最年少三ツ星シェフらの挑戦

フードドキュメンタリーの現在 1

フードドキュメンタリーの新作を取り上げていく。

 2011年の「エル・ブリの秘密 世界一予約のとれないレストラン」(本連載第42回参照)の公開をきっかけに、2010年代前半はグルメ系フードドキュメンタリーがちょっとしたブームになったが、ここ1〜2年はひと息ついた感がある。今、多くの作品に接した観客は、一流料理店の料理をおいしそうに見せられるだけでは飽き足らず、作品自体の質の向上を求めているのではないだろうか。

 新企画として、フードドキュメンタリーの新作がグルメな観客の“舌”を満足させられるか見ていこうと思う。ミシュランにならって3段階の星評価も付けてみた。まずは今秋公開の2本から。

ピクニックとオバマのウィンク

「世界が愛した料理人」 総合評価 ☆

 スペインのアンヘル・パラ、ホセ・アントニオ・ブランコの共同監督による「世界が愛した料理人」(原題:SOUL)は、三ツ星シェフ、エネコ・アチャ・アスルメンディのドキュメンタリーである。

 エネコはバスク地方ララベツにあるレストラン「アスルメンディ」のシェフであり、この店で彼はスペイン史上最年少でミシュラン三ツ星を獲得した。また、2017年9月に東京・六本木に「エネコ東京」をオープンさせている。

 映画は、エネコの料理を巡る旅という形をとりながら、「マルティン・ベラサテギ」のマルティン・ベラサテギ、「サンパウ」(東京店あり:「サンパウ東京」)のカルメ・ルスカイェーダといった同郷の三ツ星シェフたちとの取り組みや、ミシュラン三ツ星の鮨店「すきやばし次郎」の小野二郎・禎一親子、日本料理店「龍吟」の山本征治、京料理「壬生」の石田廣義・登美子夫妻といった日本の料理人たちとの交流を通して、東西の食文化に共通する“魂”を考察する内容になっている。

 スペインでは、自主独立の気風が強いバスク地方やカタルーニャ地方出身のエネコらシェフたちが情報を共有し、地元の伝統料理を新しい技術も利用しながら体系的なガストロミーとして継承・発展させ、生産者とも協力して自然と共存した持続可能な食の体系を築こうとする試みが紹介される。

卵黄にトリュフのエキスを注入した「トリュフ卵」。「アスルメンディ」を象徴する一品である。
卵黄にトリュフのエキスを注入した「トリュフ卵」。「アスルメンディ」を象徴する一品である。

 植物の緑でいっぱいのエネコのレストランで最初に出されるバスケットに入った一口料理「ピクニック」、スプーンの上に乗せた卵黄にトリュフのエキスを注入した「トリュフ卵」、海底熟成させたバスク地方のワイン「チャコリ」などは、そのコンセプトを体現したものと言える。

 日本では、和食の持つ繊細な香りを大切にするため、香水を付けたお客にはお帰りいただくという「龍吟」の山本シェフと、料理だけでなくスピリチュアルな演出で「エル・ブリ」のフェラン・アドリアにも影響を与え、その交流が「壬生ブリ」という漫画にもなった「壬生」の石田夫妻が和食の真髄を語っている。

 残念だったのは「すきやばし次郎」の小野親子へのインタビュー。過去に「二郎は鮨の夢を見る」(本連載第42回参照)をはじめ映画やメディアで何度も取り上げられているのに、すでに聞いたことがあるような質問に終始した突っ込み不足の感は否めない。唯一新味のある話と言えば、2014年4月にオバマ大統領(当時)が安倍首相と来店した際のエピソードだ。あの来店は「二郎は鮨の夢を見る」を観たオバマのリクエストであったらしいことと、中トロを食べたオバマがウインクでおいしいという意を示したことが明かされている。

 映画では、今年8月に急逝した“フレンチの王様”、ミシュラン最多の通算28の星を獲得したジョエル・ロブション(「ジョエル・ロブション」、東京店:「シャトーレストラン ジョエル・ロブション東京」)も登場し、「すきやばし次郎」への賛辞を述べている。

