「映画 深夜食堂」の料理たち

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常連客・竜のお気に入り「赤いウインナー」
常連客・竜のお気に入り「赤いウインナー」

前々回「青いパパイアの香り」で東京・新宿歌舞伎町の映画館閉館の話題を取り上げたが、折しも現在、新宿を舞台にした日本映画が2本公開されている。

新宿に集う人々の人間模様

 1本は歌舞伎町のとあるラブホテルで5組の男女の人生が交差する群像劇「さよなら歌舞伎町」。そしてもう1本が今回紹介する「映画 深夜食堂」である。

 本作は、安倍夜郎の漫画を原作に、2009年からTVドラマとして放映されているシリーズの劇場版である。主人公のマスター役の小林薫をはじめ、彼が経営する「めしや」の常連客たちは、映画でも同じ役柄で出演している。ドラマは、花園界隈にあるという設定の架空の町「よもぎ町」の片隅にある深夜営業の小さな食堂を舞台に、そこに集まる人それぞれの人間模様を、マスターの作る料理にかけて1話完結で描いている。

基本の一杯「豚汁」

めしやの看板メニュー「豚汁」
めしやの看板メニュー「豚汁」

「1日が終わり、人々が家路へと急ぐ頃、俺の1日は始まる。

 メニューはこれだけ。(※)

 あとは勝手に注文してくれりゃあ、できるもんなら作るよ。ってぇのが俺の営業方針さ。

 営業時間は夜12時から朝7時頃まで。人は『深夜食堂』って言ってるよ。

 客が来るかって? それが結構来るんだよ。」

(冒頭のナレーションより)

※「これだけ」のメニュー

豚汁定食 六百円

ビール(大) 六百円

酒(二合) 五百円

焼酎(一杯) 三百円

酒類はお一人様三本(三杯)まで

 この基本の豚汁を仕込むところからマスターの「俺の1日」が始まるわけで、TV、映画ともにその仕事の様子はじっくりと見せている。劇中の調理の再現には「かもめ食堂」(本連載第22回参照)や「南極料理人」(本連載第38回参照)、「映画 体脂肪計タニタの社員食堂」(本連載第49回参照)などのフードスタイリスト、飯島奈美が今回も大きく寄与している。

 調理法については主演の小林から「男らしく大胆に」との提案があり、野菜はあえて大きめにカットし、豆腐やこんにゃくも手でちぎることになったという。その結果、カメラに一瞬しか映らなくても具材に存在感が出て、豆腐やこんにゃくは断面がギザギザになることで味が染み込み、「定食」らしい一品に仕上がっている。

赤いウインナーと甘い卵焼きとお茶漬け

常連客・竜のお気に入り「赤いウインナー」
常連客・竜のお気に入り「赤いウインナー」

 新宿という場所柄を反映し、そこに集う常連客たちもユニークな面々がそろっている。そしてそれぞれにお気に入りの料理があり、時にそれを通してその人が生きてきた人生までもが透けて見えてくるのが興味深いところである。

 例えば、地周りのヤクザ・竜(松重豊)がいつも頼むのは赤いウインナー。片側に切れ込みを入れて炒めた姿がタコのように見えるあれである。皮の赤い色は着色料によるものでお世辞にも高品質とは言えない代物だが、その彩りのよさからお弁当のおかずとして重宝されている。実は竜にはその赤いウインナーのお弁当にまつわる青春時代の思い出があり、それはTVシリーズの11話で明らかにされている。

 一方、二丁目のゲイバーのマダム・小寿々(綾田俊樹)の好物は甘い卵焼き。マスターの卵焼きは専用の四角いフライパンで薄くひいた卵を幾重にも巻いて厚焼きにしたもので、ふんわりとした食感が特徴である。小寿々は竜のことを憎からず思っていて、お互いが注文した料理の取替えっこもしばしば。「赤いウインナーと卵焼きはお弁当の二大スターよね」などと言っている。

 また、結婚に幻想を抱いた独身のOL三人組で、毎回各々が梅・たらこ・鮭のお茶漬けを注文するミキ(須藤理彩)、ルミ(小林麻子)、カナ(吉本菜穂子)の「お茶漬けシスターズ」も、この食堂を彩る常連客である。

ナポリタンととろろご飯とカレーライス

 劇場版は、誰かが食堂に置いていった骨壷を軸に、3つのストーリーが展開する。

第1話「ナポリタン」

 パトロンの旦那と死別したお妾さんのたまこ(高岡早紀)の愚痴に付き合っているうちに腹が減ったマスターは、自分用のまかないとしてスパゲティナポリタンを作り始める。

 それを見た彼女はステーキのような熱々の鉄板プレートの上にスパゲティを乗せ、その下に卵を流し入れてオムレツ風にしたナポリタンを注文する。これは彼女が小さい頃にデパートの食堂で食べたハレの食事「イタリアン」であった。スパゲティ嫌いのパトロンに遠慮して食べていなかった懐かしい味を堪能した彼女は、次の恋へと踏み出す。偶然隣の席に居合わせたはじめ(柄本時生)とナポリタンがきっかけで意気投合し、二人は結婚を前提に付き合い始めるのだが……。

