北の西安で暮らしをしていましたので、私の実家の食卓は北と南の料理の融合と言えるものでした。餃子はよく食べるが、ワンタンも少なくない。餃子のようにたくさんの具を入れるのが、私の実家のワンタンの特徴です。

 中でも父の得意料理だったのが、黄ニラと豚肉のワンタンでした。具がおいしかっただけでなく、父が作ってくれた桜海老、搾菜、海苔、香菜などが入ったスープも格別でした。あのワンタンが口に入って、ワンタンの中から出てくる黄ニラの独特の香りと、うまみが濃いスープのコンビネーションが、私の好物です。西安へ帰省したときに、父はいろいろな料理をしてくれ、必ずあのワンタンも作ってくれます。

 ですから、黄ニラを見れば私は西安にいる両親のことを、あの味わいと共に思い出すのです。今異国にいる私にとって、黄ニラには幸福な思い出が凝縮されています。

だんだん手に入りやすくなってきた黄ニラ

 それにしても、なぜ岡山には黄ニラがあったのか。また、なぜ日本の他の地域では黄ニラをあまり見かけないのか、ずっと謎です。あれから、どこへ行ってもデパートやスーパーの野菜売場をうろうろして、意外な発見を期待していますが、なかなか黄ニラは見つからないものです。

 しかし、黄ニラは日本では段々普及しているようで、私が粘り強く探す努力が報われる回数は少しずつ増えています。緑があふれる野菜売場では、黄ニラは独特の存在です。しかし、そんな今でも、岡山での最初の感動的な発見は、私にとって「幸福の黄色いハンカチ」を観たときと同じように、忘れられないシーンです。

黄ニラワンタン

【材料】

  • 黄ニラ3束
  • 豚挽肉 約300グラム
  • 玉子 1個
  • ショウガ 少々
  • ネギ 少々
  • 市販焼き餃子用の皮

【作り方】

  1. 黄ニラをできるだけ短く切る
  2. 豚挽肉と玉子を入れて、混ぜる
  3. ショウガとネギを微塵切にして、再度混ぜる
  4. 出来上がった具をワンタンの皮で包む。
  • 黄ニラワンタンの具
    具を作るのはそれほど難しくありません
  • 包み終わったワンタン
    たっぷりの具を包むのが私の実家のワンタンの特徴です

 具の作り方は実はとても簡単です。ちょっと手間がかかるのはワンタンのスープです。ここは、各家庭の「味」が現われるところです。普通の鶏がらスープもよいですが、本場のワンタンスープであれば、香菜が欠かせません。

【編集部・齋藤訓之より】

 徐さん、大切な思い出のお話とおいしそうなワンタンのレシピをありがとうございます。

 黄ニラはニラに当たる日照を制限して軟白させたものですね。昔は土寄せして作ったようですが、今は遮光フィルムやポットを被せて作るようです。手間のかかる野菜ですね。それで、一般のスーパーに並ぶよりも高級食材として中国料理店向けに出荷されるものが多いようです。

 岡山県では、昭和の初め頃とか、一説には明治期からとか、古くから黄ニラが作られていたようです。元は自家消費が多かったようですが、昔の鉱山の坑道を有効利用して栽培したところ冬季も安定して出荷できるようになり、それから栽培が盛んになったようです。

 日本の家庭では黄ニラはまだ馴染みのある食材ではなく、主に中国料理店で使われるニッチ商材であるとすれば、他の地域で岡山よりも上手に黄ニラ栽培をしてみようとチャレンジする気持ちが湧いてこないというのが、今のところの事情かもしれません。

 しかし、そもそもなぜ岡山で黄ニラが作られるようになったのか、これではわからないままですね。案外、昔中国から来て岡山に住んだ人がいたのではとかと想像力を働かせると、ちょっとわくわくします。もしそうならば、その人もきっと徐さんのように故郷の食事を思い出しながら、優しく丁寧にニラの世話をしたことでしょう。

徐航明
About 徐航明 18 Articles
じょ・こうめい Xu Hangming 中国の古都西安市出身。90年代後半来日。2000年東京工業大学大学院卒業。外資系通信機器メーカーを経て、2002年から電機メーカーに勤務。中国向けの標準化とアライアンス活動に携わっている。中国や日本などの異文化の比較研究、新興国のイノベーションなどに興味を持ち、関連する執筆活動を行っている。著書に「リバース・イノベーション2.0 世界を牽引する中国企業の『創造力』」(CCCメディアハウス)があり、「中国モノマネ工場――世界ブランドを揺さぶる『山寨革命』の衝撃」(阿甘著、日経BP社)の翻訳なども行っている。 E-mail:xandtjp◎yahoo.co.jp(◎を半角アットマークに変換してください)