「あさイチ」のオムレツとピーク

「アラン・デュカス 宮廷のレストラン」 総合評価 ☆☆

「アラン・デュカス 宮廷のレストラン」のアラン・デュカスは、ミシュラン史上最年少の三ツ星シェフであり、ジョエル・ロブションに次ぐミシュラン通算18の星を獲得している世界有数のフレンチシェフである。本作は、デュカスが、ヴェルサイユ宮殿にルイ16世やマリー・アントワネットがいた頃の“王の食卓”を再現したレストラン「オーレ」を2016年9月にオープンするまでの2年間、世界各地を巡る食材探しの旅にジル・ドゥ・メストル監督が同行取材したドキュメンタリーである。

 デュカスは、モナコの「ル・ルイ・キャーンズ アラン・デュカス」、パリの「アラン・デュカス・オ・プラザ・アテネ」、ロンドンの「アラン・デュカス・アット・ザ・ドーチェスター」の3店の三ツ星レストランをはじめ、世界各地に30店以上を展開し、東京にも「ベージュ アラン・デュカス 東京」「ブノワ」のレストラン2店とショコラティエ「ル・ショコラ・ アラン・デュカス」2店を有する(デュカス公式サイト:https://www.ducasse-paris.com/)。

 現在のデュカスは調理は各店のシェフに任せ、自分は各店を巡回して新メニューの試食と指導を行う監督者としてのスタンスを貫いており、「料理は頭の中でする」のが日常である。それだけに、本作に登場する2015年9月の来日時にNHKの情報番組「あさイチ」で見せたオムレツ作りのシーンは、巨匠の手さばきの片鱗として貴重である。

 デュカスが料理人たちによく言うのは、「“ピーク”(とんがった感じ)を出せ」ということ。各シェフの個性を引き出すことで他に類を見ない味をお客様に提供し、“思い出の売り手”たらんとするのがデュカスの料理哲学である。

 ヴェルサイユ宮殿のレストランのための食材探しの旅は、彼のレストランに野菜を卸している契約農場に始まり、イランのキャビアの製法を導入した中国のチョウザメ養殖場やブラジルのカカオ農場にまで及ぶ。パリに戻ると18世紀のルイ王朝を再現する“王の食卓コース”のメニューから食器、服装に至るまで、宮殿の学芸員や衣装デザイナーとミーティングを重ねる。

 しかし、デュカスが目指したのは単なる模倣や再現ではなかった。伝統を近代的に解釈し直し、改良を重ね、正確で徹底的に洗練された味。それこそが現代における贅沢の極みだとデュカスは主張する。そしてクライマックスの試食会の日を迎えてどのような結果になったかは、実際に映画をご覧になってご確認いただきたい。


【世界が愛した料理人】

公式サイト
http://sekai-ryori.com/
作品基本データ
原題:LA QUÊTE DALAIN DUCASSE
ジャンル:ドキュメンタリー
製作国:フランス
製作年:2017年
公開年月日:2018年10月13日
上映時間:84分
製作会社:OUTSIDE FIMS – PATHÉ PRODUCTION – JOUROR FILMS – SOMECI
配給:キノフィルムズ/木下グループ
カラー/サイズ:カラー/ビスタ
スタッフ
監督:アンヘル・パラ、ホセ・アントニオ・ブランコ
キャスト
エネコ・アチャ・アスルメンディ
マルティン・ベラサテギ
カルメ・ルスカイェーダ
ジョエル・ロブション
石田廣義
石田登美子
山本征治
小野二郎
小野禎一
服部幸應
マッキー牧元
マイケル・エリス

(参考文献:KINENOTE)


【アラン・デュカス 宮廷のレストラン】

公式サイト
http://ducasse-movie.jp/
作品基本データ
原題:LA QUÊTE DALAIN DUCASSE
ジャンル:ドキュメンタリー
製作国:フランス
製作年:2017年
公開年月日:2018年10月13日
上映時間:84分
製作会社:OUTSIDE FIMS – PATHÉ PRODUCTION – JOUROR FILMS – SOMECI
配給:キノフィルムズ/木下グループ
カラー/サイズ:カラー/ビスタ
スタッフ
監督:ジル・ド・メストル
キャスト
出演:アラン・デュカス

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。