 たまこを演じた高岡早紀は劇場版の監督でTVシリーズのメイン監督でもある松岡錠司の劇場用デビュー作「バタアシ金魚」(1990)でヒロインの女子高生を演じていて、年の流れを経て大人の女性として成熟した演技を見せている。また、よもぎ町交番の巡査・小暮を演じるオダギリジョーも松岡監督の第31回日本アカデミー賞受賞作「東京タワー~オカンとボクと、時々、オトン~」(2007)で主演を演じており、第3話に登場する「きらきらひかる」(1992)などの筒井道隆や「歓喜の歌」(2008)の小林も含めると松岡組総出演の感がある。

第2話「とろろご飯」

 新潟県糸魚川市の親不知から上京したものの同郷の男・長谷川(渋川清彦)に金をだまし取られてネットカフェ難民となったみちる(多部未華子)が店にやって来る。彼女はとろろご飯を頼むが、時間がかかると知ると早く出来るものを全部注文する。裏でとろろご飯を炊いていたマスターが戻ると、彼女は消えていた。

 翌朝、みちるが戻って来てマスターに謝罪し、代金は働いて返しますと言う。右手の具合を悪くしていたマスターは、治るまでという約束で空いている2階を彼女に貸して住み込みで働かせてやることにする。彼女が徐々に仕事に慣れ、持ち前の料理の腕を発揮し始めた頃、マスターの手は直り、長谷川が食堂にやって来る……。

 すったもんだの末、顔に一筋の大きな傷があるマスターの過去を知る新橋の料亭の女将・千恵子(余貴美子)のもとで板前として働くことになったみちるに、マスターは餞別に以前食べそこねたとろろご飯を作ってやる。七輪と土鍋でご飯を炊くところから始めるので時間と手間はかかるが、それだけの甲斐があることをみちるは知ったことだろう。

第3話「カレーライス」

 常連客の一人・サヤ(平田薫)の友人であるOLのあけみ(菊池亜希子)の顔色が冴えない。彼女はサヤと東日本大震災の被災地・福島の漁港にボランティアに通っていたのだが、津波で妻を失った漁師・謙三(筒井道隆)が善意を好意と勘違いしてプロポーズしてくるのに困惑し、ボランティアにも行けなくなっていた。彼女を追って上京して来た謙三は、あけみにプロポーズを断られてもよもぎ町界隈に居残り、ぼったくりバーでトラブルを起こす。身柄を引き取ったマスターが彼に出したのが「二日酔いによくきく」カレーライス。その味はあけみが炊き出しで作ってくれたものと同じだった……。

 この後、冒頭の骨壷の主・街子(田中裕子)が現れ、その意外な正体が明らかになるのだが、そこは実際に映画をご覧になって確認していただきたい。

 このように、深夜食堂の料理にとりたてて珍しいものはないのだが、人生の酸いも甘いも噛み分けたマスターの人柄を映し、食べたことがある人もない人も懐かしさを感じさせるような料理がそろっていて、食堂の客のお腹だけでなく観客の心も満たしてくれると言えるだろう。

こぼれ話

 人気作品の映画化だけに1月31日の公開前後にはさまざまなタイアップ企画が実施された。ワタミフードサービスでは、傘下の居酒屋「和民」「坐・和民」「わたみん家」で、劇中のメニューをアレンジした「深夜食堂コラボナポリタン」「手づくりの出し巻き玉子」「お茶漬け〈梅・鮭・めんたい〉」を1月20日~2月16日の期間限定で提供した。また、上映館の新宿バルト9ではコンセッションメニューとして「赤いウインナー」を100食限定で提供した。

参考文献「深夜食堂の料理帖」(著者:飯島奈美、漫画:安倍夜郎、小学館)


【映画 深夜食堂】

作品基本データ
公式サイト:http://www.meshiya-movie.com/
製作国:日本
製作年:2015年
公開年月日:2015年1月31日
上映時間:119分
製作会社:映画「深夜食堂」製作委員会(アミューズ、小学館、東映、木下グループ、ギークピクチュアズ、MBS、RKB)
制作プロダクション:アミューズ映像製作部、ギークサイド
配給:東映
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:松岡錠司
原作:安倍夜郎:(「深夜食堂」(小学館刊「ビックコミックオリジナル」連載中))
脚本:真辺克彦、小嶋健作、松岡錠司
撮影:大塚亮
美術:原田満生
照明:木村明生
フードスタイリスト:飯島奈美
キャスト
マスター:小林薫
小寿々:綾田俊樹
忠さん:不破万作
竜:松重豊
マリリン:安藤玉恵
ゲン:山中崇
小道:宇野祥平
野口:光石研
小暮:オダギリジョー
川島たまこ:高岡早紀
西田はじめ:柄本時生
栗山みちる:多部未華子
塙千恵子:余貴美子
大石謙三:筒井道隆
杉田あけみ:菊池亜希子
塚口街子:田中裕子
ミキ:須藤理彩
金本:金子清文
ルミ:小林麻子
カナ:吉本菜穂子
八郎:中山祐一朗
足立サヤ:平田薫
夏木いずみ:篠原ゆき子
長谷川タダオ:渋川清彦
かすみ:谷村美月

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。